アウンサン家とビルマ・ナショナリズム
悲劇の英雄は国をまとめることができるのか

  • 2020/3/29

スーチー氏は国民統合を果たせるのか

 この国のナショナリズムを考える場合には、少数民族の存在は抜きにできない。上記のような熱狂的なアウンサン・ファミリーに対する支持は、約7割を占めるビルマ族では当然の風景ではあるが、少数民族の視線に立つとそれは一変する。

 ミャンマーには、公式に認められているだけでも135の民族が存在し、シャン族、カチン族、カレン族、モン族などは独自の言語を持ち、民族語では互いの意思疎通も難しい。歴史的にも、ラカイン族はアラカン王国、シャン族は独自の君主制度を持っていたこともあり、各民族のアイデンティティーは強い。また、ビルマ族を中心とするミャンマー政府と少数民族武装勢力との内戦は、各民族の反ビルマ族感情を強めてきた。こうした歴史的、文化的背景から、ミャンマーでは構成員が一つの国民意識を持って集まる国民国家としてのまとまりが弱い。

カチン州ミッチーナでは、カチン語が教会で教えられている(筆者撮影)

 アウンサン将軍は、1947年2月にシャン族やチン族、カチン族らの代表らと「パンロン会議」を開き、各民族の自治権を認めたうえで、ミャンマーが一つの国として英国から独立することで合意。こうして、少数民族との連邦国家の樹立を目指していたとされるアウンサン将軍だが、同年7月に政敵の凶弾に倒れることとなる。1948年に独立したミャンマーは、直後からカレン族武装勢力などとの間で内戦に突入。1962年のクーデターで誕生したネウィン政権がビルマ族中心主義的な政策を推し進め、連邦国家の理想は画餅となった。

 こうした経緯から、ビルマ族が中心のミャンマー政府側は、「アウンサン将軍は少数民族とともに国をつくろうとした」と考え、各地に銅像の建設を進める。しかし、その方針は少数民族の感情を逆なでする結果となっている。カチン州では銅像にペンキがかけられる騒ぎが起き、カヤー州では銅像の撤去を求めて学生らがスーチー氏に直談判する事態となっている。あるカレン族男性は「アウンサン将軍はビルマ族の英雄であって、別に好きではない」と話す。英雄としてのアウンサン将軍の押しつけそのものが、少数民族にはビルマ族中心主義と映っているのだ。

アウンサン将軍が暗殺された旧ビルマ政庁は商業施設として再生された(筆者撮影)

 こんな中で、スーチー氏は父の遺志を継ぐ形で、「真の連邦制」を訴える。内戦の終結に向け、少数民族武装勢力との「21世紀パンロン会議」を立ち上げたものの、その歩みは順調とは言いがたい。NLD政権の下で全土停戦協定に署名した勢力は2つにとどまるほか、ラカイン州では新興のラカイン族系武装勢力のアラカン軍(AA)との内戦が激化している。

 ミャンマーでさまざまなバックグラウンドを持って暮らす人々が、自分たちのアイデンティティーを保ちながらも、一つの国民としての意識を持つためには、多数派のビルマ族の意識が重要になってくる。異なる民族や、キリスト教やイスラム教など少数派の宗教に対して、寛容で、独りよがりではない態度をとることが必要だろう。ビルマ族が苦難の道を歩んできたのは紛れもない事実だ。しかし同時に、ビルマ族以外も同様に苦難の歴史があったと想像力を働かせなければならない。

 2020年の秋には総選挙が実施される予定だ。この選挙では、少数民族票の行方が大きな意味を持ってくると見られている。選挙戦ではさまざまな主張が繰り広げられ、国民感情を揺さぶるだろう。以前は軍人支配を終わらせるためにスーチー氏を支持していたロヒンギャや少数民族の間には、政権交代後の約4年で失望の声が広がっている。スーチー氏は、こうした声を取り込み、国民を一つにまとめることができるのか。この秋の選挙戦と、その後の5年間の政権運営がそのカギを握るだろう。

 

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