デジタル・バングラデシュ
わが黄金のベンガルよ、コネクテッドがもたらす未来

  • 2019/7/14

 18世紀以降は、欧米列強の野心に翻弄される運命を辿ることになる。

 英国による植民地化、世界大戦の終焉による英国インド帝国解体を経て、ヒンドゥー教徒の国インドとイスラム教徒の国パキスタン(後にバングラデシュとして独立する飛地の東パキスタンを含む)という宗教軸による分割独立へ。しかし、パキスタンはウルドゥー語を母語とし、バングラデシュはベンガル語を母語とする、似て非なる民族であったために、独立戦争へ突入していく。独立戦争のきっかけとなったのは、パキスタンによるウルドゥー語の公用化の弾圧だった。

サバールにあるバングラデシュ独立記念碑(筆者撮影)

 ベンガル語は豊穣なるベンガル文化資本の核であり、それはベンガルの民にとってレゾンデートル(raison d’etre)に他ならなかった。つまり、そういうことなのだろう。

 母国語であるベンガル語の言霊を守り抜くために、アワミ連盟を結成した建国の父・バンガバンドゥ・シェイク・ムジブル・ラーマン(現シェイク・ハシナ首相の父)の指導の下、学生レジスタンスも決死の覚悟で闘った。その結果、1971 年に、遂にバングラデシュは「ベンガルの国」として独立を果たす。独立戦 争で犠牲になったベンガル人は 300 万人といわれ、その死を悼んで建設されたバングラデシュ独立記念碑はバングラデシ ュ人の精神的支柱として存在し、外国からの要人は必ず案内される場所となっている。

 バンガバンドゥ・シェイク・ムジブル・ラーマンは、かつて「黄金のベンガル」の夢を、繰り返し、繰り返し、国民に語っていた。

 公民が繁栄の中に暮らし、誰もが質の高い教育やヘルスケアにアクセスができ、政府によって法律と公正さが守られる社会へ。シェイク・ハシナ首相は父の遺志を受け継ぎ、その目指すべき世界を、21世紀のグローバル社会における国家戦略としての「デジタル・バングラデシュ」として蘇らせた。

 本連載では、「デジタル・バングラデシュ」の国家戦略の下、バングラデシュにおけるITビジネスや社会の動向を、日本との関係性の文脈も交えながら、少子高齢化を迎える私たち日本のパートナーとして、バングラデシュという国が持つ魅力や可能性とともに少しでもお伝えすることができたなら嬉しく思う。

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