シリア人元将校が内戦下の拷問問われドイツで有罪に
「人道上の罪を犯した者は、どこにいても逃れられない」

  • 2022/2/5

 ドイツ西部でライン川とモーゼル川が交差する美しき町コブレンツの裁判所が2022年1月13日、ある有罪判決を下した。それは、シリア人の元将校に対し、2011年に発生したシリア内戦中に人道に対する罪を犯したかどで終身刑に処するという、きわめて異例の内容だった。

(c) The Syria Campaign / Twitter

終身刑を下されたシリア内戦の犯罪者

 有罪判決が下されたのは、シリア・ダマスカス近郊のアル・カーティブ拘置所の元所長、アンワール・ラスラン(58)。被収容者に対する拷問や性的虐待、特に重大な強姦や、少なくとも27人の殺害を監督した罪に問われた。同地で拘束さされていたのは、独裁者のバッシャール・アル・アサド政権に反対して抗議活動をしていた市民らで、このうち約4000人が拷問され、少なくとも58人が死亡したと言われている。

 今回、ドイツの裁判所で証言台に立ったのも、かつてアル・カーティブ拘置所に収容され、その後、ドイツに難民として移り住んだ人々だ。ある者は「1時間にわたって鞭打ちや殴打によって“歓迎”された後、蒸し暑くて狭い監房に押し込められた」と語った。また、ディーゼルのような味がする食べ物や、トイレの水を強制的に口に入れさせられた、廊下で死体を見た、といった証言も寄せられたほか、ある女性は、尋問中に手足や胸に電気ショックを与えられたと述べた。

 シリアには各地に刑務所があり、抗議して拘束された若者が連行され、そのまま行方知れずになった人々は数万人に上る。

 シリア政府軍の将校だったラスランは、2012年にシリアを離れた。直前に野党へ形式的に一時参加していたことから、2014年にはドイツで難民申請を行うことができ、そのままドイツに移り住んだ。

 しかし、同じく難民としてシリアからドイツへ逃れた別のシリア人男性、アンワー・アル・ブニ氏(62)はベルリン市内でラスランを見かけ、「どこかで見覚えがある顔だ」と気が付いた。シリアで人権弁護士をしていた彼は、かつてラスランに拷問を受けたことがあったのだ。ラスランの身元を確認したブニ氏が行動を起こしたことによって、2019年にラスランは逮捕され、その後、ドイツで起訴された。

 この裁判は、他の国で起きた犯罪を第三国で起訴し、裁くことができるという「普遍的管轄権」の法原則にのっとり行われた。

 シリア内戦は50万人から60万人が死亡し、人口の4分の1が難民、4分の1が国内避難民になったと推定されるほど過酷を極めた。しかし、市民を弾圧してきたアサド政権とその協力者を裁くことは、非常に難しい。というのも、アサド一家はシリアの権力を掌握しているため、国内で罰せられることはあり得ない上、シリアはオランダ・ハーグにある国際刑事裁判所にも加盟していないため、国際法廷にかけられることもない。また、シリア内戦に関する特別法廷を開こうとしても、ロシアと中国が国連安全保障理事会で拒否権を行使するために現実的ではない。

 そこで、オランダやスウェーデンなど、シリアからの難民を受け入れたヨーロッパの国々が撮った方法が、「普遍的管轄権」を用いてシリア内戦に関する裁判を行うことだった。特に、国内に80万人以上のシリア難民を抱え、ナチスという負の歴史も有するドイツは、この裁判に非常に積極的だった。

欧州に紛れ込むアサド派たち

 ヨーロッパ各地に逃れたシリア難民は、アサド政権に反対して迫害されたか、戦火を逃れた人々だ。しかし、中にはアサド側に立って市民を弾圧していた人々が経歴を偽るなどして紛れ混んでいたため、各国の当局により調査され起訴された。

 これまで裁かれてきたのは、いずれも下級の権力を持たない軍人ばかりだったが、今回、ラスランは、一連の裁判の被告の中で最も地位が高い大佐を務めた人物だったため、人権団体のヒューマンライツウォッチやアムネスティ・インターナショナルは、今回の有罪判決を非常に画期的なものとして好意的に受け止めている。

 他の裁判も進められている。シリアの軍病院で医師として働き、拘置所で被収容者を拷問していた医師のアラー・ムーサ(36)に対する訴訟も、現在、フランクフルトで審議中だ。ムーサは2015年にドイツに渡り、2020年6月に逮捕されるまでドイツ国内の病院で医師として勤務していた。人道に対する罪を犯したとして起訴されたものの、「手を下さなければ、自分自身も暴力を振るわれただろう」と主張し、罪を認めていないという。

 ムーサ医師逮捕の背景には、カタールメディア「アルジャジーラ」によるオープンソース・インベスティゲーション(OSI)があった。ヨーロッパに逃れたと思われるアサド側の高官や兵士の写真などのデジタルデータをインターネット上で収集し、スイスや北欧の分析捜査機関などと協力して身元や犯罪歴を分析したのだ。その内容は、2020年5月に放送されたドキュメンタリー番組『アサドの処刑者たちの捜索(The Search for Assad Executioners)』(アラビア語のみ)でまとめられている。このOSIを通じて浮かび上がったのが、ムーサ医師だった。

 この逮捕劇は、犯罪者に逃げ場はないということを世界に示したと言える。ムーサ医師の逮捕後、医師と同様にアサド政権に協力した後にヨーロッパに移り住んだ人々は、ソーシャルネットワーク上から自分が軍人であった痕跡を一斉に削除したという。しかし、すれに先駆け大量のデータをダウンロードしていた人権グループもあるため、分析は今後、さらに進み、起訴が続くと見られている。

一軍人に判決を下す意味

 他方、ラスランも、元大佐とはいえ、アサド政権の治安・諜報機関の何百人ものメンバーの一人に過ぎない。反アサド勢力への空爆や化学兵器使用によって弾圧が苛烈を極めたのはラスランがシリアを離れた後であり、本当に罰せられるべき上位の権力者には全く手が出せていないのも事実だ。

 しかし、それがたとえ小さな一歩でも、アサド政権に協力した者を罰するということは、「アサド政権を許容しない」という強いメッセージになるはずだ。また、どんなに小さなレベルの裁判であっても、積み重ねていけば、政権の犯した罪自体を明らかにするきっかけになることが期待される。

 ドイツに住む筆者の知人で、シリア難民として2015年にドイツにやってきたダルウィッシュ氏も、今回の判決について「非常に歓迎している」と語ってくれた。母国が崩壊し、シリアの状況に関して希望を持てないなか、唯一の良い知らせだったとダルウィッシュ氏は語る。判決が出た直後、同じ職場で働くシリア系の同僚やシリアにいる両親とも喜びを共有しあったそうで、皆、この判決を大変喜んでいると言う。

 アサド政権に反発するシリア市民らの多くは、貧しく、権力もなく、十分に対抗する手段がない。そんななか、シリアの戦争犯罪人を自分たちに代わり裁いてくれたドイツや国際社会には、非常に感謝しているという。

 その上でダルウィッシュ氏は、「アサド派のシリア人がドイツにも紛れ込んでいるため、ドイツにいても完全に安心することはできない」とも教えてくれた。実際、他のシリア人に会う時は、「もしかすれば、知らない間にアサド派の人間に自分も監視されているかもしれない」と、非常に警戒しているという。自らのドイツでの言動によって、シリアに残っている自分の家族が不利益を被ることになるのではないかということが、いつも頭から離れることはないからこそ、彼は「今回の裁判を機に、ドイツに紛れ込んでいる他のアサド派の加害者の裁判もこれから進み、自分たちが安心して暮らせるようになってほしい」と期待する。

 エンジニアとして働くダルウィッシュ氏は、現在、ドイツ国籍を申請中であり、今後もドイツで生きていくつもりだ。

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