「新幹線方式」を採用したインド高速鉄道の今
「メイク・イン・インディア」の先に見据えるものは

  • 2024/5/27

 インドで初となる高速鉄道の建設が急ピッチで進み出した。農民を中心とした地主の抵抗により遅れていた用地買収が1月にすべての区間で完了した。当初予定していた2023年の開業を断念し、現在は2026年中の一部区間の開業を目指す。

インドのアフマダーバードで行われた高速鉄道プロジェクトの起工式で手を振る日本の安倍晋三首相(当時)(左)と、インドのナレンドラ・モディ首相(2017年9月14日撮影)(c) AP/アフロ

目玉の一つは国内初の海底鉄道トンネル

 「軌道は従来のバラスト(砕石)を敷き詰めるのではなく、インド初のスラブ方式を用いてコンクリートで敷き固める」、「軌道に敷設するレールは続々と現地に到着している」「レールの溶接工を対象とした技術向上を目的としたワークショップが開催された」――。開業の遅れにいらだつ国民をなだめるためか、あるいは高速鉄道に対する国民の期待感を醸成するためか、高速鉄道事業を管理運営するために国が設立したインド高速鉄道株式会社(NHSRCL)は、連日のように工事の進捗状況をSNSなどで発表している。

海底トンネル建設工事のための準備トンネル (c) NHSRCL

 インド側がとりわけアピールするのは、国内初となる海底鉄道トンネル区間だ。ムンバイ近くを流れるターネクリークという河口の地下25~65mに、長さ21kmにわたるトンネルを建設する。この河口とその周辺地域はフラミンゴとマングローブの保護区であるため、環境に配慮して地下を通すことになった。実際に水面下となるのはせいぜい7km程度だが、前後合わせて21kmという長さを盛んに喧伝している。

インド高速鉄道の路線図 (c) NHSRCL

 インドの鉄道総延長はおよそ7万kmあり、日本をしのぐ鉄道大国だ。そこへ最新技術を駆使した⾼速鉄道が加わろうとしている。先進国の技術を⽤いてデリー、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバードなどの主要都市を⾼速鉄道で結ぼうとしている。

受注合戦を制して採用された専用線方式

 国家規模のビッグプロジェクトとあって、ドイツのシーメンス、フランスのアルストムといった大手鉄道メーカーは、自国の政府と連携しながら受注獲得に動く。日本も官民挙げてプロモーションを開始し、ムンバイ~アーメダバード間の受注にこぎつけた。総延長は508kmで、東海道新幹線の東京~新大阪間(552km)に近似している。ムンバイとアーメダバードの両駅だけでなく、途中駅に周辺人口が多いスーラトやバドダラなどがあることも、新横浜、名古屋、京都といった中間駅を抱える東海道新幹線に似ている。これはつまり、途中駅にも停まることで、より多くの利用者を乗せることができることを意味する。

アーメダバードに建設中の新駅 (c) NHSRCL

 ヨーロッパの高速鉄道では、ターミナル駅の近くで在来線に乗り入れ、ターミナル駅から離れると高速鉄道の専用軌道を走るという仕組みが多いが、ムンバイ~アーメダバード間については、新幹線と同じ専⽤線⽅式が採⽤されることが決まった。最高時速320kmで走行し、所要時間は最速で約2時間7分。12駅が設置され、各駅停車で走行すると所要時間は約2時間58分と見込まれる。アーメダバード、サバルマティ、バドダラの3駅は在来線の駅に併設し、⾼速鉄道と在来線の乗り継ぎを容易にする。ピーク時は20分おき、ピーク時以外は30分おきの運行を想定している。

 ムンバイ側の始発・終着駅は、在来線のターミナル駅であるチャトラパティ・シヴァージー駅に併設するのではなく、同駅から約10km北に離れたビジネス街のバーンドラ・クルラ・コンプレックスに地下駅が新設される。多くの国際企業がオフィスを構えるエリアであり、⾼速鉄道の駅を設置することで将来の発展性が期待できる。また、チャトラパティ・シヴァージー駅が世界遺産に登録されているため再開発が容易ではない、新線を建設するには⽴地条件が良くないといった理由も考慮された。

サバルマティに建設中の新駅(c)NHSRCL

 なお、アーメダバード駅は始発・終着駅ではなく、中間駅の位置付けであり、実際の始発・終着駅となるのは、アーメダバードから6km程度北に設けられるサバルマティ駅である。昨年7月には菅義偉・前首相を団長とする経済ミッションがインドを訪れ、サバルマティの新駅予定地を視察している。インド西部を結ぶ各鉄道路線、地下鉄、BRT(バス高速輸送システム)などが乗り入れるほか、オフィスや商業施設としても利用される予定だ。

当初計画を上回ることが必至の総工費

 ⾼速鉄道の総事業費は約9800億ルピー(約1.8兆円)。そのうち8割は円借款で賄われる。2015年12月に実施された日印首脳会談で覚書が交わされ、翌2016年11⽉の⾸脳会議を受けて同年のうちに設計業務がスタート。2017年9月には安倍晋三首相(当時)が出席して起工式が行われた。

 しかし、工事は順調には進んでいない。その理由は、用地取得の遅れに加え、インド側が線路や駅の仕様について変更の要望をしたためだ。たとえば、当初、東海道新幹線のような盛り⼟を想定していた区間で⽤地買収が進まなかったうえ、斜⾯を動物が通過するリスクがあるという理由から、より狭いスペースで建設できる⾼架区間が採用された。当初計画が⽩紙撤回され練り直しになった駅があるうえ、すべての駅にホームドアが設置されることになった。また、コロナ禍で工事が中断したことも相まって、当初予定していた2023年の開業は断念せざるを得なかった。現在は、508kmの区間のほぼ中間に位置するビリモラ~スーラト間(約60km)で集中的に工事が進められており、早期に完成を図って2026年にこの区間のみ先行的に開業させることを⽬指している。

 また、本来の計画では、車両基地の設置は、ムンバイの隣駅ターネ付近とサバルマティ駅付近の2カ所の予定だった。しかし、ビリモラ~スーラト間を先行開業するとなれば、この区間を走る列車を留置する⾞両基地が必要となる。そこで、急遽、⾞両基地を追加設置することも決まった。総事業費が当初計画を上回ることは必至だ。

インド側の将来的な思惑と日本の安全神話

 インド側には、もう一つの思惑がある。それは、「メイク・イン・インディア(インドで作ろう)」の実現である。インドのモディ政権は、外国資本を誘致して国内の製造業を発展させるメイク・イン・インディアというスローガンを掲げている。これに応え、日本政府もジェトロ(日本貿易振興機構)を活用した中小企業のインド進出支援など、さまざまな協力を約束している。

日本の新幹線E5系 (c)筆者撮影

 今回の高速鉄道プロジェクトも、その一つに位置付けられる。土木工事の7割は国内業者が受注しており、国内初の海底鉄道トンネルも、その中に含まれる。さらにインド側が期待しているのは、高速鉄道車両だ。ムンバイ~アーメダバード間を走る⾞両は、東北新幹線⽤のE5系をインド向けにカスタマイズする。特にインドは、気温が高く粉塵も多いことから、車両の側で対策が重要となる。まず10両1編成の列⾞を24編成、つまり240両導⼊する。このうち18編成は日本から輸入するが、残り6編成はインドで組み立てられる。その後、利用者の拡大に合わせて順次、車両を投入する。利用者の増加を見込み1編成の車両数を10両から16両に増やす。運用開始から30年後には、16両を71編成、つまり1136両の車両を導入する計画だ。この追加生産のタインミングでインド側は現地生産に切り替えたい意向だ。

 今回の路線運営が軌道に乗った後は、ほかの7路線でも事業化がスタートする。日本以外の国が受注する可能性もあるが、インド側は、車両はE5系の技術を使い、自前で開発する意向だ。インドの高速鉄道関係者は、「インドで製造すれば、中国よりも安くできる。また、インド製は中国製よりも信頼できると考えている国が、中東やアジアには多い」と、話す。つまり、インドは将来的に高速鉄道車両の輸出を見据えているのだ。

 そのためにも、高速鉄道プロジェクトの端緒となるビリモラ~スーラット間の先行開業は、なんとしても成功させる必要がある。これ以上の工期の遅れは避けたいところだが、完成を急いだ結果、運行後に大きな事故が起きてしまっては、日本の新幹線の安全神話が揺らぎかねない。焦ることなく、万全の体制で臨むべきである。

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