ミャンマーの人々は反クーデターを共に戦ってくれる企業や政府を求めている
消費者や投資家から厳しい目が注がれる軍との距離感

  • 2021/3/26

 2月1日に軍事クーデターが発生したミャンマー。抗議活動を続ける市民を軍は武力で鎮圧し続けている。経済も大きく混乱し、企業はさまざまな対応を強いられている。そんな中、欧米企業とアジア企業の間で、軍に対するスタンスの違いが浮き彫りになっている。

住民不服従運動で経済は混乱

 クーデター翌日に市民不服従運動(CDM)が始まった現地では、主に公的機関で働く従業員らが国軍に反対して業務をボイコット。銀行や港湾、交通インフラなど、多くの社会機能がいまだに停止している。その混乱から、企業は決済も輸送もできず、従業員の安全確保にも必死で、通常通りの操業が難しくなっている。

ATMから預金引き出すため銀行に並ぶ住民たち (c) YN

 クーデターの数日後、ミャンマーで事業を運営していたキリンはいち早く軍系企業との提携解消を発表した。キリンは2015年、現地でトップシェアを誇っていたミャンマー・ブルワリーを5.6億ドルで買収して操業していたが、同社の株式の49%を保有するのは軍関連企業であるミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)だった。2019年の国連人権理事会による調査でも同事業の利益が人権侵害行為を行う国軍の活動資金となることが懸念され、以前から人権団体らからキリンは提携解消を求められていた。

 キリンは今後、株を国軍と関わりのない企業に売りたいと述べているが、売却は非常に難しいだろう。同社の製造販売するビールは、軍関連企業の製品の市民による不買運動の対象となっており、ブランドは失墜している。

 海外投資家の目も厳しい。ノルウェーの政府系年金ファンドを運営しており、キリンHDの1.3%の株式を保有するノルウェー中央銀行は3月上旬、ミャンマー事業を理由にキリンHDを投資対象から外す可能性があり、今後監視していくと発表した。

キリンビールの不買運動 (c) Philip Heijman / Twitter

 その後、シンガポールのリム・カリンも、軍関連企業との合弁会社であるヴァージニアタバコ社の株を売却することを発表するなど、ミャンマーでの操業停止や撤退を発表する企業が相次いでいる。

軍に掌握された経済と事業リスク

 ミャンマーでは、主要産業を扱う企業は民主化前から国軍が掌握しており、民主化以降も手放さなかったケースが多い。その他の大手企業も、国軍と関係が近い人々が所有するクローニー(友達)企業と言われ、国軍と全く関係なく事業を展開するのは簡単なことではなかった。

 MEHLと並ぶ、もう一つの軍系コングロマリットであるミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)は、計100社以上の子会社を傘下に持ち、多角的にビジネスを展開する。一見しただけでは、国軍との関係を判断しにくい。

 実際、国連人権理事会による調査団やイギリスのNGOによって、国軍との契約や事業提携関係を指摘されていた日本企業は、キリンだけではない。関係が指摘されたのは、大半がアジア系の企業だ。

 また、国際協力銀行(JBIC)や海外交通・都市開発事業支援機構などから融資を受け、日本のホテルやゼネコンなどによって開発が進められているYコンプレックスというヤンゴンの商業施設のプロジェクトも、国軍が所有する土地で計画され、国軍の資産提供につながるものだと非難されている。外国政府が関与する、軍関係の事業として認識されているのは本プロジェクトだけだ。

 しかし、世界のインパクト・インベストメント(経済的な利益を追求すると同時に、貧困や環境など社会的な課題の解決を図る企業への投資)の草分け的な存在である米国ドミニ・インベストメントの古谷氏は、「適切にリスク管理すれば関係は見破ることができる」と指摘し、次のように続ける。

 「ミャンマーへの投資・企業活動は、2011年の民政移管前から継続的に強く懸念されていました。不安定でリスクの高い国であることが明らかなマーケットに進出するなら、特にしっかりと人権リスクデューデリジェンスを行うべきです。国軍との関係をリスクと認識していれば、軍系企業と事業を行うことは避けられたはずです」

 実際、同社の助言を受け、ミャンマーで投資や事業を行う米国企業は人権リスクのアセスメントを実施。民政移管後の数年間は、米国務省と財務省にすべての国軍との接触記録を提出することが義務付けられ、運用されていた。

欧米企業の明確な反対表明

 米国やオランダに拠点を持ち、国際法を尊守した平和構築のために無償で法的サポートを提供するパブリック・インターナショナルロー&ポリシーグループは、ミャンマーの民主化を支援することが企業の利益にもつながると述べる。市民の自由が制限され、利益分配も不平等な軍事政権下での操業は、企業側にとっても、当初目指していたものとは異なる形になる。

 ヤンゴンに拠点を置く「責任あるビジネスのためのミャンマーセンター」(MCRB)は、クーデターの発生後、2月のうちに「ミャンマーで操業している懸念する企業からのステートメント 」を作成し、賛同する企業を募っている。人権尊重、民主主義、表現や結社の自由を含む基本的自由、法の支配の尊重などがうたわれており、署名企業は3月22日現在で62社に上る。

 このステートメントにいち早く賛同したのは、コカコーラやフェイスブック、H&M、ハイネケン、ネスレなど欧米の大企業が多い。日本企業も、約430社の進出企業のうち20社が賛同しているが、大企業は比較的少ない。

軍による武力行使の激化を受けてデモは減っているが、さまざまな形で抗議活動は続けられている (c) Myanmar Now / Twitter

 消極的なアジア企業とは異なり、欧米企業はより積極的にクーデターへの反対の意思を示してきた。

 特に、ミャンマーで通信事業を展開するノルウェーの通信企業テレノールは、直後から軍に対して反対を表明してきた。クーデター当日からインターネットの切断を求められた同社は、政府から出された通達を2月14日まで全て自らのウェブサイトで公開していた。それ以降は、透明性の原則と従業員の安全のバランスを保つために公開を停止したが、今なおさまざまな意見を表明している。

 フェイスブックやYoutubeも、クーデター直後から軍関係のアカウントを削除し、軍によるプロパガンダ情報の拡散を防ぐための制限をかけた。

 また、2月10日には広範なインターネット上の政府による監視を可能にするサイバーセキュリティ法が発表された。これに対し、テレノールが人権侵害だと強く反対したほか、欧米の商工会議所も合同ステートメントを発表し、「個人の権利を奪い、企業の操業を阻害するものだ」と、強く批判した。実際、同法では企業情報も監視できるため事業に支障が出かねないものの、日本の商工会議所や企業からは、特段、反対表明はなかった。

(c) Thompson Chau / Twitter

 ヤンゴン在住の日本人フォトジャーナリスト、後藤修身氏は消極的な日本企業の姿勢について違和感を語る。

 「ミャンマーにいる、ほとんどの日本企業は今回のクーデターに関して公式のメッセージを出していない。ミャンマーでは天地がひっくり返るほどの出来事が今起きているのに、何のメッセージもないというのは見て見ぬ振りをしているとしか思えない」

 さらに、軍の武力行使が激化するにつれ、他の商工会議所からの非難表明も高まっている。オーストラリア商工会議所が3月3日に武力行使への懸念を表明し、今後は大規模な投資を控えると述べたほか、3月19日には、米国、EU、ギリシア、イタリア、ドイツ、フランス、ニュージーランドの商工会議所が合同で共同声明を発表した。

 3月15日には日本商工会議所の理事一同も声明を発表したが、それを理由に3月19日の共同声明には加わらなかった。

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