オレゴン州が縮む?米国政治分断の悲喜劇
少数保守派の絶望が生んだ「大アイダホ州」構想の背景
- 2021/7/13
政治的な分離を求める全米レベルの動き
このように、「大アイダホ州」構想は、現時点では非現実的と見られている。しかし、これを単なる一過性の運動としては片付けられない面もある。「基本的な考え方が異なる国からは分離独立すべきだ」という保守南部の主張の下に戦いが始まり、リベラルな北部の武力でそれが阻止された南北戦争(1861~1865)以来の分断の構図が、今なお脈々と続いているからだ。
良く知られている通り、南部では、今なお南軍の旗を掲げたり、迫害や失職を恐れてそこまではせずとも心の中では同意したりする者が多い。歴史的に独立精神が旺盛な南部テキサス州にも独立運動があるほか、北部でも、ニューヨーク市を除く州の北部や中部、西部から成る、いわゆるアップステート・ニューヨークの保守派は、リベラルなニューヨーク市からの分離を主張する人が多い。
政治的な分離を求める保守派の動きは、全米レベルの現象であり、トランプ大統領登場によって始まったわけではない。たとえば、1930年代後半に民主党のルーズベルト大統領が推進していたニューディール政策に反発したモンタナ、サウスダコタ、ワイオミングの3州の一部区域住民は、米国から離脱独立した「アブソーカ(アブサロカ)国」を構想。独立できないとしても、49番目の州である「アブソーカ(アブサロカ)」として統合することで、リベラル政治に対抗しようとした。人口や経済力の面で都市部にかなわないため、統合してスケールを拡大することで、政治的に強くなろうとしたわけだ。
こうした歴史的な流れを汲むのが「大アイダホ州」の構想であり、その姉妹編にあたるのが、保守的な北部カリフォルニア州と南部オレゴン州が統合する「ジェファソン州」構想だ。その先には、保守的なアイダホ州を中心に、カリフォルニア州北部、南部および東部オレゴン州、さらにオレゴンの北隣ワシントン州の南東部がまとまるという、さらに広範囲の「大々アイダホ州」構想が存在するのだ。すでにワシントン州では、大都市シアトルがある西部から東部が分離して「リバティ州」となる法案が、州議会に提出されている。
一連の動きの中で、物価が高騰するカリフォルニアから安価な家屋や政治的な自由を求めてアイダホ州に移住する保守派カリフォルニア州民が増えている。これを受け、アイダホ州では、住宅価格の上昇率が全米で最も高い23.7%を記録する。「大アイダホ州」構想は、荒唐無稽なアイデアではあるが、実現に向けた地道な活動は続いているのだ。
終わらない南北戦争
政治的志向の違う人々が同じ州内で対立し、多数派が少数派を圧倒する現状は、果たして持続的なのか。多数派として少数派の非都市部住民を「抑圧」しているのが、少数派の権利擁護を声高に叫ぶリベラル派であるだけに、興味深いケースである。
すでにオレゴン州では2019年6月、民主党LGBTのケイト・ブラウン知事が、州議会で同党が推進する環境法案の採決をサボタージュした共和党議員を州警察に捕らえさせて強制的に議場に連行しようとした、もはや民主主義体制とは言えない「事件」も起きている。そうした多数派の論理に憤る非都市部住民の「大アイダホ州」へのあこがれは、強まるばかりだ。
支持者は、「離婚」すれば州議会における政治の停滞も防げる、と主張する。前述のマクカーター氏は、保守派地域の分離によって住民間の紛争が防げると強調し、「双方に平和と調和がもたらされる」と訴える。また、「トランプに投票するような低所得地域がなくなり、リベラル派住民もせいせいするのでは」とも付け加えた。
また、オレゴン州立大学のブルース・ウェバー教授は、「そもそもオレゴン州からの分離運動は(保守的なカリフォルニア州北部と隣接する)南部から始まったが、今や(保守的なアイダホ州と接する)東部に飛び火している。だが、それらに通底するのは、(政治的な)無力感だ」と分析。「影響力と尊敬を勝ち得たいとするのは、あらゆる人間に共通した願いだが、それが(オレゴン州からの離脱を求める)田舎の人々を駆り立てている」と結んだ。
米国において、「基本的な考え方が違う地域からは分離独立すべきだ」との主張で始められた南北戦争は、いまだ終結しておらず、悲喜劇の形で戦われ続けているのかもしれない。