自粛と不買が広がるプノンペン カンボジアとタイの武力衝突で
内戦後の歩みの停滞を懸念も、新たな文化表現の芽吹きに期待
- 2025/8/20
とはいえ、両国の間では、これまでもたびたび衝突が発生しており、今回もカンボジア国内でタイに絡む製品を敬遠する動きが広がるなど、両国の市民レベルの感情が悪化していることが指摘されています。2012年にカンボジアに渡り、首都プノンペンを拠点にアートとデザインを通じた社会課題の解決に取り組んできた中村英誉さんが、現在の雰囲気を緊急報告します。
5日間で30人以上が死亡、30万人以上が避難
今回の衝突は、かねてより両国の間で領有権をめぐり緊張が続いていた国境地帯で5月28日に両国軍の間で発生した銃撃戦が発端だった。タイ東北部とカンボジア北部の山中で起きたこの銃撃戦により、カンボジア人兵士が1人、死亡した。
その後、6月23日には両国間の陸路が封鎖されるなど両国間の緊張は高まり、7月24日に武力衝突が発生してからは、停戦が合意にいたるまでの5日間に国境周辺の住民など合わせて30人以上が死亡し、双方で30万人が避難する事態となった。8月中旬の現在も、国境地帯では緊迫した状態が続いているという。
筆者は、2014年に一般社団法人Socia Compass(以下、ソーシャルコンパス)を立ち上げ、カンボジアの首都プノンペンを拠点に、アートとデザインの力で社会課題の解決を目指す活動に取り組んでいる。今回、タイとカンボジアの間で武力衝突が発生したという第一報を聞いたのは、プノンペン市内のオフィスでいつも通り仕事をしていた時だった。5月末に国境地帯で銃撃戦が起きたことについては耳に入っていたが、カンボジアの経済成長と発展は目覚ましく、外資の誘致も積極的に進められていたため、本格的な武力衝突に発展するとは予想だにしておらず、愕然とした。
実際、弊社は2020年から「ホワイト・キャンバス」という絵画コンペティション事業を通じて、カンボジアをはじめ、スリランカやタイの若手アーティストの発掘と育成にも取り組んでおり、2022年にはタイの首都バンコクで受賞作品の展示会を開催するなど、タイとの関わりも深い。
もっとも、プノンペンで生活している限り、今回の武力衝突による危険を直接的に感じることは幸いにしてない。とはいえ、衝突の発生から、停戦の合意、そして現在にいたるまで、言葉にしづらい落ち着かなさと居心地の悪さを感じながら日々を過ごしているというのが正直なところだ。ニュースが気になり、繰り返しスマホを手に取ることが続き、なかなか仕事に集中できない。さまざまな情報が飛び交っているため、自分がデマに振り回されてはいるのではないという不安も頭をよぎる。正体がはっきりしない不安がじわじわとこみ上げ、地に足がつかない感覚が常にある。
停戦発効後も相次ぐイベントの中止
こうした感覚は、筆者にとって初めてではない。思い出されるのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災直後の東京の空気感だ。あの当時、被災地ではなく、直接的な被害を免れた場所にいて、一見、日常生活を続けているかに見える人々も、心の中にはどこか日常とは明らかに違う揺らぎがあり、不安定な状態だった。あの時の、街全体が沈黙と無音の緊張感に包まれているような空気と、今回、軍事衝突が発生してから停戦が合意にいたった現在のプノンペンの雰囲気が、重なるように思えてならない。
事実、弊社も思いがけない形で今回の衝突の影響を受けることになった。日系ショッピングセンターのイオンモール3号店(ミエンチェイ店)でこの8月に実施する予定だったアートワークショップイベントが、すべて中止されたのだ。
弊社は近年、コロナ明けの影響もあって、民間企業からSDGsや教育、アート分野で相談や依頼を受けることが増えていた。なかでも力を入れてきたのが、2024年7月から開催してきたクリエイティブ体験イベントだ。学校で図工や美術の授業がほとんどないカンボジアの子どもたちにアートに触れる機会を提供したいと考え、毎週末、イオンモールの一角でアートのワークショップやさまざまなイベントを実施してきた。イオンモール側と相談して始めたこの企画はこの夏でちょうど1周年を迎え、最近は参加者が日に1000人を超えることもあるほど評判となりつつあった。
今年の7月17日には、秋田県の「超神ネイガー」や、沖縄県の「琉神マブヤー」など、各地のご当地ヒーローの生みの親である海老名保さんをプノンペンに招き、新ヒーロー「MIKATA」(ミカタ)が登場するショーも開催した。初めての本格的なヒーローショーに大はしゃぎする子どもたちの姿を見ながら、「ゆくゆくはカンボジアオリジナルのヒーローを作ろう」と海老名さんと熱く語り合ったばかりだ。
イオンモールカンボジアから8月以降のイベントをすべて中止するという連絡が来たのは、カンボジアとタイが停戦に合意したのと、ほぼ同じタイミングだった。停戦が発効すれば「キャンセルがキャンセル」されるのでは、と期待したが、両軍の軍隊はいまだ国境付近に留まっており、カンボジア国内もいまだ緊張感に包まれていることから、「自粛」ムードは今なお続いている。前述の通り、プノンペン市内と、紛争が起きた国境地域は、約400キロメートル離れていることから、中止の理由は、安全を確保するためというより、クレームや誤解を避けるために「自粛しておこう」という判断が背景にあるものと思われる。
イオンモールのイベントに限らない。また、スポーツイベントのセレモニーなどでも、中止や政府関係者の出席が自粛される動きも広がっている。
国内5件目の世界遺産登録
今回の武力衝突を受けて8月以降に予定していたイベントがすべて中止になったことを筆者が残念に思っている理由は、2つある。
まず、週末ごとに開催してきたアートワークショップが1周年という節目を迎えると同時に、カンボジア初のヒーローショーとなった、MIKATAショーも大成功を収めた直後というタイミングだったことが挙げられる。イオンモールカンボジアとの連携が軌道に乗ってきたところで、弊社のスタッフたちも今後に向けておおいに意気込んでいた。
一方、筆者は、こうしたアートプロジェクトがカンボジア社会に受け入れられつつあるということ自体が、この国の人々に気持ちの余裕が生まれていることを象徴しているように感じていた。そのため、自粛が広がり、再びアートとの距離が広がることで、人々の歩みに陰りが出るのではないかと懸念している。
7月末に武力衝突が起きたことですっかり影が薄くなってしまったが、その直前の7月11日に報じられたもう一つのカンボジアのニュースをここで紹介したい。かつて1970年代にカンボジアで台頭したポル・ポト政権が行った大量虐殺の現場が、「20世紀で最も深刻な人権侵害の一つに関する証拠」として世界遺産に登録されることになったのだ。「キリングフィールド(殺りくの原野)」と呼ばれる処刑場跡や、トゥールスレン虐殺博物館(旧S21収容所)など、いずれも「クメールルージュ」と呼ばれた共産勢力が組織的に逮捕・拷問・処刑した現場で、当時、国民の4分の1にあたる150万~200万人が殺害されたと言われている。
カンボジアには多くの遺跡があり、9〜15世紀まで栄えたクメール王朝の王都だったアンコール遺跡群(1992年)をはじめ、プレア・ヴィヒア寺院(2008年)、サンボー・プレ・クックの寺院地区と古代イーシャナプラの考古遺跡(2017年)、そしてコー・ケー遺跡群(2023年)という4つの世界遺産も擁している。しかし、5件目は初の「負の遺産」となった。

プノンペン市内にあるキリングフィールド(チョエン・エック)では、ポル・ポト率いるクメールルージュによる大量虐殺の被害者たちの頭蓋骨が収められた慰霊塔や処刑場、衣服などが見学できる (c) Pexels
筆者は、このニュースを非常に感慨深く聞いた。多くの知識人や教師、医師、公務員、そしてアーティストらが処刑された、世界でも屈指の悲惨な歴史を有するこの場所を筆者が初めて訪れたのは、まだ美大で学んでいた2001年夏のことだった。殺害された大勢の市民の写真とともに、拷問器具やベッド、レンガ作りの牢獄が残る生々しい現場には、見る者に戦争や紛争について考えさせる圧倒的なインパクトがある。その力は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが進めたユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)によって世界最大級の犠牲者を出したアウシュヴィッツ強制収容所や、広島の原爆ドームに匹敵するとも思う。
事実、筆者があの時、人はこれほどまで残酷になれるのかと強烈な衝撃を受けると同時に、戦争への憤りと虚しさを痛感したことが、筆者の現在の活動の原点となっている。筆者自身が、衝撃的なインスタレーションアート空間によって人生観が変わったことを自覚しているからこそ、筆者は、その後、13年にわたりこの国でアートを通じて社会課題の解決に取り組んできた。にも関わらず、「自粛」の動きが広がり、アートイベントの中止を余儀なくされるなか、これまでの思いや活動がガラガラと崩れ落ちるような感覚に襲われているのだ。
強まる連帯とタイへの反発
その一方で、プノンペン市内で盛り上がりを見せているのが、タイ国境付近から避難を余儀なくされ、仮設住宅で暮らしている人々への支援活動だ。多くのカンボジア人の若者が支援物資や寄付を募るイベントを積極的に主催し、集まっている。筆者が住むアパートでも「互いに助け合おう」というメッセージとともに支援や寄付の呼びかけが回ってきて、連帯の空気が強まっているのを感じる。筆者が東日本大震災直後のことを思い出すのも、そのためかもしれない。
ただ、当時と違うのは、今回の相手が自然ではなく、国だという点だ。カンボジアでは今、連帯の気運が高まっている一方、タイに対する反発も強まっているのを感じる。
たとえば、カンボジアのフン・マネット首相は6月、タイに出稼ぎに出ているカンボジア人労働者に対して帰国を呼びかけたと報じられており、これまでに約60万人がカンボジアに戻ってきたと言われている。一方、タイ外務省も、カンボジア国境の地雷でタイ軍兵士が重傷を負った事件を受けて、駐カンボジアのタイ大使を召還するとともに、駐タイのカンボジア大使を帰国させた。
さらに、タイ最大のコーヒーチェーン「カフェ・アマゾン」や、タイの大手財閥であるCPグループ傘下のコンビニエンスストア「セブンイレブン」など、タイ系ブランドに対する不買運動も起きている。SNSを見ると、タイに対する批判的な投稿や怒り、あるいは日本のメディアがタイ寄りの報道が多いと批判する投稿も少なくない。














