オレゴン州が縮む?米国政治分断の悲喜劇
少数保守派の絶望が生んだ「大アイダホ州」構想の背景

  • 2021/7/13

 米国西海岸オレゴン州で、一部住民が東隣の内陸アイダホ州への分離統合を求め住民投票運動を繰り広げている。実現すれば、オレゴン州の東部と南部が「大アイダホ州」に合併され、日本でもポテト産地としておなじみのアイダホ州が、海に面した州になる。実際に州境が動く可能性は低いものの、人口の上で多数派を占める都市部のリベラル派が州政治を牛耳る現状に不満を抱く地方部の保守派住民は、大まじめだ。これは、「主義主張の違う人とは別の地域に住みたい」という、保革共通の願望が顕現化した、米国全体の縮図でもある。「離婚」を望む人々の思いと、冷ややかな視線を分析し、分断の根深さを読み解く。

オレゴン州議会の様子(2021年6月撮影)(c) AP/アフロ

政治に意思を反映できない絶望

 まず、問題の背景を説明しよう。米国には、住民の圧倒的多数がリベラル、あるいは保守という行政単位が多く存在する。たとえば、州全体がいわゆる田舎であり、住民もほとんどが保守的なアイダホ州がそれに相当する。そのような州では多数派の割合が圧倒的に多いため、住民の間で共通の理解や親近感があり、人々が政治の面で徹底的に互いに反目をする蓋然性は低い。
 ところが、お隣のオレゴン州では、最大都市のポートランドや、インテリが集う大学街のユージーンなどにリベラル派が集中する一方、「その他の田舎町」はトランプ前大統領を支持するような保守派の人々が多い。そのような保守少数派の人数は決して少なくないため、ひとたび政治的に対立すれば、和解が困難で、膠着状態に陥りやすい。そうした中、論争が決着しない問題を多数決で決めると、少数派が無力感を抱くという構図だ。

「大アイダホ州」の概念図。右側の内陸アイダホ州(赤紫色)に、保守派が多いオレゴン州の東部と南部(朱色)が統合され、リベラル派が多いポートランドなどを含む「縮んだオレゴン州」(灰色)が新たなオレゴン州として存続する 。(c) Greater Idaho

 直近では、2020年11月の大統領選挙でオレゴン州の投票者の56.4%がバイデン現大統領に票を投じた一方、トランプ前大統領は40.4%の票を確保した。人口の上で劣勢にある非都市部の保守派は「マジックマッシュルーム」などの麻薬を合法化することに多くの反対票を投じたが、リベラル派がこれらの住民投票を成立させることを阻止できなかった。
 このように、自分たちの意思が政治的に反映されない保守派の一部が自州に絶望し、オレゴンを離脱してアイダホに統合されることを求めた結果、東部および南部のシャーマン、レイク、グラント、ベイカー、マルヒュアの5郡において今年5月、法的拘束力のない住民投票を実現させた。投票率は平均で43%と低かったものの、これらすべての郡で過半数以上にあたる平均62%が賛成票を投じ、住民投票は成立をみたのである。すでに同様の意思表示をしたユニオン郡とジェファソン郡を加えた離脱派7郡では、昨年の大統領選でトランプ氏が圧勝している。

オレゴン州では、すでに緑色で示された7郡がアイダホ州への統合を求める住民投票を成立させた。(c) Greater Idaho

 この「大アイダホ州を支持する市民連合」と名付けられた運動を主導するマイク・マクカーター氏は、「われわれは(リベラルな)ポートランドとの共通点はほとんどないんだ。彼らは、われわれを人種主義者で白人至上主義の信奉者だと決めつけている。不幸にも、人口規模の力学の上でわれわれは彼らに圧倒されているため、彼らは望むものを手に入れられるが、われわれの意思を政治に反映させることは難しい。自分たちの代表者を選べないことが問題なのだ」と、指摘する。
 彼らは、自分たちがリベラルで洗練された都市住民に嫌われ、見下されていることを熟知しているからこそ、政治的な影響力と尊敬を求めて分離活動を行っていることが分かる。なお、この「大アイダホ州を支持する市民連合」は、1月6日に暴徒が米議会に乱入した事件を支持しているとして、ソーシャルメディアのフェイスブックからアカウント停止処分を受けている。

リベラル派と保守派、双方に益

 オレゴン離脱・アイダホ合併を唱える人々は、「大アイダホ州」の構想には大きな利点があると説く。「オレゴン州内のリベラルな地域では、犯罪者や暴動扇動者、山火事放火犯、不法移民、ホームレスなどから市民が守られず、アメリカ的な価値観と自由が侵害されているが、アイダホ州には法と秩序がある」というのだ。
 経済的に見ても「大アイダホ州」は魅力的だと、支持者は主張する。アイダホ州の税負担率は全米で8番目の軽さであり(オレゴン州は33番目)、平均すると、アイダホ州民1人当たりの納税額は、オレゴン州民と比較して年間1722ドルも低い。また、「リベラルなオレゴンのように規制が多くない」ために失業率が低く、住宅価格も安いことから、非都市部に特有の農業や林業などが繁栄するようになり、アイダホ州経済にも貢献できるのだという。

オレゴン州離脱派は、アイダホ州経済に貢献できると主張する。写真はアイダホ州議会堂

 さらに、前出のマクカーター氏は、「オレゴンの都市部住民にとっても、田舎者の住む地域をアイダホと合併させることで、よい厄介払いになるはずだ。彼らは、われわれ非都市部の住民に対して1人当たり年間367ドルの“補助金”を支払っており、お荷物に違いない。この“離婚”は、リベラル派住民も保守派住民も益を得られる、ウィン・ウィンの提案なのだ」と、自信たっぷりに語っている。

離脱要求派は、自然豊かな地域に集中して住んでいる。 しかし、都市部とは違い産業や職に乏しく、人口も増えないことために生活は貧しい

 興味深いのは、オレゴンからの離脱を求める7郡が、麻薬が合法であるオレゴン州に属していることで得られる貴重な麻薬販売税の収入を捨ててでも、アイダホとの統合を望んでいることだ。麻薬を非合法とするアイダホ州の一部となれば、この収入は失われるにも関わらず、だ。
 オレゴン大学経済学部のティム・デューイー教授は、「これらの地域は、過去数十年にわたって人口が増加していないか、減少しており、(都市部でないため)生計を立てるのが難しい場所だ」「同じ時期にポートランドなどの都市部が経済的に急成長を遂げたのとは対照的だ」などと指摘し、「大アイダホ州」構想に対して懐疑的な見方を示す。
 さらに、オレゴンから離脱し、アイダホに統合されるには、両州議会の承認と、米議会の承認が必要になる。アイダホ州のリトル知事は、「民意を尊重する」としながらも慎重な姿勢を崩さない一方、米メディアは「米議会での承認はかなりの難関になる」と予想している。

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