イラン攻撃に寄せて 戦火直前の中東3カ国で出会った瞳

  • 2026/4/21
 

 アメリカとイスラエルが2月28日、「壮絶な怒り」と命名された作戦によってイランを先制攻撃して最高指導者アリ・ハメネイ師を殺害してから、まもなく2カ月が経とうとしています。これを受け、イランもイスラエルや中東のアメリカ軍施設への報復攻撃を実施。その後、イランが支援するヒズボラがイスラエルを攻撃したことを受けて、イスラエルはレバノンへの攻撃を開始。戦火の拡大による犠牲者が増え続けています。4月に入り、アメリカとイラン、そしてイスラエルとレバノンの間でそれぞれ停戦合意が発効しましたが、戦争終結に向けた協議は難航しており、期限後の情勢が強く懸念されます。

 開戦の直前にこの地域を巡った写真家の三田崇博さんが、現地で出会った人々の姿を振り返りながら、現状への思いを綴ります。

 

 筆者は2026年2月1日から18日間、世界遺産を撮影するために、サウジアラビア、バーレーン、そしてオマーンの3カ国を巡った。ファインダー越しにのぞいたのは、数百年の時を刻んできた荘厳な遺産と、そこに生きる人々の穏やかな日常だった。しかし、帰国してわずか10日後に世界は一変する。アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃を機に新たな戦争が始まり、つい先日まで筆者が歩いていた空の下を、今は無慈悲なミサイルやドローンが飛び交っている。あの時間がいかに尊い「一瞬の奇跡」であったのかを、今、痛感している。

 イスラム教の聖地の一つであるサウジアラビアのメディナに降り立ったとき、私を圧倒したのは、世界中から集まった信者たちが放つ、すさまじいエネルギーだった。これまで100カ国以上を旅してきた筆者にとっても、これほどまでに純粋なパワーが充満している場所は記憶にない。巨大な預言者のモスクには数えきれないほどの人々があふれ、祈りへの情熱が渦巻いているのを感じた。

祈りの時間が終わり、一斉にモスクから出てくる信者たち ©筆者撮影

 その圧倒的な喧騒のすぐ傍らで、筆者はもう一つの光景に目を奪われた。俗世のすべてを遮断するかのように、ただ一人、祈りを捧げる男性の姿だった。先ほどまでの喧騒が嘘のように、彼はただ黙して、掌を天に向けている。唇を固く結び、内なる静寂と向き合うその姿は、都会の雑踏から、そこだけが鋭利に切り取られた異空間のようだった。

モスクの外でメッカの方向を向いて祈る男性 ©筆者撮影

 メディナの圧倒的な熱量を後にし、紅海に臨む港町のジッダへと向かった。ここには、世界遺産に登録されている「アル・バラド」がある。数百年にわたり、紅海の強い潮風に耐え抜いてきた独特の建築群が点在している歴史地区だ。

ライトアップされた歴史地区「アル・バラド」の夜景 ©筆者撮影

 歴史の重みをたたえる建物の陰で、肩を組んで未来を語らう少年たちに出会った。ここサウジアラビアでは、彼らのように「写真を撮って」と声をかけられることが多かった。

夕方、モスクで夕日の撮影をしていると、子どもたちが寄ってきた ©筆者撮影

 次に訪れたバーレーンの国際空港は、ペルシア湾岸で最古の空港として知られている。波打つような天井のデザインが美しい、スタイリッシュなこの空間を、人々はそれぞれの目的地に向かって行き交い、チェックインカウンターの前に列をつくっていた。それは、どの空港でも見かける当たり前の日常だった。それだけに、わずか数日後にこの場所も攻撃されたというニュースに、言葉を失った。

近代的なデザインが目を引くバーレーン国際空港 ©筆者撮影

 空港のあるムハッラク島は、かつて世界最高の天然真珠を産出した地である。世界遺産として登録された真珠商たちの邸宅や交易所などの建物群が、数世紀にわたる海との営みを今に伝えるかのように静かにたたずんでいる。

真珠貿易の繁栄を今に伝えるムハッラク島の歴史的建造物 ©筆者撮影

 その路地裏で、伝統的な赤いドレスを身にまとい、手をつないで歩いていた少女たちの無邪気な瞳も印象的で、今も目に焼き付いている。

伝統的なドレスを身にまとい、はにかむような笑顔を見せる少女たち ©筆者撮影

 三カ国目のオマーンでは、まず古都バハラを訪れた。12世紀から15世紀にかけて都がおかれた場所で、約12キロもの巨大な城壁に囲まれた旧市街には、国内最大規模の要塞で、世界遺産にも登録されているバハラ城塞が、多くの監視塔とともにかつての中世イスラム時代の王国の栄華をとどめてそびえ立っている。

 バハラ城塞を見渡せる展望ポイントを目指して歩いていた時、一台の車が横に止まり、運転席の窓から男性が顔をのぞかせ、「送っていくよ」と声をかけてくれた。見ず知らずの旅人に手を差し伸べてくれるあたたかさに甘え、車に乗った。

荒涼とした山々を背景に威風堂々とそびえ立つバハラ城塞 ©筆者撮影

 男性は、この地で代々続く陶芸家だった。彼に連れられて窯場を訪ねると、土をこね、器を形作る力強い「職人の手」があった。作られているのは、土産品や食器だけではなく、この地の生活に深く根ざす水瓶や、特産のデーツ(なつめやし)を貯蔵する壺など多岐に渡る。何世代にもわたって繰り返されてきた手法で土に命を吹き込むその手は、歴史そのものを紡いでいるかのようだった。

陶芸の町バハラでは、伝統的な手法で水瓶や壺が作られている ©筆者撮影

 近郊のニズワという町を訪ねると、伝統的な衣装をまとい、ヒツジやヤギなどを連れた人々が、夜明けとともに続々と集まってきた。この地域で古くから続く伝統的な競り市で、シープマーケットというらしい。売り手が連れて歩く家畜を買い手たちが取り囲み、鋭い目利きで次々と声を上げる。数千年前から変わらないであろう、原始的で熱烈な商いの光景がそこにあった。

夜明けとともに熱気に包まれるニズワの伝統的な家畜市 ©筆者撮影

市場に集まる大人たちの中に、子どもたちの姿もチラホラとあった ©筆者撮影

 今回、中東3カ国を旅して見つめたのは、世界遺産だけでなく、土をこね、家畜を追い、祈りを捧げる人々の、途切れることのない営みだった。いずれも、一瞬の憎しみや報復によって踏みにじられてよいはずがない、人々の日常である。それらすべてが、今、砲火にさらされているという現実に、激しい憤りと無力さを禁じ得ない。

 シャッターを押して切り取ったこれらの「瞳」が、どうか失われた過去の記録にならないことを切に願う。あの日出会った少年が、明日もまた同じ場所で誇らしげに笑っていられる世界でありますように。

 

 

執筆者プロフィール

(さんだ・たかひろ)旅フォトグラファー。1975年、奈良県生駒市生まれ。世界遺産撮影をライフワークとし現在までに100 を超える国と地域で420カ所以上の世界遺産を撮影。定期的に全国各地で開催している写真展は100 回を超える。近年は、妻の母国でもあるミャンマーにも毎年通っている。主な著書に「世界三十六景」「生駒の火祭り」がある。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、FUJIFILM X-Photographer。

 

 

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