第13回ベルリン・ビエンナーレで見た弾圧下の人々の力強さ
ミャンマーのアート作品が表現する抵抗のメッセージとは
- 2025/10/31
現代アートの世界的な拠点として知られるドイツの首都ベルリンでは、1998年から隔年で現代美術の国際展覧会「ベルリン現代美術ビエンナーレ」が開催されています。今年は6月14日から3カ月にわたって開かれ、ミャンマー人作家9人をはじめ、暴力や独裁、迫害のなか表現を続けてきた各国のアーティストの作品が展示されました。ドイツ在住の筆者が、今回のビエンナーレの狙いと意味を解説します。
逃亡者から受け手への「指令」
第13回目となる今年のベルリン現代美術ビエンナーレのテーマは「Foxing(フォクシング)」。都会に現れては姿をくらます、捉えどころのないキツネのような存在を意味している。一方、タイトルを「passing the fugitive on(逃亡者を渡す)」とした理由について、キュレーターのザシャ・コラ氏はオフィシャルサイトの解説のなかで「受け手への指令のようなもの」だと記している。「逃亡者が炎を残して去ると、観客はその熱い文化的な証拠の受け手となる」「すると観客自身が逃亡者としてそれを携えて走り、別の人に伝えるか、伝えられるようになるまで隠さなければならない 」という意味だという。強いメッセージを伝えるアーティストだけでなく、観る人もまた、共犯になるということだろう。
今年はスーダンや南アジアをはじめ世界各地で暴力行為や文化的ジェノサイドに抵抗する60人以上のアーティストが制作した170点以上の作品が集められ、ベルリン市内の4つの会場で展示された。どの作品も、インスタレーションや絵画、テキスト、パフォーマンスを通じて、社会批判のメッセージや人々が抱える痛みと希望が鮮やかに表現されていた。ここでは、インド出身のコラ氏が祖国インドに加え力を入れて集めたミャンマーのアーティストたちの作品を紹介する。
かつて職人の労働者会館で、現在は舞台芸術の拠点であるソフィエンゼーレで 目を引いたのは、メジャー・ノム氏らによるコメディ作品『乞食の大会』の舞台映像だ。コメディアンのザルガナー氏がネ・ウィン元大統領の社会主義政策を風刺して1987年から1990年にヤンゴン市庁舎前でたびたび公演した『乞食の全国大会』をリメイクしたパフォーマンスで、乞食たちが自らの権利向上のために話し合ってベルリンで開かれる国際乞食会議に向かう道中を通して、ファシズムやSNS世界の底の浅さを皮肉とともに批判する。

コメディ『乞食の大会』映像の一部 The Beggars’ Convention, 2025 @Major Nom with Shu1o1O, Ngar galay (Little Fish), Larmashee (c)筆者撮影
なお、『乞食の全国大会』の出演者たちは1990年の上演後に逮捕されたという。出演者に加え、舞台を見て笑っていた人たちも、ある種の秘密を抱えることになってしまった。
抵抗の中の思考の鮮やかさ
一方、KW現代美術インスティチュートには、「flowers(花)」というタイトルで複数の作品が展示された。その一つ、「Lotus and Water Hyacinth(蓮とホテイアオイ)」という作品は、ミャンマーで政治犯として1993年から約6年間投獄され、2021年のクーデター後にベルリンに亡命した作家のマ・ティーダ氏と、PENクラブ・ミャンマーの元会長で、逃亡中の2023年に亡くなった作家のニ・ピューレイ氏が交わしたメッセージの一部だ。やり取りはマ・ティーダ氏がピューレイ氏の体調を気遣うメッセージで終わっているが、二人の言葉は弾圧下にあっても知性と気遣いに満ちている。メッセージの上に飾られるはずだったピューレイ氏の花の絵は軍の迫害を恐れてミャンマーから搬出できず、白い壁に枠だけが描かれたが、その空白から見えない暴力がひしひしと伝わってきた。
その近くでは、パフォーマンス「The Fly(ハエ)」の記録映像が2つ、上映されていた。1988年の民主化運動に参加して逮捕され、獄中で密かに絵を描き続けたティン・リン氏が2008年にフランスのパリで行った舞台と、2022年にリン氏が再逮捕された後、かつてパートナーとして共に舞台に立っていたチョウ・イー・ティン氏が行ったパフォーマンスだ。
椅子に裸同然で縛り付けられたリン氏は、飛び回るハエを目で追う仕草をしつつ羽音を声で表現する。次の瞬間、ハエを口で捕らえて飲み込むと、身体が痙攣して束縛が解け、今度は彼が観客に嫌な態度を取り、迫害し始める。
チョウ・イー・ティン氏もハエに扮し、羽音を立てながら床の上で苦しむ様子を表現する。二人とも抑圧され続ける苦しみと生きのびる方法、そして人間がいかにたやすく残虐な側に回りやすいか伝えているようだ。
ヤンゴン生まれのンゲ・ノム氏のインスタレーションも、同じフロアに展示されていた。ノム氏は2021年にクーデターが起きた際、抵抗運動に参加して軍から追われ、近隣に住む老夫婦の家の裏庭の排水溝に身を隠して難を逃れた。そんな彼女は今回、「身を守る隠れ場所」と「異世代間の連帯の象徴」という意味を込め、泥と木、植物で溝を制作した。
女性の想像力や、国家権力の背景を描いた作品
一つ上のフロアでは、米国で活動してきた前出のチョウ・イー・ティン氏がミャンマー布で人形を作り、市民が数十年にわたり続けてきた軍事独裁への抵抗をシンボリックに表現した「アーティスト・ストリート」が展示されていた。弾圧下でも諦めず、クリエイティブな方法で意見を表明する人々の力強さが伝わる。

街頭でパフォーマンスをしたチャウアイ・ティン(左)とティン・リンをテーマにした作品。二人はシャンの民族衣装を着ていたことを利用に逮捕されたという。 © Chaw Ei Thein、Eberle & Eisfeld撮影
また、女性用の民族衣装ロンジーを旗のように掲げる抵抗を表した作品もあった。「女性の下半身は汚れている」というミャンマー社会の迷信を逆手に取り、男性権力者が通れないようにロンジーを高く吊るしたゾンシー・ヘヴンリー氏らによる2018年の女性たちの抵抗を表現したものだ。

ロンジーを旗のように掲げて男性権力者に抗議する女性たち(中央) Chaw Ei Thein, from the series Artists’ Street, 2025. © Chaw Ei Thein;。左奥の壁には「Panties for Peace (平和のためのパンティ)」の記録が集められた。Panties for Peace Emblems, 2010/25; (右上は、東独崩壊前後の1988~93年にエアフルトを拠点に活動した 女性アーティストグループ・エアフルトの作品 © Exterra XX – Künstlerinnengruppe Erfurt)、Diana Pfammatter, Eike Walkenhorst撮影
この迷信を利用した女性たちによるもう一つの抵抗の記録が、「Panties for Peace (平和のためのパンティ)」だ。タイ・チェンマイに本拠を置く女性団体「Lanna Action for Burma(ラナ・アクション・フォー・ビルマ)」の呼びかけで2007年のサフラン革命後から2010年にかけて各国の女性たちが地元のミャンマー大使館に下着を送りつけ、当時の国軍最高指導者、タン・シュエ総司令官に非暴力かつユーモラスに抵抗した運動だ。会場には、シンボルのステッカーやポスター、映像に加え、総司令官にパンティをぶつけるゲームも展示された。
ロンジーを掲げた前出のヘヴンリー氏は、絵画「Lady Farmers’ Magenta Sky(農婦たちのマゼンタの空)」も出展した。鮮やかなピンクの背景の絵の中心に3本指を立てて軍事独裁への反対を示す農家の女性たちが描かれている。絵の左右におもちゃの戦闘機がぶらさげられ、空襲音が出る仕掛けだ。
2022年にベルリンに移住した彼女は、SNSを通じてミャンマーの農民女性たちの抵抗の様子を追い、空襲や戦闘で家族や農地、家を失ってもなお抗議を続ける姿に感銘を受けたという。ピンクと紫で描かれた空爆後の空の色は、想像力によって塗り替えられる未来を表しているようだ。

光で照らされたシャン宮殿の模型 サワンウォンセ・ヤウンウェ「ジョーカー本部 すべてのアート作品は、悪ふざけ」© Sawangwongse Yawnghwe、Diana Pfammatter; Eike Walkenhorst撮影
最上階に展示されていたのは、かつてシャン州ニャウンシュエを治めていた統治者の孫、サワンウォンセ・ヤウンウェ氏の作品だ。ジョーカーに扮した同氏が武器取引によって利益を得ている国際社会や白人至上主義的な思想について語る映像が流れ、その横では「ジョーカー本部」の食事メニューとして世界の武器輸出の情報が書かれたバナー幕が吊り下げられた。手前には、ヤウンウェ氏の祖父がかつて暮らしていたシャン宮殿の模型が飾られていた。
暴力と向き合い、悲劇を語り継ぐ
旧裁判所にも、多くのミャンマー作家の作品が展示されていた。1902年に軍事刑務所に増築される形で建設された煉瓦造りのこの建物では、1916年には反戦デモに参加した社会主義者らの裁判が行われ、ナチス時代には捜査監獄として使わるなど、歴史が詰まっている。第二次世界大戦後は刑務所管理棟、2012年までは裁判所として利用されていた。
ここではまず、1998年から2004年にティン・リン氏が獄中で描いた作品の数々が目を引いた。彼は刑務所で支給されたロンジーやライター、石鹸などを使って絵を描いては、密かに外へ持ち出した。口が大きく開き、身体が歪んだ苦しそうな人々の姿から刑務所での過酷さが窺える一方、家族らしき人物を描いたあたたかい作品もあり、失われていない希望も見える。彼は2021年のクーデター後にも逮捕され、すでに釈放されたものの、パスポートを軍に奪われてミャンマーから出国できず、英国に追放された家族と会えない日々が続いているという。
タイを拠点に活動するアカ族のアーティスト、ブスイ・アジャウ氏も、自らの暴力の経験に向き合った。彼女が生まれ育ったミャンマー東部の村は2000年頃、国軍とワ州連合軍の戦闘に巻き込まれ、アカ族の人々は略奪や強姦などの壮絶な被害に遭い、土地や農地を奪われて生存者は川や山を越えてタイに逃れた。人々はその後も無国籍労働者として差別され、抑圧され続けたという。
そんな彼女が描いたのは、故郷の川沿いの村の記憶に始まり、軍の残忍な暴力をストレートに表現した5枚の連作『軍事国家による人民への弾圧』シリーズだ。覚醒剤を飲んで攻撃的になった兵士に首を切断された人々や、殺害後に胎児を取り出された女性など、生々しい作品もある。絵に描き込まれたアカ族の言葉からは、文化と伝統も失われたことが伝わる。

ブスイ・アジャウによるThe Military State’s Oppression of the Peoplesシリーズ。前方上の作品では生まれ育った村が描かれている (c) Busui Ajaw、 Marvin Systermans撮影
また、異なる時代と場所を生きる3人のアーティストの作品が展示された「fugitivity(逃亡性)」というタイトルの部屋もあった。3作品に共通しているのは、逃れるために飛び降りた人々だ。このうち、ミャンマー出身のM. M. テイン氏の「44th St. Fallen Heroes(墜落した44番通りの英雄たち)』は、クーデター後に民主化運動に参加して警察に追われた5人の若者が建物の4階から飛び降りた瞬間が抽象的に描かれている。

M. M. テイン氏による「44th St. Fallen Heroes」(右)では飛び降りた5人の若者が抽象的に描かれる (c) M. M. Thein;、左は Steve McQueen氏による, Bounty 37, 2024. (c) Steve McQueen; Thomas Dane Gallery; Marian Goo、Eberle & Eisfeld撮影
また、イギリス出身 のスティーブ・マックイーン氏が大西洋の島国・グレナダの山で撮影した鮮やかな赤い花の写真には、植民化に抵抗した先住民・カリブ族の人々が島の北端にある40メートルの断崖の上から大西洋に一斉に飛び降りたという悲劇的な歴史が込められている。その部屋で流れていたモーリシャス出身 のダニエラ・バスティアン氏によるクレオール語の音響作品は、マダガスカルの山に隠れ住んでいた逃亡奴隷が、追手から逃れるために山から飛び降りたという話に着想を得て制作された。
いずれの作品も壮絶な悲劇を伝えるが、それでも観客に語り継ぐ意味を再認識させられる。













