米国は中国の太平洋諸島進出をどう見ているか
島嶼国の監視を怠ってきた失敗を踏まえた起死回生策の行方

  • 2022/7/4

 中国は4月19日、南太平洋のソロモン諸島と安全保障協定を締結し、中国共産党の習近平・中央軍事委員会主席が今後、直属機関の中国人民武装警察部隊と人民解放軍を同国に派遣したり、駐留させたり、同国に軍事基地を建設したりするための足掛かりを築いた。太平洋島嶼国地域における安全保障上の大国である米国やオーストラリア、ニュージーランド、そしてフランスが築いた体制に公然と軍事的に挑戦するこの動きを受け、これまで数十年間にわたって島嶼国の重視を怠ってきた米国は、遅まきながらこの地域への関与を強化する方針を打ち出している。米国は同地域の現状をどう認識し、どのように関与しようとしているのだろうか。

5月25日にソロモン諸島に到着した中国の王毅外相(c)Stephen Dziedzic /twitter

警鐘は鳴っていた

 ソロモン諸島については、国民の90%が台湾と外交関係を維持することを支持していたにも関わらず、中国のIT大手である華為技術(ファーウェイ)などから巨額の政治献金を受け取りチャイナマネーに篭絡されたマナセ・ソガバレ首相が2019年9月、世論の反対を押し切って台湾と断交し、中国を承認した時から、米国にとって警鐘が鳴っていたと言える。
 2年後の2021年11月には、首都ホニアラで反体制デモが反中感情と結び付いて暴動に発展。腐敗が指摘されるソガバレ首相は、将来的に政権をおびやかしかねない民意の盛り上がりを抑圧すべく、安保協定に基づき中国共産党の武警と軍に保護を求める形となった。
米国の安全保障担当者や外交関係者の中には、こうした中国の南太平洋における軍事プレゼンス拡張の動きに気付いていた者もいたものの、止めることはできなかった。
 その背景には、ソロモン諸島などメラネシア地域の安全保障を同盟国のオーストラリアやニュージーランドに任せきりにしていたことや、東アジアや東南アジアなど「より重要」だとみなしていた地域に気を取られていたこと、そして、アフガニスタンやウクライナなどの紛争に対応するだけで精一杯だったことなどが挙げられる。

ソロモン諸島の若者たち。若年層の失業率は高く、「忘れられた存在」だ。(c) United Nations

 米国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官であるカート・キャンベル氏は2022年1月、「太平洋諸島でこの先1~2年の間に、戦略的なサプライズがある」と予告を行っており、当時は秘密裏に交渉が行われていた中国とソロモン諸島の安保協定締結が不可避であることを、オーストラリアやニュージーランドと共同の諜報活動などで察知していたと思われる。

 一方、中国の王毅外相は5月30日、域内のフィジー、キリバス、サモア、ニウエ、パプアニューギニア、バヌアツ、ミクロネシア連邦、ソロモン諸島、およびトンガと対面で外相会議を開催し、安全保障や警備、さらに自由貿易や漁業をめぐって包括的な協定締結を提案したが、一部の参加国の反対を受けて失敗に終わった(教育・文化・青少年政策・スポーツ・メディアなどの分野における協力の推進については合意した)。

 王毅外相の合意取り付けが不成功に終わったのは、中国とソロモン諸島が安保協定を締結したことを受け、米国が域内諸国に外交圧力をかけたためだという指摘がある。遅まきながら関与強化に動き出した米国の強い意向を島嶼各国が明確に理解したことが背景にあると言ってよいだろう。

 時期をほぼ同じくして、バイデン大統領は5月31日、ニュージーランドのアーダーン首相と会談。「われわれの価値観や安全保障上の利益を共有しない国家が太平洋地域で恒久的な軍事的プレゼンスを構築すれば、地域の戦略バランスは根底からくつがえるだろう」との懸念を共同で表明し、米国による島嶼国へのコミットメント強化を発表した。

「失地回復」の実現に必要なことは

  バイデン大統領自身が、太平洋諸島への米国の関与強化を明言したわけだが、その具体的内容はどのようなものになるのか。キャンベル・インド太平洋調整官は6月23日、「米国は今後、太平洋島嶼国地域に対してこれまで以上に閣僚級高官を派遣するだろう」と語った。

 またキャンベル氏は、2022年初めにブリンケン国務長官が訪問したフィジーについて、「米国による関与のハブの1つになることを想定している」と述べている。実際、フィジーは5月上旬、ロシアのウクライナ侵攻を受けて米国の制裁対象にされた新興財閥オリガルヒのスレイマン・ケリモフ氏が所有する390億円相当の豪華ヨットを差し押さえるなど、積極的に米国に協力している。

ソロモン諸島の女子生徒たち。彼らひとりひとりは、米国のインド太平洋戦略の成否にかかわる重要な存在だ(c) United Nations

 その一方で、米外交政策評議会(AFPC)のアレクサンダー・グレイ上席研究員は、6月21日付の米外交誌『フォーリン・ポリシー』に寄稿。「太平洋島嶼国が数十年ぶりに米メディアの注目を浴びる今こそ、米国および同盟国の包括的かつ野心的な戦略が求められている。太平洋島嶼国は決して米国のインド太平洋戦略の小さな一部ではなく、戦略の成否を左右する重要な存在であるからだ」と踏み込んだ表現を用いながら、同地域への関与をより強化すべきだと説いた。

 さらにグレイ氏は、ソロモン諸島における米国の失敗を認め、「過去は取り戻せない」とした上で、「バイデン政権は、気候変動や新型コロナウイルスのワクチン供与、(中国漁船の)違法漁業取り締まりなどで協力していくべきだ」と主張した。

決済のデジタル化は、米国のテクノロジー援助が活かせる分野だ。(c) United Nations

 さらに同氏は、米国がこれまでソロモン諸島やバヌアツ、キリバス、トンガに大使館を置いていないことについて、「早急に開館すべき」だと指摘した上で、現在、ミクロネシア連邦との間で再交渉中の「自由連合盟約」、すなわち経済支援の代わりに軍事権と外交権を米国に委ねる協定を早期に妥結した上で、ナウル、ツバル、キリバスとも早急に新たな交渉を開始すべきだと論じた。中国がこれらの国々に安全保障協定の締結を持ちかけている昨今、軍事権と外交権を委ねてもらわないとリスクが高いと米国が認識していることの表れであり、注目される。

 加えて、米国の若者によるボランティア平和部隊を増派して軍事支援を行うことで米沿岸警備隊の訪問を増やし、警備面も協力を強化することも提言している。これらがすべて実現すれば、米国の「失地回復」も夢ではないかもしれない。

東アフリカのルワンダで現地住民に奉仕する米平和部隊の青年たち。 今や、太平洋島嶼国への増派が求められている。(c) Peace Corps

「青い太平洋のパートナー」の設立

 しかし、米国が実際に太平洋島嶼国地域への関与を強化するためには、カネがかかる。大使館を増やし、米軍や沿岸警備隊を派遣し、気候変動による島の水没を防止し、コロナワクチンを供給するために必要な予算は膨大で、米議会が満額で承認するかは未知数だ。残念ながら、米上院・下院で島嶼国の戦略的な重要性を理解している議員は多くないのではないだろうか。

 こうした状況下、世界銀行が集計するビジネス環境改善指数を見てみると、フィジー、ソロモン諸島、サモア、ミクロネシア連邦、キリバス、そしてバヌアツの国々は2016年から2020年の間に状況が悪化しており、1人あたりの国内総生産(GDP)も減少、もしくは微増にとどまるなど経済状況は厳しい。コロナ禍で主力の観光収入が激減したことも、多くの島嶼国にとって痛手だ。また、2022年1月に海底火山が爆発して甚大な被害を受けたトンガの復興も急がれる。

 だからこそバイデン政権は6月24日、太平洋諸島の支援に向けた非公式な枠組みとして「青い太平洋のパートナー」(パートナーズ・イン・ザ・ブルー・パシフィック:PBP)の設立を発表し、米英豪とニュージーランド、および日本の5カ国によるこの地域への関与の集積化と効率化を打ち出した。

 だが、予算不足を理由に米国や同盟国が援助をケチれば、中国がその穴を埋めることは自明だ。そもそも、ソロモン諸島が中国と安保協定を結んだのは、オーストラリアの同国に対する経済援助が2010年代後半に43%も減額され、国内の雇用が悪化したことが遠因でもある。

 こうした中、米国の影響下にある世界銀行が6月下旬、バヌアツの気候変動対策やサイクロンなどの災害対応基金として、1000万ドル(約13億5000万円)の借款を提供すると発表した。こうした動きが、その他の島嶼国にも広がることが期待される。

消せない反中感情と脆弱なソフトパワー

 その点、中国には、外交や援助、軍事支援の目的のために使える予算が潤沢にある。だが、カネだけでは人心がなびかないことも、また事実だ。中国は、特にソフトパワー面で脆弱性を抱えている。いや、むしろ失敗の連続だと言ってもよいだろう。

 中国の崔天凱・前駐米大使は6月12日、米CNNのインタビューに答え、「中国は南太平洋の小さな島嶼国を対等な存在だとみなしているが、欧米諸国は植民地時代に逆戻りして南太平洋を裏庭のように扱っている」と論じた。しかし、中国が島嶼国を「対等な存在とみなしている」という主張は弱い。2018年9月にナウルで開催された「太平洋諸島フォーラム」(PIF)首脳会議に出席した中国外交部特使団の杜起文氏が、格上の島嶼国大統領や首相たちを差し置いて先に演説しようとして、議長国ナウルのバロン・ワカ大統領(当時)に制止され、逆ギレして退場した一幕はその好例だ。

 ワカ議長は、「杜氏は、一当局者という立場でありながら非常に無礼で大騒ぎを引き起こし、長時間にわたり首脳会議を中断した」「おそらく大国から来たことをかさに着てわれわれをいじめたかったのだろう」と、指摘していた。

 この一件を、島嶼国のエリートたちは忘れていない。チャイナマネーで黙らせることはできても、反中感情は消せないからだ。事実、中国が島嶼国地域で覇権を拡張し始めるはるか以前から、現地の華人や華僑は島民たちから憎悪の対象となっていた。彼らは当時から商売を独占し、儲けるだけ儲けて利益をコミュニティに還元せず、島嶼国の人々を搾取する存在だと見られていた。

 筆者は、以前、ソロモン諸島をはじめ、フィジー、仏領ニューカレドニア、仏領ポリネシアなどを訪問したことがある。どの国でも商業面で現地を搾取する構図は同じで、華人や華僑へのヘイト感情が根深いことを強く感じた。

 昨年11月にソロモン諸島で起きた反中暴動も、ターゲットとなったのは、最近移住してきた中国人が経営する店が並ぶ首都の目抜き通りだった。そのチャイナタウンが2006年4月にも大規模な焼き討ちに遭遇していたことは、特筆される。

 またソロモン諸島では、中国企業がほしいままに材木を伐採し、金鉱山を乱開発するなど、環境を破壊していることに対する反発も強い。その中国が腐敗した自国の政権と結託しているものだから、印象はますます悪い。同国は資源が豊富だが、国民の多くは、自分たちが中国企業に搾取されて困窮し、中国の借款で国が借金漬けとなる「債務の罠」に陥るのではないかと疑っている。

 その一方で、6月下旬にポルトガルで開催されていた国連海洋会議では、中国が島嶼国ツバルの代表団メンバーだった台湾人顧問3人の参加を中国が阻止したことを理由に、ツバルのサイモン・コフェ外相が出席を取り止める騒動があった。我が物顔の中国の振る舞いは、太平洋の島国に憤りを引き起こしている。

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