「名乗れなくても伝えたい」匿名アートで表現する抑圧下のミャンマー
祖国への想いと正義の下で共同作品展につどった女性たち

  • 2022/6/20

「ミャンマーの今の不公正な状況を世界に訴え続けたい」「私たちは希望を失っていません」――。福岡市博多区で1週間にわたり開かれたミャンマー人女性アーティスト9人による共同作品展「匿名の女性たち―私は当事者ではない」が最終日を迎えた6月のある朝、キュレーターの女性と参加アーティストの一人がそう語った。澄んだまなざしに、揺るぎのない決意が浮かぶ。2人は、昨年2月1日に祖国でクーデターが起きた後にヨーロッパに拠点を移し、創作活動を続けている。今回、日本人有志の招へいで来日した彼女たちに、ミャンマーに残るアーティストが置かれた状況や、表現に込める思いを聞いた。

会場には、絵画や写真、犠牲者の顔を形どったマスクなど、さまざまなアートが展示された

黄金の国で消されたアイデンティティ

 6畳ほどの小さな舞台に金色の布をまとった女性が横たわり、観客席に静かなまなざしを向けている。十数秒の後、寝返りを打ってからゆっくりと起き上がると、吊るしてあったワンピースを身に着け、朝の身支度をするように手鏡を見ながら顔全体を黒く塗り始めた。そのまま顔に押し当てた枕から、悲鳴のようにも、魂の叫びのようにも聞こえる高い泣き声が漏れて静寂を漂うと、会場は息が詰まりそうなほど濃密な空気に包まれた。その後、真っ白な仮面を着けた彼女は、今度はその上から金の塗料を塗りながら、舞台に置かれた胸像へと歩み寄り、愛おしそうに抱きしめると、やはり金色に塗り始めた―。

仮面と胸像を金色に塗るパフォーマー

 この日、福岡のアートスペース「テトラ」の舞台に立ったミャンマー人女性アーティストは、10年以上にわたりパフォーマーとして活動してきたが、クーデターを起こした軍が、特に表現者を厳しく取り締まり、弾圧したため、1年前に祖国を離れ、ヨーロッパに移った。以来、ミャンマーに心を寄せる各国のアーティストや文化人らと連携しながら、フランス、ドイツ、スウェーデンなどで20回以上、公演を重ねている。

 パフォーマンスの内容は毎回変えており、準備にも3カ月近くかける時もあれば、1カ月、あるいは1週間でつくりあげる時もあるが、クーデターにより抑圧された人々の心理状態や、心の傷を表現するスタイルは一貫している。この日は、精神的に疲労している時に彼女自身がしばしばみる悪夢――自分や家族、親しい人のところに突然、軍がやって来て強制連行される場面――と、大きな出来事に襲われた後に人々が抱えるトラウマを表現した。普段は舞台上で赤色を使って亡くなった人々を表すことが多いが、この日は「黄金の国」ミャンマーの象徴である金色と、アイデンティティを消された人々の匿名性を象徴する黒色を使って精神的な抑圧やプレッシャーを表すことにしたという。

枕を顔に押し当てた後、女性は細く高い声ですすり泣き始めた

 自身のことを「パフォーマーであると同時に、抗議者」だと話す彼女。パフォーマンスの根底にあるのは、「われわれは何も悪いことをしておらず、正義の側に立っているのに、なぜこんな目にあわなければならないのか」という疑問であり、いら立ちだ。この日の舞台も、金と権力と武器をすべて軍が握り、本来、人々の支持を受けて可視化されるべき正義の側が匿名を強いられている現状に対する静かな怒りに満ちていた。

時空を超えて事象や体験を深掘りする

 互いを傷つけ合う会話の凶器性や、人の生と死とQRコードの関係性、国の復興に力を尽くす女性たちの功績、日々の暮らしとともにある恐怖、そして勇敢さ――。今回、アートと政治をテーマに表現活動する9人のアーティストを選び、作品を集めたミャンマー人キュレーターもまた、現在はヨーロッパを拠点に活動している。日本人有志とともに最初に展示会を構想したのは、約3年前のこと。当時は、男女問わず表現の自由をテーマに活動しているアーティストたちの創造的な現代アート作品をミャンマー国内で一堂に展示するコレクティブアートワークを計画していたが、クーデターを受けて「緊急に訴えなければならないことがある」と考え、クーデターに抗議する作品展へと企画を変更。心の奥底の感情を表現している強く個性的な女性アーティストたちに声をかけた。

悲痛な叫びとメッセージが込められた匿名アートを親子連れが熱心に見入っていた

 クーデター後、ミャンマーではアーティストや俳優、ジャーナリスト、映画監督ら表現者が再び次々と拘束されて自由を奪われ、沈黙を強いられるようになった。

 今回の参加アーティストたちも、収監にこそいたらなかったものの、一時、拘束された経験がある者や、往復の道で襲撃されるリスクから外出すらままならない生活を送っている者、昨年、コロナ禍中に軍が病院も酸素ボンベの供給も統制したために両親を同時に亡くした者など、それぞれに厳しい状況に直面し、苦悩の日々を過ごしてきた。また、前出の2人のように国外に出た者であっても、各国にいると言われる諜報員を非常に警戒し、言動には細心の注意を払っている。それでも皆、作品を通じて声を上げ、この不公正な状況を世界に訴えたいという意欲を失っていないとキュレーターの女性は言う。

 「彼らの抵抗の意思はそれほど固く、巨大なエネルギーで敵に対峙しようとしています。こうしたエネルギーこそが、凄みのある作品を生み出すのです」

 そんな彼女たちは、時空を超えて浸透していくアートの可能性を信じている。世界情勢が刻一刻と変わるのに伴ってトップニュースも次々に入れ替わり、一つの出来事が継続的に報じられにくい中、アートシーンでは長期にわたり事象や個人的な体験を深掘りし続けることができるからだ。

 2人は、今月16日から26日まで東京で開かれている展覧会にも参加した後、ヨーロッパに戻り、年内にフランス3都市とウィーンで開かれるアートイベントへの参加も予定している。

突然断たれた「夢のような10年間」

 軍政時代が長く続いたミャンマーでは、アートの歴史は政治と切り離せない。1988年に民主化運動(8888民主化運動)が全土で盛り上がった前後から、反政府運動を警戒する軍によって大学や美術センターは次々と閉鎖され、芸術に対しても厳しい検閲が行われて自己表現が制約されるようになった。検閲や投獄など弾圧が続く中でアーティストたちが続けてきたのは、抑圧に抵抗するための血と涙、苦痛に満ちたレジスタンスアートだった。

 しかし、2010年代に入るとテインセイン政権による「民政移管」が進み、2016年にはアウンサンスーチー率いるNLD(国民民主連盟)による文民政権が誕生。検閲も廃止され、人々はついに、表現の、そして人生の自由をつかみ取ったかに思われた。 

 前出のキュレーターは、不在がちな両親に代わり自分を育ててくれた祖母が、1962年の軍事クーデター、1988年の民主化要求運動、そして2007年の反政府デモ(サフラン革命)と、3度の歴史的な節目を経験したその生涯を94歳で終える直前の2015年、ついにアウンサンスーチー氏率いるNLD(国民民主連盟)に投票できたことを大層喜んでいた姿が今でも忘れられないと話す。一方、冒頭のパフォーマンスを披露したアーティストの女性も、1988年に民主化を求める人々を軍がどのように弾圧し、いかに多くの血が流れたか叔母から繰り返し聞いて育った。2016年にNLD政権が発足した時は、両親に「これであなたの将来も心配ない」と安堵したように言われたという。

 教育もインフラも変わり始め、思いを語れるようになった「夢のような10年間」が突然、断たれた2021年のあの日から、アーティストたちは再び抵抗の意思をアートに載せるようになった。「社会は10年前に戻ったのではない。20年前、30年前に後退した」と、2人は言う。

亡くなった仲間たちへの追悼と、クーデターに対する抗議の気持ち込めて靴に花を飾り道路に並べる様子。弾圧の激化に伴い、趣向を凝らした無人デモもさまざまな形で行われた(c) Myanmar Now / Twitter

 しかし、今回はアーティストだけではなかった。市民たちもまた、昔から歌い継がれてきた革命歌や、フランス七月王政打倒を求め蜂起した市民を描いたミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌「民衆の歌(Do you hear people sing ?)」をデモ現場で口ずさみ自らを鼓舞したり、軍の銃口に倒れた仲間たちへの追悼の意を込めて犠牲者の靴に花を挿したり、路上にろうそくを並べて抗議メッセージを表現したり、人形にプラカードを持たせて無人デモを行ったり、暗闇の中、示し合わせた日時に一斉にスマートフォンの明りを灯したりと、自らの気持ちをさまざまな形でアートに載せて表現しようとした。夢や希望、自由を奪われ、愛する人を殺された深い悲しみと怒りの中で、人々が命懸けで連帯し、整然と行った抗議行動は、どれも胸が潰れそうになるほど切なく、目頭が熱くなるほどに美しかった。

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