【コロンビア和平から10年 混乱する農村から②】農村における和平合意の挫折
ラテンアメリカ の「今」を届ける 第10話
- 2025/9/18
2006年より住民から見た紛争や和平プロセスを取材しているフォトジャーナリストの柴田大輔さんが今年5月から6月、ナリーニョ県とカウカ県の山岳地帯を訪ねました。和平合意から10年を迎えようとする同国の紛争地域で生きる人々の今と、彼らを取り巻く現実に迫る5回連載の2回目です。
「多くの農民が違法作物に戻ってしまった」
柔らかい午後の陽光が、アンデスの山あいを包んでいた。標高1700メートル、視界に広がるなだらかな山の斜面には、コーヒーやバナナの木々、とうもろこしなどの畑がある。しかし、このありふれた山の風景が、夜になると一変する。無数の白い電球に一面の山肌が覆われるのだ。光の下にあるのは、違法栽培される大麻草だ。人工の光が成長を促すのだという。
「多くの農民が、違法作物に戻ってしまったのです」。そう語るのは、先住民族ナサのホルへさん=仮名=(34)。彼が暮らすエスペランサ村は、カウカ県北部の山岳地帯にある。村の中心部には30軒ほどの民家や商店が集まり、周囲の斜面には農業を営む人々が暮らす。この小さな村で、大麻やコカインの原料としてのコカ葉の取引を支配しているのは、旧FARC系武装組織に属する3つの家族だという。コーヒー栽培など農業を営むホルへさんは言う。「先住民族社会は違法経済に反対してきましたが、コカや大麻の栽培を暮らしの糧にする住民との対立が深まり、小さな村は二つに割れてきました」
失われたリーダーたち
2009年、この村で先住民族自治組織の若いリーダーが殺害された。自治組織が違法作物との決別を模索するなかで、ゲリラ側と対立し、銃を向けられたのだった。それ以降も、地域の主権を主張する自治組織は、度重なる脅迫と攻撃を受けてきた。
こうした地域の現実は、コロンビア全体が抱える麻薬問題の縮図でもある。2023年、コロンビアのコカイン生産量は約2600トンを上回り、世界最大のコカイン生産国となった。その原料であるコカ葉の栽培面積は同年、全国で約25万3000ヘクタールとなり過去最高を記録した。カウカ県は国内で最も栽培面積の広い3県の一つに数えられる。社会インフラが未整備の地域では交通網や市場の欠如から、比較的安定した価格や販路が見込めるコカなど違法作物への依存が続いている。貧しい農民にとって現金収入源となってきたエスペランサ村もその一つだ。近年は、コカ葉の価格下落が顕著となり、特にカウカ県で大麻栽培に移行する農民が増えている。
崩れた「代替政策」
2016年の和平合意で政府が打ち出したのが、違法作物代替プログラム「PNIS」だった。武装組織の資金源となる違法作物を、農家が自主的に根絶する代わりに、現金支給や食料支援、合法作物への転換を助ける仕組みだ。2020年までに10万世帯近くが登録し、約4万ヘクタールのコカ栽培地が削減された。しかし、計画は順調ではなかった。2023年にコカ栽培面積が過去最高を記録したことが示す通り、多くの農家が再び違法作物栽培に戻っている。背景は、プログラムを遂行する政府の「怠慢、政治的意思の欠如、官僚的障害」と、予算をめぐる汚職がある。
当初から財源が十分に確保されていなかった。和平合意時に見積もられた対象世帯数に対して国家予算の割当が小さく、安定的な資金源もなかった。国際社会に支援を求めたものの期待ほど集まらず、現金給付や生産プロジェクトが滞った。汚職も目立った。PNISは農業、治安、地方自治など複数の機関にまたがる複雑な制度設計だったが、調整不全だけでなく、関連する委託業者や地方行政による契約不履行や資材の不備、資金の不正流用、中抜きが横行したことが報告されている。
和平合意では違法作物から合法作物への代替えと並び、農村開発支援も掲げられた。しかし、この計画も予算不足から停滞している。コロナ禍により経済が停滞したとはいえ、予算不足はそれ以前からの問題だった。
一方で、市民への支援計画が滞るなかで行われたのが、治安部隊によるコカの強制除去だった。ほぼ唯一の収入源を補償なしに奪われることに反発する農民と治安部隊が衝突し、2017年10月には抗議する農民7人が治安部隊に殺害され、20人が負傷する事件も起きている。
道路や市場といった農村での社会インフラ 整備は進まず、合法作物を作っても売る場所がない。ホルヘさんは、「農村に暮らす私たちはやれることはやったが、資金が止まり、販路も開けなかった。生きるために違法作物の栽培に戻るしかない」と話す。
子どもたちの未来を奪うもの
制度の行き詰まりは、武装組織に再び活動を拡大する余地を与えた。彼らは市場や住民の移動を妨害し、地域リーダーを暗殺することで勢力を拡大している。こうした暴力の悪循環の先には、子どもたちがいる。かつて地元の学校で教員を務めていたホルヘさんは、こう語る。「武装組織が子どもたちを利用し、メンバーを勧誘しているのが学校なのです。貧しい家庭の子どもに小遣いを渡し、住民の監視役を担わせたり、他の子どもの勧誘にあたらせたりしています。やがて銃を手にする子どももいる。一度つながりができてしまうと、組織と離れることは難しい」
背景にあるのが、やはり経済的な問題だ。ある青年は、大学に進学するために村を離れたが、学費が払えないことから退学し、村に戻った。「(地域の主要産業である)コーヒー栽培だけでは学費を賄えない。またコカを摘むしかない」とこぼした。また、ある男性は、仕事がないため軍に入ろうとしたが、「ゲリラへの裏切り」と見なされかねず、母に泣いて止められたという。
「この地域では、『和平合意』は過去のこと。それが実現できると信じている人は、もはや誰もいません。私たち先住民族社会は、子どもたちが戦争に加担しない社会をつくるために、ゲリラや麻薬経済からの自立を模索し続けています。しかし、仕事がなければ、コカや大麻を作るしかない人は少なくないのが現状なのです 」
(第3回に続く)

















