頼清徳・台湾新総統が就任一カ月で直面する苦悩
内外から崩壊を仕掛ける中国との間で早くも激化しつつある戦い

  • 2024/6/28

  台湾の頼清徳政権が正式にスタートして一カ月あまり。非党派・非営利団体・財団法人・シンクタンクである台湾民意基金会(本部・台北市)が6月18日に発表した最新の民意調査では、頼清徳氏の支持率は48.2%と、先月より9.8ポイント下落している。一ポイントあたり19.5万人と計算すれば、政権スタート後一カ月にして200万人の支持を失ったということになる。何が原因なのか。頼清徳政権は今、どのような問題に直面しているのだろうか。

支持率低下を招いた国会改革法案を巡る紛糾

 2003年に設立された民意基金会が行った「総統声望」に関する民意調査結果によれば、頼政権の国政処理や重要人事について、回答者の19.6%が「非常に賛成」、あるいは28.6%が「比較的賛成」と答えたのに対し、16.1%が「あまり賛成できない」、もしくは9.5%が「まったく賛成できない」、17%が「ノーコメント」、8.4%が「分からない・回答拒否」などと答えた。また、回答者の48%が「頼政権を支持する」としたのに対し、26%が「不支持」、18%が「ノーコメント」、8.3%が「分からない」と答えた。就任直前の時点では58%が支持を表明し、25%が「不支持」、15%が「ノーコメント」、6%が「分からない」と回答したのに比べると、頼政権の支持率は大きく後退したと言える。

国会改革法案に反対し、立法院前の「青島東路」で約10万人の市民が参加して行われたデモ(青鳥行動)の様子 (c) 2024年5月24日、台湾で筆者撮影

 基金会の游盈隆会長は、この背景に4つの原因があると分析している。

 このうち、第一の原因には、内政問題の解決が難しいことが挙げられる。なかでも最大の問題は、野党主導の国会改革法案の審議をめぐる紛糾だろう。

 国会改革法案とは、野党側が提出した立法院職権行使法、刑法、立法院組織法、立法委員行為法、そして立法委員互選院長副院長弁法という5つの法律の修正法案を指す。この審議にあたっては、強行採決に踏み切ろうとする野党と、抵抗する与党議員の間の乱闘によって6人が病院送りになるなど、紛糾を極めた。また、10万人に上る与党支持の市民らが立法院周辺で抗議デモを行うなど、世論の分断も起きた末、結果的に5月28日、立法院職権行使法修正案と刑法修正案などが可決された。

国会改革法案に反対し、立法院前の「青島東路」で10万人規模の市民が参加して行われたデモ(青鳥行動)の様子(2024年5月24日、台北市内で筆者撮影)

 これらは国会の権力拡大を目指し、政権に対する監督監視を強化することを目的としたものであり、総統による国情報告の常態化をはじめ、立法院調査権や公聴権の拡大、人事同意の強化などが盛り込まれた。

 争点となったのは、総統が国情報告を行う際、立法委員が直接質問して即時回答を迫ることが違憲かどうかという点や、立法委員による官僚、公務員、法人への調査権を拡大することで、回答拒否や情報隠蔽、公聴会の同意なき欠席などに対する罰金や弾劾が、表現の自由をはじめ憲法で保護された人権にもとるのではないかという点であった。さらに与党側は、刑法に追加された国会軽視罪の定義があいまいで、国会権力の乱用になり得るのではないかとも主張していた。国会軽視罪による罰金や懲役刑を規定することは、民主社会における言論の自由の基本原則に反するのみならず、立法院に対する国民の恐怖と不信を生んで市民社会の活力を弱めることにつながりかねないという危惧だ。

国会改革法案に反対し、立法院前の「青島東路」で10万人規模の市民が行ったデモ「青鳥行動」の様子(2024年5月24日、台北市内で筆者撮影)

 その背景には、立法院113議席中52議席を占める第一党の国民党議員やキャスティングポートを握る民衆党に対する中国の浸透工作が進んでおり、国会権力の拡大は、立法院野党を通じた中国の影響力行使拡大につながるのではないかという懸念がある。

国民党の取り込みを図る中国

 中国は、国民党の馬英九・元総統が4月に訪中した際、習近平国家主席との会談をセッティングしたほか、17人から成る異例に大規模な国民党立法委員訪中団(団長・傅崐萁・元花蓮県長)が4月26~28日に訪中した際、北京の人民大会堂で王滬寧・全国政治協商会議主席(政治局常務委員)との面会を叶えるなど、これまでと打って変わって非常に手厚い対応をしている。

金門島からみた対岸の厦門(2024年5月、金門島で筆者の知人が撮影)

 この時、中国側から「お土産」として発表されたのが、福建省住民による台湾・馬祖への個人旅行や台湾産の文旦などの輸入の再開のほか、福建省に投資する台湾企業への税制優遇や馬祖住民が福建省を訪れた際のホテルの優遇など13項目から成る台湾企業や台湾人への優遇措置、天津など30都市と台湾を結ぶ航空便の再開呼びかけ、福建省平潭と台北など5都市をつなぐフェリーの就航呼びかけ、震災で被災した花蓮への仮設住宅の寄付などだった。国民党はこれを持ち帰り、自分たちが中国との懸け橋になることを台湾世論にアピールした。

金門島と中国福建省を結ぶ新しいフェリーターミナルの建設現場。旧ターミナルの老朽化と中台の人的交流促進が期待されてスタートしたプロジェクトだが、中国と台湾の関係が悪化して以降、工事がほとんど進んでいない(2024年5月、筆者撮影)

 しかし、中国の本当の狙いは、立法院第一党である国民党を中国の利益を代表する手先にしたうえで、台湾の民主主義システムを利用して内部から台湾を崩壊させることにあると見られている。実際、国会改革法案によって台湾世論は分断されて内政は混乱し、台湾の経済や社会のさまざまな機能が大いに悪影響を受けて、頼清徳政権の支持率は低下した。

国会改革法案に反対し、立法院前の「青島東路」で10万人規模の市民が行ったデモ「青鳥行動」の様子。10年前の2014年に行われた「ひまわり学生運動」を象徴するひまわりを手にする市民の姿もあった。(2024年5月24日、台北市内で筆者撮影)

 法案可決後、卓栄泰行政院長によって立法院に審議が差し戻されたが、野党連合が過半数議席を占めているため、立法院は6月22日、再審議請求を否決した。行政院長は6月25日の段階で憲法法廷に修正法案の違憲性の有無を問う憲法解釈を求める意向を示したが、これは長い道のりであり、行政院と立法院の対立が一層進み、先鋭化すれば台湾の前途に暗い影を落とすことは間違いない。

台湾内部に浸透し妨害工作を仕掛ける習近平政権

 頼政権の支持率が低下した第二の原因として挙げられているのは、国会改革審議の影響もあり、新政権がまだ大きなアジェンダや傑出したリーダーシップを発揮していないという点だ。これまではむしろ国民党と民衆党の野党連合の方が世論をけん引しているため、世論の分断が先鋭化しつつあるというのだ。

 続く第三の原因として挙げられているのは、総統と民進党主席を兼務する頼清徳氏が、時にそのバランスを取り、両立することに苦慮しているという点だ。例えば、頼氏は6月12日、民進党中央委員会で党主席として中央委員たちに対して民進党としての立場を守り地方での党宣伝を積極的に行うように要請したが、これは地方の支持者や中立の有権者たちにしてみれば不満だったようだ。

 そして、第四の原因としては、中国の厳しい圧力に対し、内政部や経済部、海洋安全を担当する海洋委員会がうまく機能していないという点が挙げられている。

金門島から望遠鏡で中国厦門の方を見ると、統一を呼びかけるプロパガンダ文字が掲げられているのが見える。(2024年5月、筆者の知人が撮影)

 こうした分析を見ると、支持率低下の最大要素は国会改革法案の紛糾の長期化であるものの、その本質は、台湾に対して中国の習近平政権が仕掛けているさまざまな浸透工作や妨害工作だと言える。

新二国論に対する制裁と弾圧を明言

 頼清徳氏は5月20日に行われた総統就任演説で、「卑屈でもなく、傲慢でもなく、現状維持」「台湾を国際社会に尊敬される壮大な国家にする」と訴え、中華民国憲法を根拠に「中華民国と中華人民共和国はお互いに隷属しない」と主張した。さらに頼氏は、「中華民国であろうが、中華民国台湾であろうが、台湾であろうが、いずれも、私たち自身と国際社会の友人たちが私たちの国を呼ぶ名称であることに変わりはない」とも発言。これは「台湾民主化の父」と呼ばれた李登輝・元総統の二国論を進化させた新二国論だという評価もあった。

総統就任式の様子を伝える翌朝の新聞各紙(2024年5月21日付紙面、筆者撮影)

  頼清徳氏がこれほどはっきりと台湾の国家観を就任演説で語ったことで、面子を丸つぶれにされた中国の習近平国家主席は、激怒した。中国国務院の台湾事務弁公室の報道官を務める陳斌華氏は、頼清徳総統の就任式が行われた翌21日夜、「これは、いわゆる徹頭徹尾、台湾独立主義の自白である。党内主流民意に背き、台湾海峡と地域の平和と安定を破壊する発言だ」と非難し、「民進党当局が外部勢力と結託して独立を遂行しようとするのであれば、我々は必ず反撃し、懲罰せねばならない」と述べ、報復をにじませた。

台湾が実効支配する離島の金門島に中国軍が激しい砲撃を加えて多数の死傷者が出た1958年の金門砲戦で使われたトーチカや坑道は、今は観光地になっている(2024年5月、金門島で筆者撮影)

 事実、中国はその直後の23日と24日、台湾海峡を囲むように「懲罰的軍事演習」を行った。ちょうど台湾金門島を訪問中だった筆者も、軍事演習に参加している軍艦や海警船の活発な動きを目の当たりにした。この時の軍事演習ではミサイルなどの実弾こそ使われなかったものの、海警局との連携行動があり、金門島や馬祖など中国沿岸にある台湾の離島周辺の実効支配や海上封鎖を念頭に置いて行われていたことは明らかで、今後も断続的に続くと思われる。

金門島から解放軍の軍艦の影が見えた。演習に参加していたのだろうか。(2024年5月、筆者撮影)

 また、中国最高人民法院、国家安全部、司法当局は6月21日、「台湾独立強硬派による国家分裂罪および国家分裂扇動罪を法律で処罰することに関する意見」を共同で発表。反分裂国家法、中国刑法、中国刑事訴訟法を根拠に、頑固な台湾独立分子や国家分裂煽動の犯罪に対しては最高死刑もあり得ると警告した。具体的には、台湾を中国から分裂させるために何かを組織・計画・実施する行為は、刑法103条の規定により懲役10年以上、最高で無期懲役が科され、状況が特に悪辣な場合は死刑もあり得るとした。また、これらの行為に積極的に参加した場合は10年以下の懲役、普通に参加した場合は3年以下の懲役に処すとした。早い話が、一般のデモ参加者も罪に問われる可能性を示唆しているのだ。

台湾が実効支配する離島の金門島に中国軍が激しい砲撃を加えて多数の死傷者が出た1958年の金門砲戦で使われたトーチカや坑道は、今は観光地になっている(2024年5月、筆者撮影)

 さらに、主権国家に限定された国際組織への台湾の加盟を推進したり、外国と軍事連携を謀ったり、外国と正式交流を行ったりすることのほか、報道やメディアで「中国の一部としての台湾の地位を歪曲または改ざん」すること、住民投票などによって台湾の法的地位を変更することなどは、全て国家分裂罪にあたるとした。つまり、「一つの中国、一つの台湾」「二つの中国」の主張を国際社会で広めようとすることも罪にあたると明言したのだ。国家分裂罪や国家分裂煽動罪が確定すると、懲役5年から10年に処されたうえで、財産は没収される。

 特に恐ろしいのは、欠席裁判が可能であり、外国在住者を断罪できるとしている点だ。つまり、留学中や外国旅行中に台湾を国家として扱う発言をした中国人が、帰国してから罪に問われる可能性もあれば、普段から台湾アイデンティティに基づく言動を繰り返し、ひまわり運動や青鳥行動に参加した台湾人が、中国に訪れた時に拘束される可能性もあるということだ。

1949年に起きた古寧頭戦役の記念碑。この戦で国民党軍が勝利して中国共産党軍を退けたことが、今日の台湾と中国の関係の基礎となっている。(2024年5月、筆者撮影)

 さらに、「どこに逃げようと、一生追いかける」と公安次官の孫萍が語っているように、時効もない。実際、香港の反送中デモに参加した若者たちは、国外に脱出した後も、中国の私服警察らに付きまとわれたり、監視を受けたりしている。

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