ラテンアメリカの「今」を届ける 第3回
「私たちはもう、沈黙しない」〜ニカラグア先住民族女性の闘い

  • 2020/9/24

ローズさんの歩み

 ローズさんが 女性組織を立ち上げたきっかけは、1995年に北京で開かれた世界女性会議への参加だった。世界女性会議とは、1975年に第1回会議がメキシコで開かれて以来、国連によって定期的に開催されている女性の社会的地位向上のための世界会議である。

 「北京女性会議」では、190の国と地域から2000を超えるNGOが参加し、貧困、教育、暴力など12分野に関する行動綱領が策定され、女性のエンパワメントが強調された。また、「ジェンダー」という言葉が初めて公式に使われ、その視点を政策に取り入れるよう各国に提唱されたのも、この北京会議だった。

 「“北京”以前は、(ワスパンでは)女性は会議の場所を掃除するだけで、話すのは男性だった。これを変えたかった。だって、女性にも権利があるのだから」

市長室の椅子に座るローズさん(筆者撮影)

 ローズさんは、なぜミスキート女性が暴力や貧困の矢面に立たされているのかを考えていた。そして北京で気づいたことがある。それは、自分たちが「女性」であり、国内で被差別的な立場にある「先住民族」であり、さらにニカラグアという「途上国」で生きているという、何重もの差別構造の末端に置かれているということだ。国際舞台で得た視野の広がりが、後の地域活動に大きく反映された。

女性が新しい社会をつくる

 「女性が社会をリードすることは、地域全体の利益になる」。これが、ローズさんの信念だ。

  2017年、ローズさんが先住民族の女性として、初めてワスパン市長に就任した。これまでの男性市長は汚職と権力争いにまみれ、地域を置き去りにしてきた。ゴミの回収すら放置され、街中にゴミが投棄されるままになっていたほどだ。

 当初、市長選出馬へ消極的だったローズさんの背中を押したのは、「彼女なら地域を変えてくれる」という住民の厚い信頼だった。ローズさんは北京会議以降も積極的に国際舞台で発言し、国境を超えたネットワークを作ってきた。ミスキート社会を良くしたいという活動が、女性だけではなく男性にも響いていたのだ。

 市長に就任したローズさんは、止まっていた清掃業務や水道設備を復活させ、公園など公共スペースを整備した。また、妊婦が安心して出産できるよう、出産までの数カ月を過ごせる複数の建物を建設した。

  また、深刻化する環境問題にも取り組んでいる。住民による無計画な森林伐採によって森林が急速に減少し、水源の枯渇や、近年頻発する大型ハリケーンによる土壌流出が深刻化している。これに対し、ワンキ・タグニは環境対策をテーマに掲げ、国際社会の支援を得つつ、学生など地元住民を巻き込み植林活動を始めた。

ワンキ・タグニは市内の高校生とともに植林の活動をしている(筆者撮影)

 また、問題を啓発するためラジオに加え、市役所や先住民族自治政府と協力し、地元テレビやインターネットを活用した情報発信にも力を入れている。

 筆者は2018年から2020年2月にかけ、ワンキ・タグニを支援する日本のNPO法人の活動に計3回同行し、映像製作ワークショップの開催をサポートした。参加者のほとんどはワンキ・タグニのメンバーだったが、彼らと活動を共にする男性もいた。テーマは環境問題、ジェンダーや伝統文化など、日々、目の当たりにする問題をテーマに、インターネットでの発信を想定した作品作りに取り組んだ。女性が男性をリードする場面も、しばしば見られた。

映像制作ワークショップの参加者たち(筆者撮影)

 ラジオ局で働く前出のビルマさんから、こんな話を聞いた。ある会議の最中に、参加女性の携帯に夫から電話がかかってきた時、その女性はこう返したという。

 「私はまだ帰らないよ。だって、今日は集まりがあるんだから」

 そう話すとビルマさんが微笑みながら、こう言った。

 「これが、私たちの今の姿です」

 問題がなくなったわけではない。だが、最初の一歩を踏み出した勇気ある人々の行動が、着実に社会を変えている。

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