ラテンアメリカの「今」を届ける 第3回
「私たちはもう、沈黙しない」〜ニカラグア先住民族女性の闘い

  • 2020/9/24

「ワンキ・タグニ」の始まり

 2001年、30人ほどの女性が仲間の誕生日を祝うため集まった。その中心にいたのが、現在のワスパン市長でワンキ・タグニ創設者のローズさんだ。ローズさんが当時を振り返る。

 「私たちは、踊るのが好きなんです。当時は、女性が外で楽しめる機会が本当に少なかった。だから仲間に声をかけ、毎月、その月に生まれた仲間を祝うパーティーを始めたんです。それぞれ好きな食べ物、飲み物を持ち寄って、好きな音楽をかけ楽しみました」

 パーティーを終えるとリラックスした雰囲気の中で、それぞれが直面している問題を告白した。これがワンキ・タグニのスタートだった。

ワスパン市長で、ワンキ・タグニ代表を務めるローズさん(中央)

 「女性は夫や親族の暴力に怯え暮らしていました。普段、誰にも相談できない彼女たちは、パーティーが終わると暴力について討論するようになったのです」

 以降、暴力の解決が、彼女たちの大きな活動テーマとなった。

 活動が周囲に知れ渡ると、ローズさんらは2008年、ココ川流域の共同体に呼びかけ、女性会議「フォロ・ワンキ」をスタートさせた。問題を可視化し具体的な解決に導くためだ。女性会議には、ワンキ・タグニのメンバーでなくても、誰でも参加できる。「最初は数十人だった」という会議は11年目を迎えた2019年、115の共同体から1000人を超える女性が集まるまでに成長した。

 「初めは男性が邪魔をしました。女性が家族をおいて一人で出かけることなんて”普通”ではなかったから」と、ローズさんは言う。

 そこでローズさんは、幅広い女性の参加を促すために集落の伝統的権威である「ウィッタ」と呼ばれる長老に話をつけ、女性とともに会議に招いた。これには二つの意味があった。一つは地域の代表者が参加することで、女性の参加を家族に認められやすくすること。もう一つは男性の意識改革だ。「女性問題は男性の問題」だとローズさんは話す。会議に参加した長老が学んだことを集落に持ち帰り、地域に浸透させることを期待した。

井戸で水汲みをする女性。集落での生活の一コマだ(筆者撮影)

 「2001年ごろ、集落では性暴力被害を現金やモノで解決していました。長老らが、被害者の家族に補償として家畜や現金を払うのです。まるで女性を売るのと同じです。『金を払えばいい』と考え、性暴力に及ぶ人がいたくらいです」

 この時期、問題はより深刻化していた。地域が南米から北米への麻薬密輸ルートに重なり、性暴力、殺人だけでなく、密輸ルートを利用した密売業者による人身売買が増加したのだ。「いい仕事がある」という密売業者の言葉に騙され、女性や子どもが誘拐されるケースが相次いだ。これに対して、ローズさんは男性との対話を模索した。

 「男性が女性や子どもの権利について学ぶ機会をつくることで、地域ぐるみで女性や子どもを守らなければいけないと考えました」

 ワークショップ形式で男性への教育の機会を設け、さらに女性が避難できるシェルターを作り、犯罪被害を受けた際の法へのアクセス手段を強化した。

 「今、もし犯罪が起きたら、捕えた犯人を長老がワスパン市街地に移送し、警察が逮捕し裁判にかけます。地域の慣習でなく、司法による一般的なシステムで対応します」

 暴力は徐々にだが減りつつあるという。女性の行動が住民の意識を変化させ、状況を変えることにつながっている。

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