「環境大国」ドイツの鉄道の課題と国民の不安
気候変動とインフレの時代に「9ユーロ乗り放題チケット」が露呈した問題
- 2022/8/31
大きな存在感を誇る自動車産業
ドイツにおける鉄道開発の低調の陰にあるとささやかれているのが、存在感を持つ自動車産業の影響だ。長年にわたり政権の座にあった保守派のキリスト教民主連盟(CDU)が自動車業界から多額の献金を受けていたことは良く知られている。さらに、国内やEUの環境規制に反対するロビイングを行い、長く影響を与えていたことも、複数のシンクタンクの調査によって明らかになっている。その結果、ドイツではこれまで自動車産業に比較的有利な政策が取られ、交通関連予算の多くが自動車関連に振り分けられてきた。
なお、ドイツは速度制限のない高速道路の存在で知られている。最高速度を時速130kmに制限することについては、これまで何度も議題に上がり、2022年4月に実施されたインフラテスト・ディマップ調査によれば、国民の半数以上が環境負荷の低減と燃料の節約の観点からこれに賛成しているにも関わらず、自動車業界の支援を受ける自由民主党(FDP)の強固な反対によって、いまだ実現していない。
また、ドイツの鉄道事業を統括する民間企業のドイチェ・バン社の問題も指摘される。同社にとって、ドイツの旅客輸送事業の収益が占める割合は、全事業の30%程度しか占めない。同社はDBシェンカーというグローバルなロジスティック会社も所有しており、こちらの売り上げの比重が大きいためだ。さらに経営陣は、長年、コスト削減を重視してきた一方で、インフラを近代化する意志が欠けていた。
ちぐはぐな連立運営のゆくえ
好調な売り上げで人気を博した9ユーロチケットは、通勤需要が高まり、交通費の負担が重くなる夏休み明けまで延長されると期待されていた。しかし、クリスチャン・リンドナー連邦財務相は8月、財源不足と憲法上の債務規制を理由にこれを否定した。
同氏は、政府の支出削減と規制緩和を支持する保守派のFDP党首も務めている。これに対し、現在の連立政権を形成する社会民主党(SPD)と緑の党は、よりリベラルな立場で、公共交通機関の料金抑制を主張してきた。特に緑の党は、環境保護推進の立場から9ユーロチケットの継続を訴え、社用車に対する減税措置を廃止して財源に充てることを提案していた。
にも関わらず、連立の中で最も割合が小さいFDPの声が通った。多くの困難を前に、連立政権は政策の対立を内部に抱え、一貫した政権運営に苦労している様子がうかがえる。
自動車から排出される温暖化ガスの削減が必須とされ、公共交通機関の利用が奨励される中で、万全とは言えないドイツの鉄道。一方、2022年夏のヨーロッパは、猛暑に見舞われ、各地で森林火災が絶えない。水不足が深刻なドイツでは、最大河川のライン川の水量が減り、船舶運行にも支障が出る事態になっている。
9月に入ればガソリン減税も停止されるため、さらにインフレが進みそうだ。人々の暮らしはさらに厳しさを増すだろう。