ウクライナからドイツに逃れた2人の女性医師
「戦火に振り回された人生をやり直して夢をつかみたい」

  • 2022/6/10

今も残る記憶とロシアへの怒り

 その後、オンラインでドイツ語を教えてくれていた女性が支援の手を差し伸べてくれ、2人はドイツにたどり着く。

 「ポーランドでようやく安全な暮らしを手に入れてほっとしました。でも、若者たちが夜、お酒を飲んで泥酔しているのを見ていると、戦争中のウクライナとのギャップの大きさに強い違和感を覚えました」と苦しそうに打ち明けるクリスティーナさんは、ドイツに来た今もなお、ウクライナで恐怖に怯えていた日々を不意に思い出しては、恐怖に襲われるという。

 「今でも、救急車や緊急車両のサイレンが聞こえてくると、空襲警報に怯えていた時の状況がよみがえってきて取り乱してしまいます」

 一方、オルガさんは、狭くて日の光が入らない空間にいると不安になると言う。「ドイツ語の授業中、クラスメイトの一人が窓とブラインドを閉めたがるのですが、そうすると私は地下で怯えていた時の恐怖を思い出してパニック障害を起こしてしまうので、なるべく部屋を明るくしてもらっています」

オルガは、ウクライナで地下に隠れ、不安に怯えていたことを思い出すと今も不安になるという(本人提供)

 最近、キーウ周辺は最近、落ち着きを取り戻しつつあると報じられている。しかし、2人は当面、戻る気はないと言う。

 「仮に戦争が終わったとしても、その後の経済や社会の状況が見通せないので、キーウにはしばらく戻りません。家族がウクライナに残っているので心配ですが、私たちは、まずドイツで医師として働き、その後、自分たちの新たな人生を切り開いていきたいと思います」。きっぱりした口調でクリスティーナさんが言った。

 彼女たちにとっては、LGBTを嫌悪する人たちが一定数いると言われるウクライナよりも、寛容な社会にいる方が合っているのかもしれない。

 そんな彼女たちは、自国経済を重視し、ロシアに対して厳しい態度をとり切れないドイツの政治家たちに不満を募らせている。

 「オラフ・ショルツ首相はウクライナに武器を送ると表明していますが、十分ではない上、戦争を終結させるために東側の領土を諦めるようにと発言しました。メルケル前首相も、2014年のクリミア併合の際、ウクライナに土地を諦めさせて丸め込もうとしました。それもこれもドイツがロシアの資源に依存しているためです」とオルガさんが苛立ちを露わにすれば、クリスティーナさんも「21世紀に軍事侵攻に踏み切り、数多くの許されざる戦争犯罪を重ねてきたロシアになぜ私たちが譲らなければならないのでしょうか」と続ける。

 ウクライナの人々が自国の領空を飛行禁止地域に設定してほしいと求めた時も、「そうすると自分たちも攻撃を受ける可能性がある」とドイツ人に言われ、ショックを受けたクリスティーナさんは、「ドイツの人たちは、自分の子どもたちのために国を守らなければならないと言うのですが、ウクライナの子どもたちのことは見殺しにしろということでしょうか」と、怒りを隠さない。

 欧米の政治家たちは、「第三次世界大戦は回避すべきだ」と発言し、少しずつ強力な武器を送り始めている一方、ウクライナの要望をすべて聞き入れているわけではない。自らの犠牲を最小限に抑えようと立ち回る西側諸国の姿勢に、彼女たちが疑問と不信感を募らせている。

 とはいえ、人生を立て直すために、当面はドイツで根を張らなければならない。「将来的は、LGBTにもっと寛容な国に移るかもしれませんが、まずはドイツで医師として働けるようになることが目標です」と、口をそろえる。国を追われながらも、しなやかに人生の選択肢を考え、人生を取り戻そうとしている2人は、今後も必ずや柔軟に道を切り開いていくに違いない。

 

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