【書評】中西嘉宏著『ミャンマー現代史』ミャンマー政変をどう捉えるべきか
ミャンマー国軍の行動原理を精緻に描いた良書

  • 2022/10/19

正義と平和、国民のアイデンティティ

 著者は、正義の理想のために国際社会が圧力一辺倒となり、国民の暮らしが犠牲になることはあってはならない、正義と平和が緊張関係にあると述べている。これに関連して、新聞記者として東南アジアの経済を追ってきた深沢淳一は、著書『「不完全国家」ミャンマーの真実―民主化10年からクーデター後までの全記録ー』のなかで、欧米諸国は、かつての強い経済制裁で国民の暮らしを圧迫したトラウマを抱えているため、軍系企業などに的を絞った標的制裁を実施しており、今後もゆるやかな制裁にとどめるだろうと分析。さらに、アウンサンスーチーひきいる民主派勢力ではなく、国民一人ひとりが自律的に抵抗運動を続けている実態を踏まえ、国民は国軍との最後の闘いとの覚悟をもって長期に抵抗を続けていること、民政移管した10年間で国民に自律心が芽生えると同時にミャンマー国民としての同胞意識=新愛国心が生じたと分析している。ミャンマー人の歴史家タンミンウーは、著書『ビルマ 危機の本質』のなかで、持続可能な発展と福祉の徹底によって格差を解消すること、民族や宗教などの属性によらないミャンマー国民としてのアイデンティティ醸成が、この国に真の平和と安定をもたらすとの考えを示している。

 これらの議論を踏まえれば、正義か平和かの二択、あるいは誰が権力を握るかという枠組みを超えて、ミャンマーという国民国家の在り方そのものが変化の途上にあることを議論の土台に据える必要があるのではないか。

第二次大戦中に日本軍と連合軍の激戦地だったメティラには、かつて慰霊団が頻繁に訪れていた。日本人墓地や慰霊碑も多い(書評筆者が2019年に撮影)

 以上のとおり、残された論点はいくつかあるが、ミャンマー政変を権力闘争の帰結と整理し、国軍側の理論を克明に記した本書は貴重である。まずは、多くの方に本書を手に取っていただき、さまざまな議論につなげていただきたい。

 

<参考:書評中に言及した論考と書籍>

今村真央「辺境からみるミャンマー政変 : 内戦史のなかのクーデター」『世界』2021年9月号(Vo.948)、p.230-240、2021年8月

北川成史『ミャンマー政変 ――クーデターの深層を探る』筑摩書房、2021年7月

タンミンウー(中里京子訳)『ビルマ 危機の本質』河出書房新社、2021年10月

永杉豊『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』扶桑社、2021年7月

深沢淳一『「不完全国家」ミャンマーの真実―民主化10年からクーデター後までの全記録―』文眞堂、2022年2月

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