ミャンマー 偽りの選挙、見えない解決
隣国での議論を基に考える
- 2026/1/16
5年前にクーデターで政権を奪ったミャンマー国軍が2025年12月末、総選挙を開始した。今月下旬にかけて3回に分けて投票が実施される。だが、総選挙とは名ばかりで、国軍に対抗する民主派は排除され、内戦のために国土全域では実施されない。真の民政移管にはほど遠く、国民は冷ややかな視線を投げかけている。選挙後、ミャンマーに変化はあるのか。国際社会はどう向き合うべきなのか。投票に合わせ、独立系メディアなどが隣国タイで開催したフォーラムでの議論を軸に考える。
言論の自由ない母国の市民に代わって声を
ミャンマーの国会は下院440議席、上院224議席の計664議席で構成される。このうち各院の25%を占める軍人枠を除き、計498議席を選挙で決める形式になっている。
ただ今回、実際の改選対象は422議席にとどまる。クーデターに反発する民主派や少数民族との内戦が続いているため、軍事政権は治安を理由に選挙の実施地域を全国330郡区のうち265郡区に限定。3回に分けて投票を実施する仕組みにした。第1回投票は2025年12月28日に102郡区、第2回は今月11日に100郡区で実施された。残る63郡区での第3回投票は今月25日に予定されている。電子投票が初めて導入されたのも今回の特徴だ。白票は投じられなくなっている。
第1回投票日の2025年12月28日、選挙の問題点を議論するフォーラムが、タイ北部チェンマイの地元放送局の部屋を使って開催された。パネリストはミャンマーを逃れた独立系メディアのジャーナリストや元議員、民主活動家、NGO関係者ら。ミャンマーでは2025年7月、選挙を妨害する行為を死刑などで罰する新法「選挙保護法」が制定された。公の場で選挙に異を唱えるのが難しいミャンマーの市民に代わり、隣国から声を上げた格好だ。
タイや日本(筆者)、台湾などのメディア関係者も参加。プーチン政権の弾圧を受けるロシアの独立系メディア「DOXA」のジャーナリストがいたのも印象的だった。
フォーラムはSNSを通じて生配信された。4部構成で、第2部は英語を使用。ほかの3つの部はミャンマー語だったが、英語で議論の要約が提供された。
英語による第2部の題名は、「ミャンマーの偽りの選挙:軍事政権はなぜそれを欲するのか―そして次に何が起きるのか」。モデレーターを務めたミャンマーの代表的な独立系メディア「イラワジ」の編集長チョーゾーモーの発言で、議論は幕を開けた。
2021年2月1日のクーデター後、国軍に批判的なメディアは、報道免許の剝奪や記者の逮捕といった圧力を受け、緊急避難的にチェンマイに拠点を移すメディアが相次いだ。イラワジもその一つだ。
チョーゾーモーはまず、民主化指導者アウンサンスーチー率いる「国民民主連盟(NLD)」などが排除された選挙を「誰もが茶番だと認識している」と切り捨てた。第1回投票当日、最大都市ヤンゴンの投票所でも有権者はまばらだったとして「選挙に対する国民の静かな拒絶」と表現。選挙は国軍が民政移管を装って統治の継続を狙う「出口戦略」と断言した。
世界を欺く国軍、分断統治の予測
ミャンマーでは「ビルマ社会主義計画党(BSPP)」の一党独裁下にあった1988年、大規模な民主化運動が広がった。アウンサンスーチーらが先頭に立ち、民主化を求めたが、当時も国軍がクーデターを起こして実権を握り、武力で運動を抑え込んだ。
その後の軍政下の2010年、NLDが不参加の形で総選挙が実施され、軍系政党「連邦団結発展党(USDP)」が勝利。翌年、元軍人のテインセイン大統領の政権が発足し、一応の民政移管となった。2015年の総選挙はNLDが参加して大勝し、2016年に半世紀ぶりとなる文民政権を樹立した。NLDは2020年の前回総選挙でも圧倒的勝利を収めたが、その結果は2021年、クーデターで覆された。
選挙を監視するNGO「スプリング・スプラウツ」でエグゼクティブ・ディレクターを務めるティンチョーエイがチョーゾーモーからマイクを引き継ぎ、「2010、2015、2020年に選挙が中止された郡区は10~15だった。今回は65で全郡区の5分の1に上る。地図で見ると、中止された地域は国土の半分に及ぶ」と選挙の不完全さを指摘。「世界中に何百万人ものミャンマー人の移住労働者らがいるのに、期日前の在外投票をしたのはわずか5千人余りだった」と、有権者の冷めた胸中を物語るデータを紹介した。
1988年当時から民主活動家として活動を続けるキンオーンマーも登壇し、今回の選挙での国軍の狙いを「世界を欺いて国際社会からの正当性を得ることだ」と批判。選挙後、国軍は抵抗勢力に対し、個別に停戦を提案するなど「分断統治」の手法で弱体化を図るだろうと予測した。
フォーラムでは、国軍によるSNSを通じた情報操作や電子投票を通じた国民監視への警鐘も鳴らされた。
ミャンマーのデジタル空間を追跡するNGO「ミャンマー・インターネット・プロジェクト」でディレクターを務めるテイクテイクアウンは、「クーデター以来、軍政は監視の戦術とツールを拡大してきた」と主張。「組織化された軍支持のネットワークがSNSプラットフォームを利用し、軍のナラティブ(語り口)を浄化しているのが確認され、今回の不正選挙に関連する特定のメッセージを押し上げている」と述べた。また、こうした国軍によるデジタル空間の利用について、「軍はナラティブ(の拡散技術)についてロシアと密接に協力し、中国からインフラの支援を受けている」との見方を示した。
報復の恐怖、嫌々投票の市民も
クーデター後、チェンマイにはメディア関係者だけでなく、多くのミャンマー人が逃れた。筆者がそうしたミャンマー人らの話を聞く限り、選挙への関心は低く、在外投票をした人物には出会えなかった。
ミャンマー中部マンダレーからチェンマイに避難し、民主派への支援をひそかに続ける女性は、「マンダレーでは地区の行政管理者が路地まで来て『選挙に行くように』と叫んでいたという。だが、現地にいるきょうだいやその家族は誰も投票しなかった」と語った。
フォーラムでも、特に紛争地域での選挙の空疎さを指摘する声が、独立系メディア関係者などから相次いでいた。
北部カチン州の情勢を報じる「カチン・ニュース・グループ(KNG)」のサムノー編集長は「州内18郡区のうち、選挙はわずか6郡区に限られている。選挙が行われているという国民の認識はほぼゼロだ」と主張した。
東部カイン(カレン)州のニュースを発信する「カレン情報センター(KIC)」のナンポーゲイ編集長も「候補者は事実上、国民に知られていない。選挙活動は候補者個人のフェイスブックページ上で行われているに過ぎない」と突き放す。またナンポーゲイは、少数民族カレン人の武装勢力「カレン民族同盟(KNU)」が選挙を受け入れていないことから「KNU支配地域への報復的な空爆が起きている」と、異論に力を振りかざす国軍を非難した。
北東部シャン州の出来事を追う「シャン・ニュース」のサイムアン編集長は、「選挙が盛り上がっている写真を作り出すため、軍系の民兵が村人を車に押し込み、投票所へ運んでいる」との現地情報を伝えた。
また、筆者はフォーラムとは別の場で、チェンマイを拠点に活動する独立系メディア「ミャンマー・ナウ」の記者アウンナインと会う機会があった。
アウンナインは第1回投票日、ヤンゴンやマンダレーの有権者5人に電話やオンラインでインタビューした。「5人全員が『投票には行きたくない』と答えた。だが、子どもが徴兵制の対象になったり、必要な公的書類が得られなくなったりする報復を恐れ、そのうち2人はやむなく投票したと話した」という。
徴兵制は2024年2月、民主派や少数民族との内戦で当時劣勢にあった国軍が、18歳以上の男女を対象に開始すると発表した。徴兵逃れのわいろが横行するなど、対象者を選定する際の恣意性が報告されている。国軍の圧力にさらされ、投票を巡って逡巡する市民の複雑な心中が、アウンナインのインタビュー結果から透けて見える。












