【コロンビア和平から10年 混乱する農村から⑤】「第二次戦争」と闘うアワ民族
ラテンアメリカ の「今」を届ける 第13話
- 2025/9/21
2006年より住民から見た紛争や和平プロセスを取材しているフォトジャーナリストの柴田大輔さんが今年5月から6月、ナリーニョ県とカウカ県の山岳地帯を訪ねました。和平合意から10年を迎えようとする同国の紛争地域で生きる人々の今と、彼らを取り巻く現実に迫る5回連載の最終回です。
アワ民族の女性リーダー、クリスティーナ・チンガルさん
「私たちの故郷は、いつも戦争と、それに伴う強制移住によって傷つけられてきました。地域を良くしようとするたびに、その歩みを戦争が妨げてきたのです」
アワ民族の女性リーダー、クリスティーナ・チンガルさん(33)は言う。
コロンビア南西部。熱帯の木々が生い茂る山岳地帯に、クリスティーナさんらが暮らすアワ民族の自治地域マグイがある。そこは20年以上にわたり、政府軍、武装組織同士の戦闘が繰り返されてきた。外部から隔絶された土地に暮らす1500人余りの住民は、常に命の危険と隣り合わせに生きてきた。
サン・ルイス地区 避難と生活再建
マグイから山を降りた先に、アルタケルという町がある。数十軒の商店や診療所が並び、山に住む人々が収穫物を売り買いしたり、他の町へ行くための交通機関にアクセスしたりする生活の拠点だ。マグイから徒歩で5、6時間かかるが、最近は道が開けたため、バイクを2時間ほど走らせれば着けるようになった。その町の外れに、マグイから避難してきた人々が暮らす50軒ほどの家が集まる「サン・ルイス地区」がある。クリスティーナさんも、夫と二人の子どもと共にここで暮らしている。両親や兄弟姉妹の家も、近くにある。
サン・ルイスは今から約30年前、共同体の共有地として、未利用の農地をマグイが買い取った場所だ。もともとは、小学校しかなかった山から子どもを町の中学校へ通わせるための生活拠点にしたり、住民が町へ出る際の一時滞在に利用したりするため、住民同士で分け合った区画に簡素な板張りの小屋を建てていた。
2000年以降、状況は変化する。マグイがゲリラの拠点となり、政府軍の空爆や地上戦にさらされた。2005年から8年にかけて、大規模の軍事作戦が繰り返され、住民の9割が家を捨てて山を下りた際に、避難場所になったのだ。
「最低限の荷物を抱えてサン・ルイスに逃げ込みました。すぐに帰れると思っていたのに、戦争は終わる気配を見せませんでした」
避難生活は長期化し、仕事のない町での暮らしは人々を追い詰めた。職を求めて国内各地の都市や国外へ散らばる人もいたが、縁のない新天地で基盤を築くのは容易ではなかった。思うように仕事にありつけず、文化や習慣の違いから差別を受け、故郷を離れたことで人のつながりを失い孤独に陥る人が少なくなかった。
女性たちが目指す暮らし
こうした過去の記憶があるなかで起きたのが、2023年5月から11月にかけて起きた武力衝突だった。複雑な地形と国境までの近さを活動利点とする、反政府組織ELNと旧FARC系武装組織「セグンダ・マルケタリア」が、マグイをめぐって激しく衝突したのだ。ELNにより 埋設された地雷により、複数の住民が犠牲となった。銃撃戦も繰り返され、一帯から1500世帯、4000人以上が山を離れ避難した。ただ、過去と異なったのは、無闇に遠方へと避難しなかったことだと、クリスティーナさんが振り返る。
「サン・ルイスを拠点にすれば、すぐにマグイへ戻ることもできるし、マグイの自治組織のつながりを保ちながら生きることができる。私たち自身で身を守るために、過去の経験からそう学んだのです」
彼女らが目指したのは、どんな状況に直面しても「共同体としてのまとまりを維持し続けること」だった。サン・ルイスにはマグイの集会施設もあり、緊急時には住民が集まり、支援団体との交流の場所としても機能する。ここで仲間と共に生きることで、文化的アイデンティティを守ることができると考えたのだ。
だが、暮らしは厳しかった。戦争で多くの男性が命を落とし、子どもを抱えた母親たちが多数いる。農村出身の彼女たちが町で得られる仕事は、商店の手伝いや家事労働といった一時的な低賃金労働がやっとだった。ましてや、現状はそれすらも得にくい。そんな彼女らを支えたのが、違法栽培される「コカ」だった。
「私たちが暮らすナリーニョ県は、コロンビアで最もコカ栽培が盛んな地域です。家計が危機的な状況のなかで、日雇いのコカ畑での収穫作業が最も確実な収入源になりました」
しかし、そこには大きな危険が潜む。コカを資金源とする武装組織が、地域に複数存在するためだ。組織間の板挟みにあい、思わぬトラブルに巻き込まれて命を落とすことがある。さらに近年、コカの価格が暴落したため、命を危険にさらしてまで従事する価値はなくなりつつある。だからこそ、彼女は言う。
「山に戻れば、トウモロコシやユカイモ(キャッサバ)、主食のバナナを育てることができる。自分の農地で、自分たちが食べるものを確保できるのです。サン・ルイスにいれば、町で仕事をしながら山へ戻ることもできるし、人とのつながりも維持できる。ここにも私たちの自治組織があるのですから」
そんな彼女は、危機が訪れても暮らしを安定させようと、女性たちが集まり助け合える団体の立ち上げを目指す。「ムヘレス・エンプレンデドラス・アワ(起業するアワ女性たち)」という名称で、地場産業であるサトウキビ栽培を基盤に、砂糖菓子や黒糖ブロック、糖蜜、アルコール飲料など、地域資源を活かした生産に取り組む試みだ。さらに、織物による伝統工芸品の販売や輸出の方法を模索していくという。
「まだまだスタートラインにも立てていませんし、これからやらなければいけないことは多いですが、外部NGOの協力を得て、女性のリーダーシップや権利を学ぶ場を作りました。これは、長く沈黙していた女性たちが、自らの言葉を取り戻すための取り組みでもあるのです」
自治と文化の再生
和平合意後も終わらない戦争の中で、住民の中に芽生えているのが「先住民族」としての権利意識だ。コロンビア憲法には、先住民族の権利を定めた国際法を反映した条文がある。先住民族に一定の自治権が認められているのだ。
「武装組織の狙いは、私たちの自治地域で誰にも干渉されずに自由に活動をすること。そのために住民を支配しようとする。しかし、この土地は私たちのものです。もし、私たちが彼らの命令に従えば、再び彼らは好き勝手に我々を支配するでしょう。私たちは二度と、彼らに主権を渡しません。だからこそ、私たちは法を学び、暮らしを守る責任があるのです」
2023年に二つの非合法武装組織がマグイをめぐって激しく衝突した際、マグイの自治組織は停戦協議の過程で、周辺のアワ民族とともに、両者との話し合いの場を設けることに成功した。会場となったのは、マグイの学校だ。敷地には300人以上の住民が集まり、「住民の命を尊重すること」「若者を徴用しないこと」「自治に干渉しないこと」「行動を制限しないこと」という要求をゲリラに突きつけた。
「朝から夕方まで話し合い、彼らは私たちの要求を受け入れました。私たちが求めるのは『命』と『土地』、その二つだけなのです」
それは、長い戦争を経て住民が獲得した先住民族としての権利意識の表れだった。同年5月には、住民が地雷の犠牲になった。葬儀には、国内各地の先住民族組織や人権団体などの協力者を含めて、地域の内外から数百人が集まり、死者を追悼する「沈黙の行進」を行った。その際に発表した告発文の最後に、「私たちは憲法、法律89号(1890年)、法律21号(1991年)、ILO条約169号、憲法裁判所の判例に基づき、アワ民族の生命と領土を守る立場から、この声明を公表します」と、行動の法的根拠を示したうえで、国際社会に窮状を訴えた。
また、その葬儀の先頭に立っていたのは、「先住民族警備隊」だった。国内各地の先住民族自治組織と協働し、先住民族自らが自身の領土と文化を守るために組織された、非武装の自衛組織だ。
「私たちの文化に根差した未来を作る」
クリスティーナさんが今後、重視するのは「文化の再生」だという。手工芸などの伝統文化や言語を次世代に受け継ぐため、マグイに地域の歴史や文化を継承する共同空間として、「歴史的記憶の家」の建設を目指している。
「若者が先祖のルーツを忘れず、文化を継承し続けることが大切です。織物やカゴ作りを学び、それを販売や輸出につなげていきたい。サトウキビとともに、各家庭が収入を得られる仕組みを作り出したいのです」
「もはやコカ栽培で生きることはできません。私たちは、戦争を招いたコカから決別しなければなりません。コカを作り始めたことで、一時的に手にするお金と引き換えに、トウモロコシなど自給作物を手放すようになった人も少なくありませんが、これは私たちの暮らしではありません。私たちの文化に根差した仕事を自分たちで作り出し、生きるための資源を確保する。それが未来へ進む道なのです」
戦争が終わらなくても、ここで暮らし続ける
コロンビア史上初の左派政権は、戦争のない世の中を求める人々の意思が、誕生の後押しとなった。政府が一番に掲げるのが、国内の「完全平和」だ。乱立する違法武装組織との間に個別に和平を結ぼうと取り組んでいるが、十分な成果には結びついていない。2024年時点で武力衝突により発生した避難民は全国で17万人以上となり、12万人以上の移動が制限される事態となっている。
混迷する状況の中で、コロンビアは2026年に大統領選挙を迎える。アワ民族のホセ・チンガルさんは、展望をこう話す。
「今の大統領につながる人が当選するかもしれないし、そうではない人になるかもしれない。ただ、新しい大統領が『ゲリラを皆殺しにしろ』と言うとすれば、再び軍が私たちの前に現れ、被害はさらに拡大するでしょう。そこで犠牲になるのは、ゲリラが活動する土地に暮らす、私たちです」
「ゲリラに入る若者は今もいます。私たちと同じ先住民族であり、同じ農村出身の若者たちがその道を選択するのはなぜなのでしょう?それは、戦争の原因である貧困や差別が何一つ解決されていないからにほかなりません」
そして、ホセさんはこう続けた。
「戦争はこれからも続きます。一部で終わったとしても、その根は残り続けるのですから。だからこそ重要なのは、私たち自身が団結し、この地で生きるために結束を強めることなのです。私たちが幸せに暮らせる場所は、ここ以外にないのですから」





















