政治の混乱と経済危機で強まるドイツの右傾化
深刻な不況と再燃する難民問題

  • 2024/12/20

 12月16日にオラフ・ショルツ首相の信任投票が否決された。それを受け、2025年2月23日に解散総選挙がなされる。もともと任期満了に伴う総選挙が9月に予定されていたが、前倒しに実施されることになる。任期中の議会解散はドイツでは珍しく、約20年ぶりになるという。

ドイツ・ベルリンにある連邦議会議事堂 (筆者撮影)

異例の連邦議会解散

 議会解散のきっかけとなったのは、11月6日の連立政権崩壊だ。2021年12月に成立した三党連立政権は運営が膠着し、2022年半ば以降、支持率は下がっていた。三党のうち、中道左派「社会民主党」(SPD)、環境政党「緑の党」は歳出を増やして課題に問題に対応しようとしてきたが、親ビジネス政党「自由民主党」(FDP)がそれに反対したため、対立が続いた。

2021年末に成立した連立政権は、各党の色を取って「信号連立」(赤・SPD、緑・緑の党、黄・FDP)と呼ばれた

 崩壊の引き金になったのは、米国でトランプが次期大統領に選出された直後、FDP党首のクリスティアン・リントナー(FDP)が財務大臣を解任されたことだ。オラフ・ショルツ首相(SPD)は、リントナーが「国益よりも党の利益を優先した」とコメントしている。その後、FDPは連立から離脱し、連立政権は過半数を満たせなくなった。FDPは連立与党中で最も議席が少なかったが、財務を握っていたために強力な権力を有していたためだ。現在、ドイツは経済危機に見舞われているが、それでも機動的に必要な政策を十分に打ち出すことが難しくなっていた。

 ドイツでは憲法で「債務ブレーキ」が定められており、連邦政府の構造赤字をGDPの0.35%までに制限することが求められている。緊急時は条件付きで制限を超えることが許されており、ショルツ首相と緑の党はウクライナでの戦争を緊急時の理由として、このブレーキを超える歳出を望んだ。一方、FDPは債務ブレーキに固執して債務増加を嫌い認めなかったため、折り合いがつかなかった。

 そんな対立の中で作り上げられた2025年の予算案は、連邦議会による承認前に連立が崩壊してしまった。承認は選挙後に内閣が成立し、議会が招集された後になると見込まれている。政治的決断ができないなか、政府は仮予算をもとに運営されることになり、大きな歳出が難しい。しかし、ドイツでは経済危機、防衛・軍備への投資、ウクライナへの支援、デジタル化、インフラ危機など、対応すべき問題は山積みである。

支持を伸ばす極右政党

 現政権は当初、リベラル政権として改革が期待されていたが、政権運営の膠着によって支持を落とし、右寄りの政党が支持を集めていった。12月初めに調査会社インフラテスト・ディマップが行った世論調査によると、保守政党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)に対する支持が32%を占め、首位に立つ。同党が選挙で勝利することは、現在、ほぼ確実視されている。

 一方、問題視されているのは、極右ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が18%と、2番目に多くの支持を集めていることだ。同党は、「右翼過激派の疑いがある組織」として連邦憲法擁護庁によって数年間監視されてきた。しかし、2021年の選挙時には10%程度だった同党への支持率は、23年後半には20%を超えた。2024年1月には、同党に所属する議員の一部が、移民や「同化していない市民」を含む数百万人を国外追放する「基本計画」について議論していたことが報じられ、各地で大規模な反AfDデモが起きたものの、その勢いは止まらない。

 事実、AfDは2024年9月の欧州議会選挙で躍進し、2番目に多く得票した。さらに、その後、旧東独のチューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルグ州で行われた州議会選挙では各州で3分の1の議席を獲得し、議会に及ぼす影響力を高めている。AfDが第一党となったチューリンゲンでは他3党が連立政権を形成するなど、政権入りは各州で逃しているものの、AfD外しを目指して形成された州の連立政権は政策面での対立を抱え、今後の議会運営には不安定さが残る。

 11月13日、113人の連邦議会議員によって、AfDの政党活動禁止検討を求める動議が提出された。ドイツでは憲法で「自由民主主義の基本秩序を弱体化または廃止しようとする」政党を禁止することが認められているため、憲法裁判所の判断を仰ごうという狙いだ。とはいえ、実際に禁止された政党は過去に非常に少なく、そのためのハードルは高い。さらに、無理やりAfDを禁止しようとすれば、現在の政治のあり方そのものに疑問を唱える同党の議論に正当性を与えかねないことから、この裁判には反対の声も多い。

 そんななか、きたる2025年2月の総選挙でAfDがどこまで連邦議会で票を伸ばすかが注目されている。反移民・反民主主義的な主張をするAfDと連立を組むことは、ドイツではタブー視されており、同党が連立与党入りする見込みは、今のところない。しかし、同党の議席が大幅に増えれば、その分、安定的な政権運営が難しくなることは間違いない。

深刻化するドイツ経済の停滞

 政治が不安定化するドイツでは、深刻な経済危機にも見舞われている。ドイツのGDPは日本を追い抜いて世界第3位となったものの、2024年は2年連続でマイナス成長となる見込みだ。特に製造業における打撃が大きく、コストの増加と需要の減少によって廃業に追い込まれる事業が増えている。ドイツ連邦統計局の調査によると、2024年1月の製造業の廃業数は、戦争前の2022年同月より20%程度増えた。

 かつてドイツでは、ロシアから安いガスを輸入して作った製品を、中国という巨大な市場に輸出することで大きな利益を出してきた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻後はエネルギー価格が高騰し、ロシアからの資源の輸入を断たなければならなくなった。そのためにドイツでは10%を超えるインフレが続き、人件費が上昇して、製造業は大幅なコスト増に見舞われている。

 さらに、中国とは地政学的な対立が生じ、逆に中国から電気自動車などの製品が次々にドイツに流入するようになった。そんななか、EUはドイツの反対を押し切って、中国から輸入されるEVに高率の関税を課す決定を下したため、中国からの報復措置が恐れられており、もともとのドイツのビジネスモデルが崩壊しつつある。

 ドイツを代表する自動車メーカーのフォルクスワーゲンは2024年10月、経営不振からドイツ国内の工場を複数閉鎖する意向を示した。背景にあるのは中国市場での不振と、大幅に投資をしていたEVへの市場の移行が停滞したことがある。雇用維持を求める労働組合と、人件費が高いドイツでの操業を縮小したい経営陣が対立し、12月にはストライキも行われるなど、話し合いは続く。

雇用維持を求める労働組合と、人件費が高いドイツでの操業を縮小したい経営陣が対立し、12月にはストライキが続いている。

 それ以外にも、大企業の工場縮小、人員削減が次々と発表されている。大手鉄鋼メーカーのティッセンクルップが1万1,000人の削減を予定しているほか、大手化学メーカーBAMFもドイツ工場の縮小を発表している。クリスマスを前に、多くの人が仕事を失う不安を抱えているわけだ。

 こうしたなか、政府による経済対策が求められてきたが、連立政権が崩壊したため、すぐには大きな手を打ちにくい。25年度予算もないなか、景気浮揚の成長戦略や財源確保は難しい。

 経済・社会不安が広がるなかで、AfDや、左派ポピュリスト政党であるザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)など、移民を嫌う政党が総選挙で支持を伸ばすことが予想されている。

移民の抑制とムスリムの統制を掲げる保守政党

 さらに、次の首相になる可能性が高いと予想されているCDUのフリードリッヒ・メルツ党首は、同党を保守化させている。リベラルな政策を次々に取り入れた前CDUのアンゲラ・メルケル前首相は同党を中道に寄せたが、そのために伝統的保守層が同党を離れ、極右支持に移行したという批判がドイツにはある。AfDへの対抗を意識するなか、CDUは右傾化を進めている。

CDUのフリードリッヒ・メルツ党首 (c)Steffen Prößdorf / wikimediacommons

 CDUは、近年、問題視されることが増えてきた前出の「債務ブレーキ」を支持する。同ルールは、政府による無駄遣いをなくすためにメルケル時代に憲法に組み込まれたのだが、その制約のために機動的な財政出動と必要な改革が妨げられるというデメリットがある。課題が山積みの今、約半数の経済学者がその改正が望ましいと述べているが、憲法改正は容易ではない。この規制は厳しく、2021年にコロナ対策のために国債を発行して調達した資金の余剰金を政府が2022年の気候変動対策に転用していたことについて、連邦憲法裁判所は2023年末に違憲とした。そのために600億ユーロ(約9兆6,000億円)の財政赤字が発生し、電気自動車(EV)への補助金などが途中で断たれるなどの混乱も生じて、政権に対するイメージを悪化させた。

 注目すべきは、CDUが移民の抑制・ムスリムの統合を党のマニフェストに含めたことだ。ドイツは2015年、メルケル政権(当時)の下で中東から100万人以上の難民申請者を受け入れた。大規模な難民受け入れについては当初は歓迎ムードだったが、次第に反発が高まり、CDUは支持を落とし、AfDの連立議会入りを招いた。

 そんななか、CDUは移民について「無秩序な移民に歯止めをかけ、人道的な移民をドイツの統合能力に過度の負担をかけないレベルに制限する」としている。その手段として同党が主張するのは、難民申請者の審査をルワンダで実施することだ。そうすることで、難民認定を求めてやってくる人々の流入を抑制しようというのだ。しかし、第三国での難民審査を実現しようとしてきたイギリスの政策を、欧州人権裁判所や英国最高裁判所は「人権違反」に相当すると判断している。

 CDUのマニフェストでは、イスラム教徒は「我々の価値観を共有する限り」ドイツに属すると記載されている。ドイツには現在、500万人ほどのイスラム教徒がいるが、リベラルな価値観やドイツの政治体制を否定する者、過激派などには居場所はないというわけだ。

 この右傾化は、AfDの支持者を取り込むための努力でもあると考えられるが、そうすることで、逆にAfDの正当性を高めてしまうことになりかねないという見方もある。メルケル前首相は、独誌「シュピーゲル」のインタビューで、「AfDの代わりに選挙で選ばれるため、難民が多すぎるという過激なコメントをしなくてはいけないと考える人がいる。しかし、それは間違っている。正反対だ」と述べている。

シリア・アサド政権崩壊で再燃する難民問題

 そんな折、12月7日にシリアでアサド政権が崩壊した。シリアではイスラエルによる空爆も続いており、今後の状況は不確実である。しかし、「多すぎる難民」に反対してきたCDUやAfDの政治家は、その直後から、シリア人の帰国を勧めるような発言をしている。

 メルツ党首と関係が深いとされるCDUのイエンス・シュパーン議員は、シリアからの人々の帰還を促すため、各人に1,000ユーロ(約16万円)の配給と、チャーター便の手配を呼びかけた。CSU党首でバイエルン州首相のマルクス・セーダー氏も、大規模な帰還方法を検討するよう求めている。

 さらにアサド政権崩壊の翌日、連邦移民・難民局(BAMF)は、シリア人からの難民申請の審査を即時凍結した。現在申請中の4万7,000人程度が影響を受ける。今後シリアの状況がどうなるかはわからないとして、ナンシー・フェーザー内務大臣(SPD)は最終的な帰還についてコメントすることに否定的だ。今回の措置は、不確定な状況の中での審査の一時的な停止と考えられる。しかし、次の政権がどう判断するかはわからない。ドイツの発表に続き、イギリス、オーストリア、ノルウェー、デンマークなど、数々のヨーロッパの国々も、シリア人による難民申請の審査凍結を発表した。

 一方、労働力不足に苦しむドイツでは、シリア人の帰還を促すような声は、社会を苦境に追いやるという懸念も生まれている。シリア出身者の多くは建設、飲食、介護などの分野で働いており、 ドイツで重要な労働力になっている。ドイツで働く外国出身の医師として最も多いのもシリア人だという。さらに、医療従事者の6%をシリア出身者が占める。ドイツ保健省は、現在、看護部門で約20万人の欠員があると発表しており、シリア出身の医療従事者がドイツを去れば、保健セクターはますます逼迫する。

 2023年末までに16万人以上のシリア人が帰化した。筆者の周囲にいるシリア出身者はドイツに帰化している人も少なくなく、現状で帰国を考えている人はいない。今後シリアがどういう状況に置かれるかわからないため、現状では一時訪問ですらまだ検討できないという答えが返ってきた。すでに10年以上ドイツで暮らしており、シリアには生活の基盤も家族もいないという人もいる。幼い頃にドイツに来て、ドイツで学校に通い、シリアのことはあまり知らないという若者も多い。

ドイツには現在、100万人ほどのシリア人がいる

 いずれにせよ、2025年2月の選挙では、移民問題が選挙運動で大きく取り上げられることが予想される。程度の問題こそあれ、政府の右傾化は避けられなさそうだ。

 

 

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