台湾情勢をめぐって国際政治の戦いが激化
倚米か疑米か―台湾世論の分断を誘導する中国
- 2023/3/28
台湾をめぐる外交政治戦争が激化している。3月9日には、ミクロネシア連邦のパニュエロ大統領がこれまで中国と維持してきた国交を台湾にスイッチしようとしていることが明るみに出た。5月に大統領の任期を終える同大統領が退任直前に明かした外交アクションで、実現すれば太平洋島嶼国全体に大きなインパクトを与えるだろう。他方、これまで台湾と国交を維持してきた中米のホンジュラスは、台湾断交および中国との国交樹立を発表した。同時に台湾もホンジュラスとの断交を発表。すでに駐ホンジュラス大使の召還を行っている。さらに、3月29日に米国経由で中米のグアテマラとベリーズを訪問する台湾の蔡英文総統が、帰国時にロサンゼルスで米マッカーシー下院議長と会談するのではと欧米各紙が報じ、注目を集めている。
書簡に溢れる危機感
太平洋島嶼国の中で親米的なミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が議会に宛てた3月9日付の書簡が翌10日、複数のメディアを通じてリークされ、2月にミクロネシア連邦が台湾外交当局から5000万ドル(約65億3400万円)の資金援助を受けるための協議の席上で外交関係を中国から台湾にスイッチすることが可能か打診したことが明らかになった。
筆者もこの書簡の全文に目を通したが、確かにパニュエロ大統領は、習近平・中国国家主席が2027年に台湾に侵攻するための準備を指示していると言い切ったうえ、「ミクロネシア連邦はそのような紛争を防ぐのか、看過して起こさせるのかという重要な役割を担っている」「中国は、台湾と戦争が起きた時にミクロネシア連邦が米国と中国のどちら側につくつもりなのか、まったく関わらないのか、確かめようとしている」という認識を示していた。さらにその書簡では、「ミクロネシア連邦がすでに中国の“政治戦争”に巻き込まれつつある」と危機感をあらわにして注意を喚起していた。
衝撃的な政治戦争の中身
中国がミクロネシア連邦に仕掛けているというこの「政治戦争」の中身は、実に衝撃的だ。具体的には、EEZ(排他的経済水域)において中国の調査船活動が公然と行われているうえ、その目的が米国領グアムへの攻撃が必要になった時に備えて潜水艦の移動経路をマッピングするためであることや、ミクロネシア連邦がこの調査船の目的を確認しようとパトロール船を派遣すると、ミクロネシア連邦のEEZ内であるにも関わらず、中国側から「近づくな」と警告されたことなどが、その一例だ。
こうした中国の動きに脅威を感じたパニュエロ大統領は2022年、中国が進めている海洋空間計画「プルーエコノミープラン」に調印することを拒否した。しかし、その後、中国から大使としてミクロネシア連邦に新たに派遣された呉偉氏大使は、外交部の渉外安全事務局副局長出身で、経歴にも不明な点が多い人物だった。パニュエロ大統領が独自に調査を進めた結果、この人物は、ミクロネシア連邦政府を米国や日本、オーストラリアなどの伝統的なパートナー国から分断させて中国側に引き寄せる、いわゆる安全工作活動の任務を帯びていることが判明したため、大統領は大使の着任を拒否した。
そのパニュエロ大統領は、2022年7月にフィジーで開かれた太平洋島嶼フォーラムに出席した際、二人の中国人に密かに尾行されていたことを明らかにした。その後、その二人の中国人はフィジーのスバにある中国大使館の職員で、うち一人は解放軍の諜報員であることも明らかになった。その諜報員の姿は、以前もミクロネシア内で目撃されていたという。
さらに、銭波・元駐フィジー中国大使が太平洋担当特使として第二回中国・太平洋島嶼国政治対話に参加した時には、一民間人であるミクロネシア人をミクロネシア政府代表として出席させて発言させるという事件もあり、パニュエロ大統領は書簡を送って、「中国はわが国政府が承知していないところで、民間人を勝手にわが国の代表として公的な多国間会議に出席させるというあり得ない前例を作った」と、強く抗議していた。さらに、コロナ禍の折に中国が強制的に中国製コロナワクチンを使用させたことについても、「主権を全く尊重していない」と、批判した。
パニュエロ大統領は、ミクロネシア連邦の高級官僚や代議士たちが中国から賄賂を受け取り、国家の利益よりも個人の利益を選択するようになったことが中国の政治戦争に敗北した原因の一つだと述べ、こうした状況を変えるために、「中国から台湾に国交をスイッチする」と訴えたのだ。書簡の最後には、「この書簡を書くこと自体、自分自身や家族、支持者の安全を脅かすものだと重々自覚している」としたうえで、「それでも、国家としての我々の主権と繁栄、平和と安定の方がもっと重要だと考え、あえて書くことにした」と、覚悟を込めた文章を付け加えている。
ミクロネシア連邦では3月7日に総選挙が実施され、パニュエロ大統領は議席を失って5月に引退することが決まっているため、この書簡がどれほど影響力を持つのかは不明だ。仮にミクロネシア連邦と台湾の国交回復が実現すれば、2007年に台湾とセントルシアが国交を回復した以来の動きとなる。
「たかり外交」のホンジュラスとは断交
ぞの一方で、中米ではホンジュラスが台湾から中国へ外交スイッチすると見られている。ホンジュラスの「たかり外交」に台湾が愛想を尽かした結果とも言える。台湾メディアにリークされた内幕によれば、ホンジュラスで2022年1月にカストロ大統領が就任して以来、両国の当局は、医療や農業などの支援枠組みについて交渉を重ねてきたが、ホンジュラス側はなかなか調印しようとせず、4500万ドル(約58億8060万円)の病院建設や、3.5億ドル(約457億3800万円)のダム建設、20億ドル(約2613億6000万円)の国際償還協力などの追加支援をねだってきたという。今年3月13日には、ホンジュラス外相からさらに25億ドル(約3267億円)の援助を求める書簡も届いたが、カストロ大統領は台湾の回答を待たず「中国と国交を樹立するつもりだ」とツイッターで宣言した。ホンジュラスは、中国にも60億ドル(約7840億8000万円)の建設プロジェクトへの支援を要請していたことが明らかになった。
こうしたホンジュラス側の態度について、台湾の呉釗燮・外国部長は3月23日、立法院で「常識の範疇をこえた要求」だと批判。「獅子(中国)が大口を開けている状況なのであれば、ホンジュラスと国交を維持するとはできない。ましてや、我々国民の血税を浪費することは、なおのことできない」と述べた。台湾は3月26日、ホンジュラスとの断交を発表。ホンジュラスも台湾との断交を発表し、翌27日には中国と国交を樹立した。
ミクロネシア連邦と台湾が国交を回復する可能性の背後には、当然、台湾をめぐる米中の「外交戦争」がある。南太平洋島嶼国は、メラネシアのソロモン諸島やキリバスが2019年に台湾から中国に外交スイッチし、ソロモン諸島もいまや中国の前線基地化しそうな雲行きだ。
そんな中、米国としては、南太平洋地域において中国の影響力が拡大するのを防ぐためにも、パラオからミクロネシア連邦、ナウル、そしてマーシャル諸島に至る「親米島嶼国ライン」は、しっかり守りたい。パラオ、マーシャル諸島、ナウル、そしてツバルの国々は台湾との国交を維持しているため、そこにミクロネシア連邦が復帰すれば、台湾友好国ラインと米国太平洋防衛ラインがほぼ一致することになり、米台防衛協力もやりやすくなるだろう。
時を同じくして、台湾の蔡英文総統が間もなく中米のグアテマラとベリーズを訪問し、帰途に経由するロサンゼルスで4月5日、米国のマッカーシー下院議長と会談するのではないか、という報道がある。これが実現すれば、米台関係が一段、レベルアップすると言える。中国が札びらでホンジュラスを台湾から引き離しても、その分、米台関係が一層強固になれば、台湾の国際的立場はむしろ強くなったとも言えるだろう。