増え続ける難民の年齢推定を巡り揺れる欧州
性善説に基づく未成年の受け入れ態勢が厳格化へ
- 2023/2/14
懸念される医学的検査の侵襲性
では、年齢推定検査がどれだけ不正確か、見てみよう。
子どもの成長ペースには個人差・性差・人種差・民族差・地域差などさまざまな要因が絡み合う。そのため、実年齢と身体的な年齢、あるいは心理的年齢は、「標準」と比べてバラバラなのが普通だ。
にも関わらず、現実的な要請として、子どもか大人かを推定しなければ、受け入れ国の福祉システムが機能しなくなる。英内務省によれば、難民の71%が自身を成人前ギリギリの16~17歳の未成年者として申告する。もちろん、実際の未成年者の数はそれよりも少ないので、不正確であっても「みなし」のふるい分けが必要になる。
そこで英国では、便宜的に年齢が推定しやすい第3大臼歯のレントゲン写真と、磁気共鳴映像法(MRI)で撮影した手首と鎖骨のスキャンを出身国ごとの人種・民族・性別による蓄積データと比較し、最も正確だと思われる成長段階や年齢を割り出す手法が確立している。また、細胞の老化を計測できるDNAメチル化検査も、今後、有力な手法になると期待されている。
アブドゥルラヒムザイ受刑囚の事件を受けて、今後は「疑わしきは難民の利益に」の原則が部分的に放棄され、医学的な年齢推定検査が増加することが予想される。レントゲン写真を撮影する際に放射線による被曝リスクが懸念されるとしても、社会の要請に基づいて行われることになるだろう。被験者の身体または精神に生じる傷害や負担、いわゆる「侵襲」のレベルを最小限に、という方針も有名無実化してゆくことが予想される。
1990年に発効した児童の権利に関する条約や、1951年に締結された難民条約、あるいはEU法のように難民について取り決めた地域法などによって築かれてきた「疑わしきは未成年と判断」という原則が、今日、難民受け入れ国において背に腹は代えられない状況に追い込まれつつあるのは確かだ。
難民の年齢推定をめぐっては、「子どもとしてよりよいケアを受けたい」という難民側の動機に基づく虚偽の申告増加と、「本音を言えば送還しやすいように成人として認定したい」という受け入れ国側の思惑が渦巻く中で、難民受け入れ派と移民排斥派が対立し、さまざまな倫理的な問題や社会的な課題が複雑に絡み合う。
しかし、すでに欧州地域の国々は政治や経済面で高い圧力を受けている。これに拍車をかけるのが、ウクライナからの難民の大量流入だ。中東やアフリカからの難民を受け入れるために費やせるコストや人的資源が着実に圧迫されつつある中、年齢を偽る成人難民を、性善説に基づき未成年者として養うことは、困難になってゆくだろう。