ミャンマークーデターと中国のジレンマ
「国軍」対「市民」の裏にある真の対立構造

  • 2021/2/22

 ミャンマー国軍によるクーデターは、もはや一国の問題にとどまらず、中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)の運命をも変える影響力を持っている。ミャンマーが中国にとってASEAN支配と一帯一路戦略上、要衝の地であるためだ。当初、このミャンマーのクーデターは中国に地縁政治的な利益をもたらすものと見られていたが、いまやミャンマー国軍や中国側の想像を超える混乱が起きており、「むしろ中国は敗者だ」と見る識者も現れている。

実権を掌握した軍に対する抗議行動は、市民、ビジネスセクター、そして公務員へと拡大している (2021年2月19日撮影)©AP/アフロ

内政不干渉を打ち出した中国

 ミャンマーでクーデターが発生したのは、2月1日未明だった。前政権の事実の上トップであり、国民民主連盟(NLD)の党首、かつ、民主化のシンボルであったアウン サン スー チー国家顧問兼外相と、ウィン ミン大統領、および国民民主連盟(NLD)所属の中央・地方政府幹部ら多数を拘束し、閣僚、次官らを罷免。ミン アウン フライン国軍総司令が立法・行政・司法の全権を掌握して1年間の非常事態宣言を行った。ミャンマー国軍側は、「これは政変ではなく、昨年11月に実施された総選挙の不正をただすために、ミン スエ副大統領(筆者注:軍人)の呼びかけに応じて憲法にのっとり行う現政府組織の大規模改革だ」という建前を掲げた。

アウン サン スー チー氏は民主化のシンボルだった ©Alexander Schimmeck /Unsplash

 これを受け、中国外交部の汪文斌報道官はすぐさま「中国はミャンマーの友好的な隣国であり、ミャンマー各方面が憲法と法律の枠組みのもとで妥当に対立を処理し、政治と社会の安定を維持するよう求める」との談話を発表。国軍を非難することなく、内政不干渉の立場を明らかにした。
 一方、陳海・駐中国ミャンマー大使がミャンマーの現地メディアに発表したコメントは、よりあからさまに国軍寄りの内容だった。
 「中国は、NLDと国軍の双方と友好関係を有している。この基礎があれば、今後、軍が政権を接収し、タイの国軍政府のような道を歩むにしても、民衆は激しく抵抗しないだろう。中国は粘り強く、一貫して内政不干渉の原則を維持してミャンマー国軍を承認し、もし困難があっても支持する。ミャンマー国軍もその恩に報いて中国とより緊密な関係を確立するだろう」
 こうした余裕にも似た中国側の静観の構えから、「中国はミャンマーのクーデターに関与していたのではないか」、「少なくとも政変の3週間前、1月12日に王毅外相がミン アウン フライン国軍総司令と会談した時点で計画を知らされていたのではないか」と疑う見方も一部で流れた。

予想以上に大きかった民衆の抵抗

 陳海大使のコメントから明らかなように、中国はおそらく、ミャンマー軍が政権を接収し、軍事政権が成立すれば、事態はタイと同じように推移して安定すると見ていただろう。だからこそ、仮にクーデターを事前に知らされていたとしても、阻止する必要がないと考えたのかもしれない。
 だが、そうはならなかった。民衆の抵抗が予想以上に大きかったからだ。
ミャンマー国軍は、ヤンゴンをはじめ多くの地域を装甲車など軍事力で制圧し、インターネットを封鎖。抵抗分子を手あたり次第、逮捕した。さらに、政府や軍の幹部に対する不満や嫌悪を誘発するような行為を処罰できるように刑法を改正。鍋をたたいて抗議する一般市民までも逮捕して、懲役7年から20年という重い刑罰を科すことができるようにした。

ミャンマーでは、治安部隊の発砲によってデモ隊に死者が出た ©Somchai Kongkamsri / Pexels

 しかし、ミャンマーの民衆はこの10年、軍の予想をはるかに超えて民主化になじんでいた。しかも、SNS時代に育った若者世代は、かつての軍による弾圧の時代の記憶がなく、軍の恐ろしさも実感していないため、抵抗にも躊躇がない。治安部隊の発砲によって、デモ隊にはすでに死者が出た。
 国連でミャンマーの人権問題を担当するトム・アンドリュース特別報告者は2月17日、「軍人が郊外からヤンゴンに移動しているという報告を受けた。過去の経験を振り返ると、こうした動きの後には、大規模な殺傷行為や拘束などの暴力事態が発生する恐れがある」と述べ、軍による市民の弾圧行為によって流血沙汰が起きる可能性を警告した。同氏はツイッターでも「ミャンマー軍はまるで人民に対して宣戦布告しているかのようだ。夜襲や逮捕者の急増、さまざまな民主的権利の取り消し、ネットの封鎖、住宅街への軍の進駐など、非常に差し迫った兆候だ」と発信している。
 また、ネット上では、同国第二の都市マンダレーで治安部隊が市民デモに発砲している動画が流れ、中国人たちを震撼させた。言うまでもなく、30年以上前に中国で起きた天安門事件を想起させるものだったからだ。

北京にある天安門広場©zhang kaiyv on Unsplash

 同時に、「このクーデターの黒幕は中国なのではないか」という懐疑もミャンマー人の間で深まっている。ミャンマーの主要都市の経済は華人華僑に支配されており、多くのミャンマー人が潜在的に中国を嫌忌していたことも背景にあろう。

 例えば、マンダレーに展開している国軍の中に、色白で中国人のような風貌の武装兵士の姿があることがネットに投稿され、「国軍兵士の中に中国の人民解放軍兵士が紛れ込んでいるのではないか」という噂がささやかれている。また、米政府系メディアのボイスオブアメリカ(VOA)は、ヤンゴンのサイバーセキュリティ専門家の発言として、「中国が誇るインターネット検閲システムのグレートファイアーウォール技術がミャンマー軍に提供され、エンジニアやハードウェア設備がすでにミャンマーに到着している」と報じた。それを裏付けるように、ハードウェアらしき貨物が空輸で空港に到着した様子を撮影した動画もネットに投稿されている。

ボイスオブアメリカは、中国のインターネット検閲システムがミャンマー軍に提供されたと報じた © Max DeRoin /Pexels

 ミャンマー民衆の抗議行動は、ミャンマー軍に対してのみならず、その背後に中国がいるのではという疑惑から、反中運動への様相も帯び始めている。

「属国化」の青写真

 対する中国側は、これらの情報をまったくのデマだと全面的に否定。「中国としては、今のようなミャンマー情勢を見たくなかった」として、慌ててアウン サン スー チー氏の解放の支持を表明し、NDLと軍の双方に話し合いを呼び掛けている。

 当初、今回のクーデターは、ミャンマーとの関係を「親戚関係」とすら呼ぶ中国に、地縁政治のメリットをもたらすだろうと見られていた。民主主義を踏みにじったミャンマー軍政を西側諸国は強く非難し、経済制裁に踏み切るだろうし、そうなればミャンマーは中国に頼らざるを得ないためだ。NLD政権時代もミャンマーの中国への依存度は圧倒的に大きかったが、それでも日本もかなり食い込んでおり、少なくとも中国は日本の存在感を警戒していた。そんな中、もし軍政になれば、日本もミャンマーへの投資や支援から手を引かざるを得なくなり、ミャンマーは中国以外に寄る辺のない国として、中国の「属国化」が進むのではないか、という見方だ。

 中国にとって、それは好都合だったはずだ。ミャンマーは中国にとって地理的にインド洋への出口に位置すると同時に、エネルギー安全保障の要でもある。実際、西部ラカイン州で開発を進めているチャウピュー経済特区に建設中の深海港によって、中国は中東からマラッカ海峡を経由することなく石油を輸送し、荷揚げすることが可能になる。この港から雲南省をつなぐ天然ガスと石油のパイプラインは、すでに開通済みだ。

中国の天津市郊外を走る高速鉄道 ©logojackmowo Yao /Unsplash

 また、中国のライバル国であるインドを牽制する上でも、ベンガル湾への直接的な出口となる地を押さえる軍事的な意味は大きい。雲南からセムを経由し、マンダレーに至る高速鉄道の建設計画も、現在はペンディングとなっているが、中国は早期の再開を望んでいる。高速鉄道は中国にとって、大量兵力輸送インフラなのだ。つまり、ミャンマーは中国の一帯一路戦略において絶対に譲れない要衝地であり、できればこの機に西側勢力を完全に追い出したいところだろう。こうした青写真を考えれば、中国がミャンマー国軍によるクーデターをひそやかに歓迎していたとしても、不思議ではない。

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