増え続ける難民の年齢推定を巡り揺れる欧州
性善説に基づく未成年の受け入れ態勢が厳格化へ
- 2023/2/14
欧州連合(EU)域内への不法入境者が、2022年通年の速報値で前年比64%増の33万人に達した。多くがシリアやアフガニスタンなど紛争地域からの難民だ。中東出身者を中心に年間120万人規模に上った2015年前後に比べれば依然として少ないものの、ウクライナから逃れてきた人々の受け入れですでに手一杯のEU諸国や非EU加盟国の英国にとって、難民の増加傾向は費用の面でも大きな圧力となっている。
こうした中、中東やアフリカ諸国からの18歳未満の難民の年齢推定の問題が顕在化している。難民の中でも、子どもは成人に比べて特別な扱いや優遇を受けることができるため、年齢を偽って申告する成人が後を絶たないためだ。逆に、18歳未満の子どもが成人収容施設に送られ大人から虐待されたり、年齢を偽った大人が未成年用施設に潜り込んで子どもを虐待したりする悲劇も頻発している。こうした問題を防ぐために医学的な検査に基づく科学的な年齢推定法が進められているものの、往々にして対象者の心身に大きな負担を与える非人道的な選別作業になりがちで、人権侵害ではないかと問題視されているのだ。難民流入が再び増加しつつある欧州や英国がどう対処しているのか探る。
「14歳の子ども」と偽っていた19歳の殺人犯
2022年3月、英国で衝撃的なニュースが伝えられた。南部ドーセット州に住む21歳の英国人男性を刺殺したアフガニスタン出身のラワンギーン・アブドゥルラヒムザイ受刑囚が、2019年12月に英国に入国した時点で19歳だったにも関わらず、14歳の未成年難民と偽り滞在資格が認められていたことが明るみになったのだ。
しかもアブドゥルラヒムザイ受刑囚は、別の殺人事件でも逃亡中だった。パキスタンをはじめ、イラン、ノルウェー、イタリアを転々とした後、2018年7月にセルビアで2人のアフガン人男性を機関銃で射殺。欠席裁判によって懲役20年の有罪判決を受けていた。
2019年12月にノルウェーから難民としての受け入れを拒まれたアブドゥルラヒムザイ受刑囚は、英国に渡航。母国で武装集団タリバンに両親を殺害されて拷問を逃れた14歳の少年だと申告して滞在を認められ、里親となった英国人女性の家庭に入り、英国人生徒とともに中学と高校に通っていたものの、素行の悪さは際立っていたという。
2023年1月に終身刑を言い渡されたアブドゥルラヒムザイ受刑囚が、未成年者に寛大な英国の難民受け入れ態勢を悪用したことは明らかだ。英世論では「そもそも19歳の大人が14歳と偽って難民滞在資格を得られたのはなぜか」と、難民の年齢推定方法の改革を当局に求める声が高まっている。
英内務省のまとめによれば、2020年10月から2021年9月の1年間に未成年だと偽ったことが発覚した成人難民は、前年度の320人から1118人に急増した。大人の付き添いがない子どもは成人より難民資格が認定される可能性が高く、収容所に送られたり強制送還されたりする確率が低くなることが背景にあると考えられる。
ある英政府の関係者によれば、「自身が未成年者だと主張する不法入境者の多くが、最低でも25歳以上に見える」という。極端な例では、頭髪が禿げた、どう見ても40代男性の自己申告が通り、高校に通っていたこともある。
英メディアは、成人難民の多くが、英国に渡る船舶で意図的に身分証明書類を海に捨て、到着時に自身を未成年だと申告していると報じている。
高まる科学的な手法求める声
こうした状況を受け、2020年から2022年に英内閣府担当大臣を務めた保守党のクリス・フィリップ議員は、「現在、英国ではソーシャルワーカーが難民に面接して年齢を推定しているが、手首の骨など、身体の一部分の X 線写真を用いた科学的な手法を導入すべきだ」と、BBCラジオの番組で語った。
また、今回の事件を受けて、与党・保守党は、不法入境者を母国か難民受け入れを行う第三国へと強制送還する法案の提出を急いでいる。英最高裁判所は2022年8月、「成人に見えるが未成年だと主張する不法入境者について、内務省担当者2人が成年認定した場合、大人として取り扱う」ことを定めたガイドラインを支持した。
このように、これまで性善説に基づき動いていた英国の未成年難民の受け入れ体制は、アブドゥルラヒムザイ受刑囚による凶悪事件を機に、厳格化へと急速に舵が切られている。この先、少なくない数の難民が滞在を拒まれ、母国か第三国へと送還されることになろう。物価高などで英経済が落ち込み、余裕がなくなってきたことも大きな要因だ。
「疑わしきは難民の利益に」の原則ゆらぐ
実は、英国は一度、2013年に未成年難民に対する医学的な年齢推定を取りやめた経緯がある。今回の流れは、それ以来、本人の申告年齢に基づいて判断されるようになっていた方針が、再び逆行した格好だ。
そもそも英国が性善説に立った年齢推定へと切り替えた背景には、医学的な年齢推定は不正確だと英司法が判断したためだった。年齢を証明する公的書類が存在せず、難民本人の供述も不確かであるならば、「疑わしきは難民の利益に」と謳った「マートン原則」が適用されるべきだという判断からだった。
つまり、年齢推定があまりにも困難であるため、「16歳から20歳あたりの範囲に収まる」とソーシャルワーカーが判断した難民は、ほぼ全員が自動的に未成年だとされる「みなし推定」が採用されたのだ。
さらに2015年には、西アフリカのガンビアやセネガル出身で、未成年と見られるものの年恰好がバラバラの子どもたちが、一律に1997年1月1日生まれとして、イタリアで非常に大雑把に年齢推定されたうえ、すでに18歳以上の成人だとして強制送還の対象にされた事件も起きた。こうして、英国や欧州では「疑わしきは難民の利益に」「子どもが最大の利益を享受できるように」という原則が徹底されるようになった。
難民認定時に推定される年齢が、その先に受けられる保護や教育・住居・医療サービス、受給金の多寡と質を決め、当事者の子どもたちの一生を左右する重大な意味を持つことが認識されるようになったことも大きい。
加えて、母国や移動中に心理的なトラウマを受けたり、精神的な障害があると認定されたりすれば、年齢推定を拒んでも当人の不利益にはならないため、申告が言い値で認められることになる。
こうした基準は甘いという批判も当然あるのだが、未成年者が成人とみなされて大人と一緒に収容され、そこで暴行を受けた例があったことから、「疑わしきは難民の利益に」という原則が確立されていたというわけだ。
さらには、科学的な年齢推定は当局にとってもコストがかさむという現実的な事情もあった。