米国の小中学校で対面授業の再開巡り論争
コロナ禍で浮き彫りになった職種の不公平感と人種間格差

  • 2020/10/2

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月にすべての小中学校で登校停止措置が取られて以来、オンライン授業が続いている米国。9月から始まった新年度でも、状況の改善が見られないとして対面授業の再開は各地で見送られ、来年6月まではオンライン授業が継続される見込みだ。しかし、子どもが登校せず家にいることで仕事を制限される家庭も多く、家計への影響が深刻化しつつある。「感染の可能性がなくならない限り対面で働けない」と主張する教職員に対し、スーパーや食肉工場、配送センターなどで働く貧困層の親たちを中心に不満が高まり、両者の温度差が顕在化しつつある。当地の報道ぶりを通じて問題の構造と背景を探る。

米国では今なおほとんどの小中学校で登校停止措置が続き、児童や生徒たちはオンラインで授業を受けているが、これが社会の新たな分断を生みつつある (c) Julia M Cameron / Pexels

保護者や企業を襲うジレンマ

 米国内で新型コロナウイルスへの感染が確認された累計人数は9月下旬に700万人を超え、死者は20万人の大台を超えた。米疾病予防管理センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長は、「今もなお国民の9割以上がコロナウイルスに接触していないため、これはまだ感染拡大の初期段階かも知れない」と述べ、第1波が完全に収束しないまま秋冬に突入し、第2波に見舞われる可能性があると警鐘を鳴らす。

 予断を許さない状況を受け、米国ではほとんどの小中学校で、今なおオンライン授業か、オンラインと対面を組み合わせたハイブリッド型の授業が続けられている。この措置によって最も深刻な影響を受けているのが、黒人やヒスパニック系に多い貧困家庭の保護者たちである。彼らの多くは、生鮮食品店や食肉工場、配送業など、人々の生活に直結する「必須要員」として働いており、コロナ禍の最中でも家族を養うためにフルタイムで出勤せざるを得ない。にも関わらず、登校停止措置が続いて子どもが日中も家にいるため家を空けられず、ジレンマに苦しんでいるという。彼らは、「教職員も自分たちと同じ“必須要員”であるにも関わらず、特別扱いされて不公平だ」と、不満を募らせている。

 低所得層の家庭は、仕事で家を空ける間、親族や知人に子どもの世話をしてもらうことも難しい上、学習の遅れを取り戻すために子どもにオンライン補習を受けさせるための環境すら整っていないことが多い。インクルーシブな職場環境の推進に取り組む非営利団体カタリストが実施した調査によると、こうした家庭の保護者のうち、39%は有給休暇を取得したり勤務時間を柔軟にしたりすることによって解雇されるのではないかと不安を抱えているという。また、別の調査でも、コロナ禍の影響によって仕事が減少したり、子どもの世話をするために自らシフトを減らしたりして収入が落ち込んでいる実態が明らかになった。

 米経済メディアのブルームバーグも、12歳未満の子どもを抱える労働者約4700万人のうち、父親か母親の少なくともどちらか一人が子どもの世話をするために家にいなければならないと仮定した場合、約1800万人が求職活動を延期せざるを得ず、約2500万人が「仕事か家庭か」の二者択一を迫られると伝えている。

タブレット上で学ぶ息子を見守る母親。米国では子どもが登校せず家にいることで保護者が仕事を制約されるケースも多く、家計への影響も深刻化しているという (c) freepik

 企業側の苦悩も深刻だ。世界的ホテルチェーンであるヒルトンの人事部で要職の座にあるマシュー・シュイラー氏は、「オンライン授業が続いているため、レセプションやルームクリーニング、厨房などのスタッフが出勤できず、シフトが埋まらない。業務に支障が出ている」と、打ち明ける。

 子どもたちが登校しないことで米経済が受ける影響の大きさは、明らかだ。

リベラル誌が教職員の職責に言及

 こうした中、リベラル系メディア『アトランティック』誌が、新年度の開始に先駆け8月4日付でインターネット上に掲載した記事が、物議を呼んでいる。

 執筆者のクリスティン・マッコネル氏は、コロナ感染が爆発的に広がったニューヨーク市の看護師だ。氏は、「学校は社会が機能するために不可欠であり、教職員は必須要員である」と指摘した上で、「コロナ流行下でも感染リスクを冒して職務を遂行し続けている食品業者や配達会社、公共交通機関、そして医療人材などの必須要員を見習い、教師も職務を全うすべきだ」との持論を展開。さらに、「自分の生命がリスクにさらされる可能性があると覚悟している看護師と、そうではない教職員は、職務の性質が根本的に違うとの反論があるかもしれない」とした上で、「疫病の流行中もリスクを背負って働かなければならないという義務は、生鮮食品店の労働者であろうが、教職員であろうが、同じだ」と、主張した。

シアトルの青果店で果物を売る店主。米国では、コロナ禍でも感染リスクを冒して働く食品業者や運送会社、公共交通機関、医療人材らを中心に「教師も職務を全うすべきだ」との抗議と不公平感が高まっている (c) Yibei /Unsplash

 通常なら、感染リスクを最小化するためなら、完全都市封鎖(ロックダウン)の実施コストがいかに大きくても、リベラル系を標榜するメディアは賛同することが多い。にも関わらず、こうした記事が掲載されたという事実は、教員の処遇をめぐる議論がそれだけ高まっており、見過ごすことができない現状を示唆していると言えよう。

 一方、経済ニュースサイト「マーケットウォッチ」も9月21日、教員が特別待遇を受けていることへの批判がソーシャルメディア(SNS)上で拡散していると報じた。ロックダウンが解除され、ビジネスが再開されても、子どもの世話が理由で親たちが仕事に戻れない場合、社会的あるいは経済的なセーフティーネットを持たない層が最も深刻な影響を受けるのは明らかだ。感染リスクが高い現場で毎日職務を遂行している人々が抱く不公平感や不満は、なおのこと大きい。

 また、セラピーや介護など特別な支援教育が必要な障害のある幼児や児童、生徒とその親たちは、一層、身動きの取れない状況に陥っており、「オンライン授業では学習が続けられない」との悲鳴が上がっている。

 子どもたちの将来への悪影響も懸念されている。保守派シンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ストレイン研究員は、対面授業の機会がなく、十分な学力を身につけられないまま高校で勉学を終えた子どもの賃金は、大学に入学した子どもの賃金より1年あたり3万ドル下回り、生涯賃金には大きな差が生じるだろうと試算する。

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