反移民の時代にアートを通じて「移民」の意味を考える意義
オランダ・ロッテルダムの新美術館フェニックスを訪ねて

  • 2025/8/29
世界で排他的な機運が高まっています。各国と同様、移民や難民政策が政策の大きな争点となっているオランダで今年5月、「移民」をテーマにしたユニークなミュージアムが誕生しました。現地を訪ねたドイツ在住の駒林歩美さんが、オープンの背景や展示作品の一部を紹介します。

 

「移民の家族」―フェニックスで開催される写真展、2025年5月16日撮影 ©︎Iwan Baan, Fenix

「排外的」になる世界

 7月に日本で実施された参議院議員選挙では、「日本人ファースト」を掲げる参政党が大躍進し、大都市を中心に議席を伸ばした。同党の主張は多岐に渡るが、そのスローガンから外国人に対する排他的な姿勢が注目された。参政党の神谷宗幣代表は7月3日の外国特派員協会での会見で、親近感がある政党として「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの「国民連合」といった、ヨーロッパの極右政党を挙げている。
 事実、ヨーロッパでは近年、「反移民」を掲げる右翼政党が支持を集めてきた。AfDは移民のルーツを持つ人々の国外追放を意味する「再移民」を訴え、2月の連邦議会選挙で第二党となり、その存在感を高めている。
 その隣国オランダでは、反イスラム・反移民を掲げた極右政党・自由党(PVV)が2023年の総選挙で150席中37議席を獲得し、第一党となった。議席が過半数にほど遠かったPVVは、他3党と連立を組んで政権を発足させたが、今年6月初めに政権は崩壊した。PVVのヘルト・ヴィルダーズ党首は、軍隊による国境警備など、厳しい移民制限を求めたが、他の連立与党から協力を得られずに反発し、PVVを連立から離脱させたためだ。オランダでは10月末に総選挙が予定されているが、移民・難民政策は大きな争点となっている。

人が行き来してきた都市
 そんなオランダで今年5月、北海につながるマース川沿いのロッテルダム市に、「移民」をテーマとする新たなミュージアム「フェニックス(FENIX)」がオープンした。同市には欧州最大の港があり、人々は昔から船で他国と行き来してきた。フェニックスはそんな歴史を踏まえ、移民について現代アートや写真、個人のストーリーを通じて伝える空間である。ロッテルダム市を文化・アートを通じて魅力を高めることを目指すDroom en Daad(Dream and Do)財団が主な出資者となって作られた。

オープニング展「All Directions」の入り口に掲げられた、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のアーティスト、セイラ・カメリッチ氏の作品「EU/Others」(2000)。旧ユーゴスラビアの国々のなかにはEUに加盟した国もあるが、ボスニア・ヘルツェゴビナは加盟しておらず、境界ができてしまった。 ©TITIA HAHNE

 博物館となった建物は、かつてオランダとアメリカ大陸の間で蒸気船輸送をしていた企業「ホランド・アメリカ・ライン」が、川沿いの倉庫としてかつて使用していたものだ。1923年に建立されたが、第二次世界大戦中にドイツ軍の空襲によって破壊され、1950年に再び復元された。歴史あるこの建物が近年リノベーションされ、生まれ変わってミュージアムとなった(ホランド・アメリカ・ラインは現在、世界中でクルーズを運営しており、Droom en Daad財団は同社の創業者一家の資金で運営される)。

 19世紀から20世紀初頭にかけて、ロッテルダム港からは、約300万人が北米に向けて船で旅立った。相対性理論を発表した物理学者のアルベルト・アインシュタインも、その一人だ。アインシュタインは1920年代にロッテルダムから蒸気船でアメリカに渡り、欧州に一度戻った。しかし、貧困や迫害ゆえに同港から北米に移住した人々の中には、二度とヨーロッパに戻らなかった者も多かった。
 他方、他の地域からヨーロッパに渡ろうとロッテルダム港にたどり着いた人も多く、港の周りには当時、多くの移民が住みつき、多国籍なコミュニティが形成されていった。大陸ヨーロッパ初のチャイナタウンが形成されたのも、この地域だという。多くの人が通るロッテルダムは国際色豊かで、非常に賑やかな街だったそうだ。
 戦時中の空襲でロッテルダムの街が破壊されると、港も大きな被害を受けた。戦後に再建されたが、コンテナ船が水運の主流となった今、港の中心地は、マース川の河口や北海に接する離れた地域に移った。しかし、移民が大きな影響を与えてきた都市ロッテルダムは今も非常に多様で、170カ国籍以上、67万人の人々が住む。15年の在任後、2024年に退任したアフメド・アブタレブ前市長も、モロッコからの移民であった。フェニックスのオープニング式典に出席したオランダのマキシマ王妃も、アルゼンチン出身である。

移住は「普遍的」なもの
 移民が分断の争点になりやすい現在のオランダにおいて、移民をテーマにしたミュージアムを新たに開くというのは、挑戦的にも聞こえる。しかし、フェニックスでは移民に関する政治的な議論が行われているわけではない。ミュージアムの運営者も、政治的な意図を否定している。展示・コレクション責任者であるハネケ・マンテル氏は、施設は「移民が時代を超えた普遍的で人間的なもの」であるということを伝えるとともに、「人々の物語を共有するためのもの」であると、米紙「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに答えている。

 移住が、昔から続いてきた営みであるということは、展示の中で何度も示される。美術館の2階を一面に使ったオープニングの展示会「All Directions 」のテーマ解説には、「移住は普遍的なもの」であり、「人類はその存在が始まったころから、移住し続けている」という記載があった。

 移住の歴史が続いているということ示すためだろうか、17世紀のオランダの画家レンブラントの作品をはじめ、移民が描き出された近代の美術作品も見受けられた。神学者レンブラントはロッテルダムで生まれ、ヨーロッパ各地を旅した。

ロッテルダム出身で、欧州各地を旅した神学者・カトリック哲学者のエラスムスの肖像画も展示されていた。これは、ドイツ出身の画家ハンス・ホルバインによって16世紀に描かれた作品。 ©︎Fenix

 アネ・クレマース館長も、「フェニックスは語るのではなく、見せるのです。私たちは、来館者に多くの質問を投げかけ、考えてもらいたいのです」と、ニューヨーク・タイムズに話している。同施設は、ロッテルダムという都市の歴史を確認し、移民の根本的な意味について考えさせる場となっている。

 同施設を支援するDroom en Daad(Dream and Do)財団でダイレクターを務めるウィム・パイブス氏は、ロッテルダム市の文化の中心となる場づくりを模索していた2017年、ニューヨークのエリス島の移民博物館からインスピレーションを受けたと同紙に語る。エリス島とはアッパー・ニューヨーク湾に位置し、米国に移住した人々が初めに集められ、入国審査を受けていた場だ。
 しかし、エリス島など の移民博物館が特定の地域の移民の歴史を解説し展示するのに対し、フェニックスは「移住」という普遍的なテーマを伝えるために、広範囲にわたる地域や時代を見せる。展示しているのも、歴史を伝えるというより、現代アートや写真のインスタレーションなど、見た人に考えさせるというアプローチを取っており、その伝え方も独特だ。

世界中の人の移動にスポット
 フェニックスの1階には、二つの展示ルームがあり、うち一つで開かれている「移民の家族(The Family of Migrants)」という写真展では、1905年の米国で撮られたものから、2025年にシリアで撮影されたものまで、世界中で移動する人々の写真200点が展示されている。時代は100年以上にわたり、撮影された地域も55カ国に上る(と幅が広い)。
 写真には、20世紀初めに米国にたどり着いた移民や、ロッテルダムにやってきた中国系の移民、ベルリンの壁が崩壊した直後に抱き合う人々など、各地の避難民や難民らが記録されているほか、電車で移動する若い中国人カップルの姿や、電車で旅立つ家族との別れを悲しむ人々の姿など、さまざまな場面が映し出される。こうした多様性を通じて、人の移動が戦争や貧困、迫害によってもたらされたものであると同時に、身近なものだということが伝わってくる。

 また、オランダをはじめ、世界各地から集められた2,000個のスーツケースを使って作られた迷路のようなインスタレーション「スーツケース・ラビリンス(Suitcase Labyrinth)」も印象的だ。一部のスーツケースについては、その持ち主のストーリーをオーディオで聴けるようになっている。フェニックスが対象にしているのは、ロッテルダム港にかかわらず、世界中の人々であることが特徴的だ。

スーツケース・ラビリンス ©︎Iwan Baan, Fenix

 他の都市にある移民博物館でも、スーツケースはよく展示されている。しかし、そこで紹介されているのは、その地から出ていった、あるいはやってきた移民の歴史である。たとえば、19世紀から20世紀にかけて、主に中東欧出身の700万人以上が北米へと渡った港があったドイツのブレーマーハーフェン市の移民博物館にも、大量のスーツケースが展示されている。しかし、そこで伝えられているのは、あくまでその港を経由して移住した人々のストーリーである。
 フェニックスでは、地域や時代も超えているというところからして、他の移民博物館とは一線を画している。

見えない境界

 オープニング展のAll directionsでは、「移住」「アイデンティティ」「財産」「境界」「逃避」「ホーム」という6つのテーマごとに、さまざまな作品が展示されている。

 特に、「境界」というテーマでは、政治化されやすい移民には多くの境界・壁があることを強調する作品が多かった。なかでも、ベルギー出身の画家、フランシス・アリスによる「Geographies」(2007〜2008)は、ユートピア/ディストピア、他者/自己、物体/主体といった、多様な二項対立を小さな地図のように描いた。特に、「移民」「旅行者」の違いを描いた作品は、その区分によって人の扱いがまったく違ったものになってしまうことを考えさせられ、印象的だ。

フランシス・アリス(Francis Alÿs), Geographies, 2007- 2008, ©︎ Collection Fenix

 「逃避」というテーマでは、難民などの家を追われた人々の姿を描き出した作品などが集まっていた。フランス出身のアーティスト、JRによる「Giants, Kikito and the Border Patrol」という作品は、メキシコと米国の国境を舞台にしている。国境そばに住む1歳のキキトが巨大化し、国境の壁に手をかけて米国側をのぞいているという表現だが、実際にはキキトが国境を越えることはまず許されないという。

JR, Giants, Kikito and the Border Patrol, 2017, ©︎ Collection Fenix

 また、外国にルーツがあり、現在はロッテルダムに住んでいる人から提供された 、家族の移住物語にまつわる個人的な思い出の品やそのストーリー、移民としてのアイデンティティを表現した作品なども展示されている。
 一つ一つが移民の一家に対する想像をかき立てると同時に、彼らの扱われ方に関する矛盾について考えさせる内容だ。さまざまな人間性、ストーリーを知ることで、政治化され、見えなくなっている移民という存在に対するイメージが大きく変わると言えるだろう。

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