ラテンアメリカの「今」を届ける 第7回
日本から海を超えて 女性たちが進める「障害者革命」

  • 2023/6/29

 二人の女性リーダー

 パラグアイにおける自立生活運動の拠点として2021年に誕生した「テコサソ」で、フアンさんのような若者たちを力強く引っ張る二人の女性がいる。テコサソの創設者であるスルマ・フェレイラさんと、代表のブランカ・エスコバルさんだ。

 ブランカさんは、幼い頃にポリオにり患し、現在も麻痺があるため、生活には車椅子が欠かせない。しかし、もともと「少女時代はいつも母親の目を盗んで木登りをしていた」というほどおてんばな性格で、負けず嫌いでもあったため、20代前半の時に当事者団体を立ち上げるなど活躍してきた。テコサソにも、スルマさんの呼びかけに応えて立ち上げ時から参加している。若い頃から何度も「あなたならできる。大丈夫」「新しい経験を怖がらないで。学ぶチャンスなのだから」と励まし、公私ともに助けてくれたスルマさんのことを、先輩として、そして子どもを持つ女性同士として、非常に尊敬しているという。

パラグアイの自立生活運動を牽引するスルマ・フェレイラさん(右)とブランカ・エスコバルさん(左)は、互いに活動を支え合っている(筆者撮影)

 そんなスルマさんは、現在、障害者行政を所管する「障害人権庁」で管理職に就いている。大学では心理学を修めて博士号を取得。学生時代から国内外の障害当事者たちと活発に交流するなど、パラグアイにおける障害者運動の先頭を走り続けてきた。障害があっても自分で道を切り開く行動力を身に付けたのは、父親の影響が大きいという。

 スルマさんは父親から言われた言葉が今も忘れられずにいる。父親は「ずっと家にいたければそうしてもいいよ」と言った後で、「でも、親がいなくなり、君の世話をしてくれる人がいなくなったらどうするんだ?」「そうなってから困らないように勉強しなさい。自分で自分の人生を動かすことができるように、資格を取って仕事につきなさい」と続けたという。「その時は、なんて厳しいことを言うのだろうと思ったけれど、父は私に人生の見方を変えることを教えてくれたのだと思います」。力を込めてそう話すスルマさんは、今、周囲の障害当事者たちに勇気を与え続ける存在だ。

 スルマさんが自立生活と出会ったのは、2017年のこと。コスタリカで活動する井上さんがパラグアイを訪問し、日本の自立生活センターの活動や、コスタリカにおける立法化の経緯について伝えたことがきっかけだった。その後、メインストリーム協会の理事長を務める廉田俊二さんがパラグアイで開催した自立生活を伝えるセミナーにも、2018年と2023年の二度にわたり参加した。自立生活について理論は知っていたものの、実際に活動している人を見たことがなかったスルマさんは、「介助制度を使えば、どんな障害者も自由に生きることができる」と語りかける廉田さんとに強い感銘を受けるとともに、後に続く世代のためにも自立生活の普及が必要だと考えるようになったという。

 パラグアイでは、「自立」と言うと「全部自分でできること」を意味する。「パラグアイでは、車椅子の乗り降りから、階段の上り下りまで、一人でできなければ障害者は認められないのが現状です。人の助けを得る人は自立していると見ない風潮から自由にならなければいけません」とスルマさんは力を込め、こう続ける。

 「私は廉田さんに『自立生活をもっと学んでください。そして、みんなに伝えて実現させてください』と言われました。この国には、自立生活の考えを知って勇気付けられた人がたくさんいます。だからこそ私たちは、この活動を一人でも多くの人たちに伝えていきたい。私たちは自由に生きる権利があるのですから」

2022年12月にパラグアイを訪問した廉田さん(中央)を歓迎するスルマさん(左)とブランカさん(右) (c) プロジェクトIMPACTO

 パラグアイでは、自立生活の芽がようやく芽吹き始めた。2022年には、公的介助制度の実現に向けた法案が国会に提出された。今年8月に発足する新政権下での行方が注視されている。

 スルマさんは、「ラテンアメリカで自立生活の旗を振っているのは、ほとんどが女性なので、男性も頑張ってほしいです。みんなで意見を出し合い、夢を実現させていきたいのです」と言い、ブランカさんの方を向いて微笑んだ。

 日本から太平洋を超えてラテンアメリカに伝わった障害者の自立生活。「自由に生きたい」という思いが結ぶ国を越えた人のつながりが、新しい世界を築きはじめている。

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