ミャンマーのクーデターは米制裁で打開できるか
中国の存在感の前に効果は限定的との見方も
- 2021/2/21
「昨年11月に行われた総選挙に不正があった」としてミャンマーの国軍が2月1日未明に三権を掌握したクーデターから3週間が経つ。一発触発のにらみ合いを続ける軍部と民衆の間の緊張が高まる中、NHKのBS1ニュース番組「国際報道2021」は2月15日、「民衆からは、米国が実行する対ミャンマー経済制裁によって事態が打開されることに期待の声が上がっている」と伝えた。しかし、当の米国では、経済制裁が党派を超えた支持を集めているものの、その実効性については懐疑的な見方が多い。香港における民主化運動と比較すると、米メディアや米国民の関心が高いとは言えないのも実情だ。ミャンマーで高まる米国への期待と、「冷めている」米国の温度差の背景を分析する。
素早かった民主化支持の表明
今回の事態を受け、米国内で真っ先に反応したのは、約20万人に上るミャンマー系米国人だった。ミャンマーでインターネットや電話回線、さらにソーシャルメディアが断続的に遮断され、不通となっていることから、彼らの間で不安が高まっている。特に、本国から仕送りを受けて留学中のミャンマー人学生たちの中には、親からの送金が途絶えて困窮する者も出始めており、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)をはじめとする大学当局は、授業料の減免や、生活費の低利貸し付けといった支援策を採り始めた。
こうした中、ミャンマーの現状に対して米国人に関心を持ってもらおうと、多くのミャンマー系米国人が立ち上がっている。NBCニュースはその様子を「ニューヨークの国連本部から、首都ワシントンの目抜き通り、サンフランシスコの国連広場、そしてフロリダ州中央部の大都市オーランドに至るまで、連日、数千人規模のミャンマー系米国人が本国で起きた軍事クーデターに抗議してデモ活動を繰り広げている」と伝えた。
また、ソーシャルメディアによる発信も盛んに行われている。ニューヨークを拠点に俳優・モデルとして活動するミャンマー系移民のオッカー・ミン・マウン氏は、5200人に上るフォロワーを持つ自身のインスタグラムで、日々、祖国の実情や抗議活動の情報を発信している。また、フェイスブック上で新たに立ち上げられた市民的不服従(CDM)に関するページは、ここ米国でも多く閲覧されているという。コーネル大学人類学部のマグナス・フィスケシュー教授は、「インターネットによって、人々の活動はこれまでなかった形でつながっている」と評している。
事実、こうしたミャンマー系米国人らの行動に触発されるように、多くの米国人がミャンマーの民主化運動への支持を表明している。例えば、サンフランシスコ市の政策決定機関である市管理委員会は2月9日、市内のミャンマー系米国人の働きかけを受けて、クーデターを非難し民主化を支持する決議を採択した。バイデン政権が2月11日に発表したミャンマー国軍幹部や関連企業への経済制裁は、このような草の根活動や地方行政レベルの成果の延長線上にある。いまや米議会では、共和党か民主党かを問わず、ミャンマー国軍に制裁を科すという決定に対する支持は強固なものとなっている。
そうした中、ミャンマー第二の都市マンダレーで2月20日、抗議デモに参加していた男性2人が治安当局に撃たれて死亡した。前日の19日には、首都ネピドーで2月9日に開かれたデモに参加中に頭を撃たれた20歳の女性が死亡したばかりだった。ミャンマー情勢の緊迫度は高まっている。
とはいうものの、現在、米メディアや国民の最大の関心事は国内政治にある。すでに終了したトランプ前大統領の上院における弾劾裁判や、新型コロナウイルスによって打撃を受けた経済を回復するための追加景気刺激策、バイデン政権の新たな移民政策、さらに米株式市場の好況がいつまで続くのか、といった話題の前にミャンマーの事変はかすんでしまい、香港における民主化運動が2020年に盛んに報じられたほどには関心を集めていないというのが現状だ。この関心の低さによって、米政府の経済制裁に対してミャンマー人が寄せる期待が裏切られる可能性もないとは言えない。
相対的に低い米国の存在感
バイデン政権は2月11日、ミャンマー国軍幹部が米国内に保有している10億ドル(約1050億円)の資金へのアクセスを禁じると同時に、米国がミャンマーに対して実施している4240万ドル(約44億円)の政府開発援助の資金を、「同国の市民社会と民間企業を支援するプログラム」に転用することを発表した。こうした中、米国際開発庁(USAID)は、別途6900万ドル(約73億円)を支出し、「民主化、食糧援助、独立系メディアの支援、紛争地帯の和解促進」を引き続き支援していくとしている。
これら一連の措置は、どれほどの実効性を持つものになるのか。ハーバード大学で国際政治を教えるスティーブン・ウォルト教授は、外交サイト「フォーリンポリシー」で2月4日、「米国がミャンマーにおける現状を打開するためにできることは、現実的に見てほとんどないだろう」と、悲観的な見解を表明した。
その理由としてウォルト教授は、中国によるミャンマーの支援額が米国に比べて巨額であるため、米国の影響力が相対的に低いことを挙げる。さらに教授は「ミャンマーと米国間の年間貿易額が14億ドル(約1479億円)であるのに対し、ミャンマーと中国の通商規模は170億ドル(約1兆7964億円)で、ある上、投資額も中国は米国をはるかに上回っている」と指摘。「2020年実績が1億8000万ドル(約190億円)だった米国の援助資金が絶たれても、国軍幹部にとっては痛くもかゆくもない」と結論付けた。ミャンマーの民衆が米国の制裁に期待し過ぎているというのが、ウォルト教授の主張が示唆するところだろう。
また、バイデン大統領は、ミャンマー国軍が行いを改めない場合に国軍関連企業にも小出しに制裁を行い、資金源を締め上げて民主化の圧力を強める方針を打ち出したり、2016年のミャンマー総選挙後に解除していた強力な輸出規制の復活も視野に入れ検討したりしているが、慎重論も出ている。
首都ワシントンで米国とアジア諸国の相互理解を深めるための研究と教育活動を行うイースト・ウェスト・センターのチャールズ・ダンスト客員研究員は2月2日、米公共ラジオNPRの番組に出演し、「米国や欧州諸国によるミャンマーへの制裁は、国軍幹部にターゲットを絞り、国民の貧困危機を悪化させない方法によって科されなければならない」と主張した。つまり、米国が大規模に制裁を行えば行うほど民衆も傷つける可能性が高まるため、慎重にならざるを得ないとの見方だ。
ダンスト氏は、「それ(慎重なやり方)は理想的とは言えないし、民主的ではないかも知れない。しかし、ミャンマーが再び内戦に陥り、一般国民が貧困に喘ぐ事態は避けなければならない」と訴えた。