徴兵制開始後のミャンマー 絵画や教育を通じて戦う人々の声を聞く
非暴力の抵抗運動 難民画家の巡回展に込められた祈り

  • 2024/4/13

 岩の隙間で眠る避難民の子ども、反軍政デモで弾圧に遭い流血する若者たち。淡く優しいタッチで描かれるのは、2021年の軍事クーデター後の、ミャンマーの現状だ。福岡市男女共同参画推進センターで3月14日〜17日、ミャンマー難民の画家、マウンマウンティン氏の絵画展が開かれた。最終日には「ミャンマーの人の声を聞く『ミャンマーは今どうなっている?』」と題した講演会も行われ、日本に縁のある4人のミャンマー人が登壇。祖国の窮状や、今年2月に発表された徴兵制への不安などを訴えた。

絵筆で伝える平和の尊さ

 マウンマウンティン氏は、ミャンマーと国境を接するタイ側の地方都市、メソトに暮らす画家だ。自身の絵を介してミャンマーの現実を知ってほしい、と願い、水彩画を描き続けている。また人権についての絵本も制作し、難民の子どもたちが通う学校での人権教育やワークショップなども精力的に行う。今回の絵画展を主催した、ミャンマー人と日本人の文化交流の会「福岡・ミャンマー友だちの会」代表で歯科医の松本敏秀さんと妻のさえさんは、昨年訪れたメソトでマウンマウンティン氏と出会い、その活動に感銘を受けて福岡で絵画展を開催することを決めたという。

反軍政デモに参加して弾圧され、負傷した少年を描いた1枚。軍への抵抗を示す3本指を立てたまま息を引き取った少年の写真を模写したものだ。絵の横には、マウンマウンティン氏が書いた詩も展示されており、来場者は一枚一枚に足を止め、じっと読み入っていた。(2024年3月17日、福岡市男女共同参画推進センターで著者撮影)

 現在50代のマウンマウンティン氏は、7歳の頃に故郷のカレン州でミャンマー軍とカレン族の軍との戦闘に巻き込まれ、命からがら森の中に逃れるという強烈な体験をしている。彼は以前、オンラインメディアSoutheast Asia Globeのインタビューでこう語っている。「戦争では、誰もが何らかの影響を受ける。たとえ肉体的には死ななくとも、心が死んでしまう人もいる」。だからこそ彼は平和の尊さを、その絵筆で伝え続けてきた。しかし今、祖国は平和とは程遠い現状に陥っている。

来日して知った「人権」と「自由」

 「軍事クーデターから3年が経ち、生活は苦しくなる一方です。自由も人権もありません。ミャンマーを助けてください」

 絵画展の最終日に開催された講演会で、4人の登壇者らが切実な思いを訴えた。全員が仮名を用いたうえ、3人は事前にメッセージを録画し、声を変えて顔にはモザイクをかけるなど、個人が特定されないよう慎重を期していた。万が一、軍政を批判したことが当局に知られると、自分のみならず家族が嫌がらせを受けたり、拘束されたりする危険があるからだ。4人のうち2人は現在、日本在住。残り2人はミャンマーに居住しているが、どちらも以前、日本に滞在していた経験がある。

 彼らは、一様に「日本に来て自由を知った」と言った。日本で介護の仕事をするハンナさんはこう語る。「ミャンマーでは、軍と仲のいい一握りの人に利益が集まるのが当たり前だった。来日して、人間が本来、得るべき人権や自由を知った」。また、ミャンマーから登壇したアウンさんは「軍事政権下では、平和や人権、自由が与えられなかった。しかし日本に留学した時、良い国は自分たちの手で作っていくものだと知った。絶対に軍事独裁に戻してはいけない」と主張した。

殺し合いを強いる兵役から逃れようとする人々

 登壇者らが繰り返し口にした「人権」や「自由」。それらが奪われている最たる例の一つが、2月10日に発表された徴兵制だ。18~35歳の男性に最低2年の兵役の義務を課すもので、拒否すれば禁錮刑が科される。民主派の攻勢や兵士の離脱などにより弱体化した軍が、兵力不足を補うために導入を決めたと見られる。しかし、徴兵対象となる若者の大多数が軍に反発している現状において、徴兵は実質的に、民主化を望む国民同士に殺し合いを強いるものだとも言える。徴兵を免れるため国外を目指す若者は激増し、2月19日には、国内のパスポート申請窓口に殺到した若者が2人、窒息死する群衆事故まで起きた。

会場には定員を超える45人が参加し、現地からの声に真剣に耳を傾けた。登壇者の懸命な訴えに、涙を流す人の姿も見られた。(2024年3月17日、福岡市男女共同参画推進センターで著者撮影)

 ヤンゴン在住の日本語教師、ケイさんは、徴兵制の発表以降、日本への留学希望者が増えたことを肌で感じているという。外国に逃げるしかない現状について、ケイさんは「ミャンマーの問題だから、本当は自分たちで解決しなければいけない。自分の無力さが恥ずかしい。でも、ミャンマーで本来死ぬ必要のない人が死んでいく現実は本当に辛い。助けてほしい」と涙ながらに訴えた。

 日本に住む技能実習生のジャスミンさんは「ミャンマーにいる兄弟のことが心配。みんな軍には絶対に入りたくないと思っているけれど、銃で脅されたら逆らえない」と不安な胸中を吐露する。「反政府軍に入って国軍と戦う人もいる。徴兵に絶望し、自殺する人もいる。私も不安で眠れず、ようやく眠っても、夢の中で徴兵のことばかり考えている」

空爆される民主派の大学

 しかし、登壇者たちは現状を嘆いているばかりではない。クーデター前、国立大学の教授だったアウンさんは、現在、北部のカチン州ミッチーナにある「民主派の大学」で教鞭をとっている。

 アウンさんは軍事クーデター発生後、すぐに市民的不服従運動(CDM : Civil Disobedience Movement)と呼ばれる大規模ストライキに参加。大学に戻るよう再三通告を受けたが、軍政下で公務員として働くことはできない、と拒否し続けた。その後もSNSで軍への批判を発信し、当局に追われる身となったアウンさんが、最終的にたどり着いたのは、長年軍の弾圧に苦しんできた少数民族が暮らす国境地域の大学だった。

 この大学は、クーデター後に国外に逃れた民主派の議員らが樹立した亡命政府(NUG:National Unity Government)と、カチン民族の政治機構であるカチン独立機構が協力し、2022年9月に新設された。教壇に立つのはアウンさんのようにCDMに参加した教授らで、学んでいるのは主に、反軍政運動に身を投じた結果、大学に通えなくなった若者たちだ。

 アウンさんは校内の写真も見せてくれたが、その環境は「大学」という言葉のイメージからは程遠く、森の中に木製の椅子と机が並ぶ質素な教室があるだけ。設備も限られており、1台のパソコンの画面を数十人の生徒が覗き込む様子もあった。教職にあるアウンさんの給料もわずかで、ほぼボランティア状態だという。

 軍は当然、この大学に目をつけており、アウンさんの日常も命の危機と隣り合わせだ。「よく空爆などの攻撃を受ける。昨年の秋には、大学からわずか200mの距離に爆弾が落とされた。今も戦闘機の音が聞こえるたびに授業を中断し、教室と教室との間につくった防空壕に逃げこむ日々だ」

 こうした軍の行為に対し、アウンさんは日本からも声をあげてほしいと訴えた。「軍は村々を空爆し、人々をでっちあげの罪状で逮捕や殺害している。日本の人たちには、ミャンマーの正式な政府はこの軍政ではなく、大多数の国民が支持するNUGだと認め、NUGの政治家と対話するよう日本政府に働きかけてほしい」

恐怖の中で描く明るい未来

  日本語教師のケイさんも、軍事クーデターに絶望しながらも、ミャンマーに残って若者の教育に携わる一人だ。反軍政のデモ活動中、無抵抗の人々が無差別に撃たれる様子を目にした後遺症か、今でも銃を持つ軍人に踏み込まれて震えながら逃げる夢を見る、と話す。

 「それでもヤンゴンに残ると決めた理由は、みんなと同じ経験をして、同じ恐怖の中で、明るい未来を待ちたいからです。若者の命が失われるのを見るのは辛い。でも、だからこそ、この国を離れたいという若者を、ここで支援していきます」。ケイさんの流暢な日本語が、途中で何度も途切れる。涙を堪えて絞り出す声に、悲壮な決意が滲む。

 ケイさんは現在、10代の若者たちにオンラインで日本語を教えている。生徒の多くは、公立学校には通っていない。その理由の一つは、軍政下の学校に通う不安や恐怖感だ、とケイさんは言う。「自分たちと意見が違う、というだけで無差別に国民を殺すような政府の教育など、受けたくないのでしょう」

 こうした若者たちの希望となっているのが、海外渡航だ。日本を目指す場合、日本語学校や日本の大学に入学するか、特定技能ビザを取る必要がある。しかし、誰もが無条件にこれらにチャレンジできるわけではない。クーデターの影響で中学校を卒業できなかった生徒は、日本語学校や大学の申請はできないためだ。その一方で、特定技能ビザなら申請は可能であるものの、仕事ではなく勉強したいという子もいる。ケイさんは、「そういう子たちに日本の中学や高校への進学の機会を与えたい。日本人にも力を貸してほしい」と語る。

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