我々はすでに勝っている(ミャンマー・クーデター現地ルポ8)
「選挙無効」でも消し去れぬ市民の勝利

  • 2021/7/29

 2021年7月26日、クーデター下で組織されたミャンマーの選挙管理委員会が、昨年11月に行われ、アウンサンスーチー国家顧問率いる与党・国民民主連盟(NLD)が圧勝した総選挙を、無効と宣言した。筆者は、新型コロナウイルスのパンデミックの最中に行われたこの総選挙をヤンゴンで取材していた。さまざまな問題を抱えつつも、選挙結果に影響が出るほどの不正は不可能であるというのが筆者の結論だ。そして、その中からは成熟した民主主義国家への萌芽が確かに生まれつつあった。

2020年11月の選挙戦最終日、「我々はすでに勝った」と叫んだイーティンザーマウン氏(筆者撮影)

批判を承知で訴えたイーティンザーマウン氏
 筆者はヤンゴン中心部のパペーダン郡区の選挙区をひたすら取材していた。この選挙区の候補者を通して、この選挙を描こうとしていたからだ。その中心人物が、野党の「新社会のための民主党」(DPNS)から下院選挙に出馬した、当時最年少候補の一人だったイーティンザーマウン氏(当時26)だった。
 新型コロナウイルスの第二波がまさに襲い掛かる中で行われた総選挙は、実質的に最後の1週間ほどしか演説合戦が行われなかった。いや、彼女が半ば強引に演説を始めなければ、選挙運動が始まらなかった。彼女につられて、NLDの候補も演説を始めたのだ。
 ほとんど政策に触れないNLDの候補者に対し、イーティンザーマウン氏は次々と政策を打ち出した。そのほとんどは、ミャンマー社会のタブーに触れるものだった。ムスリムや中国系住民の国籍取得を難しくしている国籍法の改正を訴えたほか、国民投票による憲法改正を主張。最終日には、2017年に70万人以上のロヒンギャ難民を出したラカイン州の掃討作戦を「ジェノサイド」と呼び、「将来、子どもに『お父さん、お母さん、どうしてジェノサイドに対して黙っていたの』と言われてもいいのか」とさえ訴えた。

2020年11月、政策を訴える選挙戦を展開したイーティンザーマウン氏(筆者撮影)

 彼女の主張に賛同しない市民もまた多く、それは人々の間で大きな論争となった。意見が一致しない政策について市民が議論して決めていくことは、軍事政権が長かったミャンマーの文化にはなかった。こうした選挙戦によって、市民が民主主義の本質を学びつつあったのだ。

投票前でも「勝った」
 選挙戦最終日の最後の演説で彼女が叫んだ言葉は、「ナイントワビー(勝利した)」だ。ビルマ語の完了形を使っており、選挙結果はまだ出ていないのに、すでに「勝った」と言ったのだ。誰一人はっきりした政策を訴えない中で、自分だけが十分に政策を訴え、有権者に選択肢を示したという自負から、すでにそれが勝利だと言ったのだ。

投票後、NLDの勝利を確信して喜ぶ支援者ら(2020年11月、筆者撮影)

 11月8日の開票結果が出ると、彼女は得票数で9倍もの大差をつけられNLDの候補に敗れた。アウンサンスーチー氏のカリスマ的な人気と、NLDの厚い支持基盤が破れなかったのだ。敗戦を悟った後の筆者とのインタビューでも、彼女は「私は選挙がどうあるべきかということを示すことができた」と語り、その自負は揺るがなかった。
 そしてこの選挙戦で名を上げたイーティンザーマウン氏は、クーデター後に民主派が樹立した「国民統一政府(NUG)」に女性青少年省の副大臣として任命されることになる。市民はそれを驚きをもって受け止め、そして歓迎した。その若さに加え、キリスト教徒で少数民族出身という彼女は、NUGのダイバーシティを象徴する政治家の一人となった。

抗議活動は国軍の自信を打ち砕いた
 今年2月のクーデター以降、市民はクーデター体制を倒そうと、街に出て抗議の声を上げた。「ビルマの春革命」などと呼ばれる。市民の合言葉は「革命」「勝利」だ。ここでこの言葉は、「努力して勝たなくてはならない」というニュアンスで語られている。

2020年11月、投票所に長蛇の列を作る有権者(筆者撮影)

 しかし、これまでの市民の抗議活動は、ある意味ですでに勝利したと言ってもいい。900人以上の犠牲者、6000人以上の不当な拘束者、そしてクーデター下の医療崩壊による多数の新型コロナの死者という大きな犠牲を払いながらも、すでにクーデター体制が、まともな国家運営ができないことは、国内外に明確になった。数百万人が街頭で平和的な抗議活動を行い、世界が市民の強く独裁に反対する思いを知った。世界銀行は18%ものマイナス経済成長を予測し、国軍側の「自分たちの方がうまく経済運営ができる」という自信は崩壊した。  
 ワールドカップ予選で三本指を立てて帰国後の安全が危惧されていたミャンマー代表選手は、在日ミャンマー人や日本の支援者の連携プレーによって、帰国させられず日本で身の安全を図ることができた。
 すでに市民たちの努力の成果は出ている。クーデターを成功させ、自分たちの支配下でうまく国家を仕切ろうとしていた国軍側にとっては、現状はまさに敗北だと映っていることだろう。
 抗議を続けるミャンマーの市民の中には、「もう勝てないのではないか」とたびたび絶望感に襲われる人もいる。確かに、市民が民主主義を取り戻すまでの道のりは厳しい。しかし、それでも「ナイントワビー」と言いたい。市民たちは、すでに勝っているのだ。

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