オーストラリアの安全保障専門家が見るインド太平洋地域の安泰
「破壊の時代」に開かれた第62回ミュンヘン安全保障会議を振り返る

  • 2026/4/2

  ドイツで毎年開催される、国際安全保障政策に関する世界最大規模の会合「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)が2月13日から3日間にわたって開かれ、115以上の国や地域から約60人の首脳級を含む1000人以上が参加しました。
 アメリカの「力による平和」と自国主義の高まりによって世界秩序が大きくゆらぐなか開催された今回の会合では、どのような議論が交わされたのでしょうか。オーストラリア国際問題研究所の最高経営責任者で、インド太平洋地域の安全保障に詳しいブライス・ウェイクフィールド氏への独占インタビューを通じて、ドイツ在住エディターの駒林歩美さんが振り返ります。

 

 アメリカのトランプ大統領が「グリーンランドの武力奪取も辞さない」と発言するなど、NATOによる安全保障体制の存続が疑問視されるなかで開かれた今年のミュンヘン安全保障会議(MSC)は、「国際秩序のUnder Destruction(崩壊中)」をテーマに議論が交わされた。
 NATOと同様、アメリカによる安全保障の傘下にあるインド太平洋地域の防衛についても議論が交わされたが、「アジアの防衛体制は欧州とは違って安泰」との声がしばしば聞かれた。アジア太平洋地域の外交・防衛を専門とするオーストラリア国際問題研究所のブライス・ウェイクフィールド氏も、その一人だ。同氏は、今年1月にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムでカナダのマーク・カーニー首相が「古い秩序は戻らない」と述べ、中堅国(ミドルパワー)の団結を促したことに対し、「日本やオーストラリアなどのインド太平洋地域の同盟国は “中堅国の団結” をすでに積み重ねてきた」と反論する。この地域の安全保障体制をどう見るか、同氏に聞いた。

欧州の多国間協調とアジアのミニラテラルな体制

── 今年の会議では、アメリカの国際政治アナリストであるイアン・ブレマー氏らから、「日本とアメリカの安全保障関係は安泰」だという発言がありました。その背景の一つに、日本と韓国によるアメリカへの投資の約束があると思われますが、国際秩序が崩れ行くなか、インド太平洋地域に対するアメリカの今後の関与についてどう思いますか。

ウェイクフィールド氏  私も基本的には同じ意見だ。ただし、投資そのものというより、インド太平洋との安全保障体制が、アメリカに好まれるためだ。

 トランプ政権はそもそも「統一された欧州」や、NATOという巨大な多国間ブロックを好ましく思っていない。トランプ政権内には、リベラルな欧州をウォーク(Woke)として嫌うイデオロギー派と、リアリストが共存している。イデオロギー派はEUという連合の概念自体を嫌うが、リアリストの目にも、欧州の現在の安全保障体制は「調整不足と冗長性」の極みだと映っている。例えば、欧州27カ国は独自に防衛システムや戦車を製造し、規格も合っていないため、砲兵装備すら共有できない。豊かな経済力を持ち、域内でも武器を作れ、アメリカの武器を買えるにもかかわらず、非効率な防衛体制を温存し、いざとなればアメリカに窮地を救ってもらおうという欧州の姿勢に対し、トランプ政権内のリアリストが強い不満を抱いている。

 それに対し、多国間協調の仕組みを持たないインド太平洋地域の安全保障体制は、アメリカをハブ(中心拠点)とし、同盟関係にある国のスポーク(拠点)が無数に広がる二国間同盟を基本としてきた。この「ハブ・アンド・スポーク」型は多国間同盟のNATOよりも実務的で、アメリカの考え方に合っている。ただし、それも完璧とは言えないため、日本を含む域内の多くの国々が少数の国同士で構成されたミニラテラルな協力体制を構築してきた。イギリスとアメリカ、オーストラリアによる原子力潜水艦などの技術協力や、防衛面で協力する安全保障パートナーシップ「AUKUS」も、その一例だ。ミニラテラリズムとは、具体的な特定の任務達成に力を尽くすことを目指した実務的な協力関係を指す。

 こうしたインド太平洋地域のやり方は、欧州にはあまり理解されていない。だが、欧州も多国間主義に依存し過ぎるのではなく、域内の2、3カ国間で協調するアプローチを進めた方が良いと考えている。

オーストラリア国際問題研究所・最高経営責任者のブライス・ウェイクフィールド氏(写真は本人提供)

──それでも日本では、有事の際にアメリカが本当に行動を起こすのか、不安が高まっています。

ウェイクフィールド氏  日本は中国や北朝鮮と地理的に近いため、オーストラリアに比べ不安が強いのは当然である。独自思考をするトランプ政権の動向は予測しきれない部分もあるが、存続が危惧されているNATOほどには、オーストラリアや日本は懸念する必要がないだろう。その体制がアメリカに好まれるものであるうえ、アメリカが中国を意識し、インド太平洋地域に焦点を向けようとしてきたためだ。ことがある。日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国による戦略的対話枠組み「Quad」で掲げる「自由で開かれたインド太平洋」という思想も、第一次トランプ政権下で受け入れられていた。
 フランスのマクロン大統領は、今回の会議の演説で「欧州は法の支配に合意する共同体だ」と述べ、力強く擁護した。さらに、「より結束を強め、ブロックとしての自立性を高めねばならない」と述べたが、それが現実の方向性となるかは疑問だ。トランプ政権は、欧州もインド太平洋地域のように分断し、それぞれに影響力を行使したいのだと思われる。もっとも、アジアではそれぞれの国が地理的に離れており、NATOのように多国間の安全保障組織を作ることはそもそも不可能だった。

欧米の国々を中心に、世界中の閣僚や専門家が集まったミュンヘン安全保障会議 (c) MSC / Botteccher

アメリカ抜きの連携の広がりも

──石破前首相が、アジア版NATOのような構想を提唱していましたが、実現が想像しにくいものでしたね。

ウェイクフィールド氏 地理的に離れすぎているうえ、脅威に対する認識や考えも異なるため不可能だ。アメリカが1950年代に東南アジア条約機構(SEATO)の創設を試みたが、参加しようとした国は非常に少なく、実現しなかった。

 NATOが結束できている理由の一つは、ヨーロッパが地理的にまとまり、戦略が統一されていることだ。もし、ロシアが戦車をポーランド国境に進駐させれば、それはフランスのパリやボルドーの住民にとっても、即座に安全保障上の脅威となる。

 一方、アジアでは、台湾への攻撃は日本にとって存亡を脅かす事態となるだろうが、オーストラリアにとってはそうではない。台湾への攻撃によって、インド太平洋地域の戦略的な意識が必ずしも統合されるわけではないだろう。

 とはいえ、台湾有事の際に各国が果たすべき役割は重層的に取り決めがなされている。例えば、日本は琉球列島、フィリピンはバシー海峡、シンガポールはマラッカ海峡を防衛することになっている。オーストラリアは、潜水艦を派遣してロンボク海峡とスンダ海峡を防衛するとともに、インド洋をパトロールして中国の海上交通路を遮断する。つまり、統合された司令部がなくても、各国が自国の生存を守るために、必然的にこれらの海峡の防衛に動くのだ。

 これらの海峡を中国に支配させないように平時から開放状態に保ち、有事の際は中国軍を南シナ海と東シナ海に封じ込めてアメリカ軍が介入して撃退するというのが、基本的な戦略である。海上交通路が遮断されると中国は極めてぜい弱だと指摘する専門家は多く、もし実際にそうなった場合、中国が国家としてどれぐらい機能し続けられるかは不透明である。今後、変更される可能性もあるが、この戦略は今なお変わっていない。だからこそ、AUKUSではオーストラリアにアメリカの原子力潜水艦を配備する戦略が取られ、パースやクイーンズランドに原子力潜水艦を整備できる基地を建設しようとしている。

──確かに具体的な取り決めがあって効果がありそうですし、非常に実務的ですね。

ウェイクフィールド氏 欧州諸国は、「われわれはルールに基づく秩序を遵守する」とアピールしたがる。一方、アジアのミニラテラルな枠組みは、少数の参加国が緊密に連携することで実務上の効果を発揮するものが多く、静かに進められることが多い。例えば、日本とアメリカ、オーストラリアの間の防衛協力も、特段、騒ぎ立てたりせず、信頼関係に基づき機能している。

 ミニラテラリズムは、明確に定義された政策成果を得ることに焦点を当てているからこそ、できるだけ少ない参加国で効率的に運営されるべきだ。特に、アメリカとイギリスがオーストラリアの原子力潜水艦の開発と配備を支援するAUKUSのように高度に機密性の高い技術協力の場合、参加国を増やすことはできない。そこでAUKUSは、機密性がそれほど高くないAI技術などを共同研究する2つ目を柱を作り、後から参加したいと表明した国々はそこに加わわることができるようにした。

 近年、インド太平洋地域では広い分野でミニラテラルな取り決めが急増している。例えば、日本はインドネシアなどとの協力を強化し、沿岸警備隊の強化などを支援している。また、一部のASEAN加盟国と海賊対策などで協力する形もある。こうした枠組みが、域内には数百規模で存在する。

 主なミニラテラルな連携はアメリカを中心としたものだが、アメリカを含まないものも増えつつある。たとえば、2007年に「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名し、2022年にこれを更新したオーストラリアと日本の関係は、ほぼ同盟と呼べるほど緊密だ。両国は2025年12月に防衛相会談で防衛協力の枠組みについても合意し、共同訓練、経済安全保障、軍艦の選定などの面でこれまで以上に協力が進展していくと見込まれている。

 かつてはアメリカをハブに多くのスポークが広がっていたが、近年はこのようにスポーク同士でより緊密な連携と調整が進み、統合が進んでいる。

──日本は近年、NATOとの協力を強めています。これによってアメリカへの依存を減らすことができるのでしょうか。

ウェイクフィールド氏 それはまったく現実的ではない。NATOとの協力関係を強めても、日本はアメリカへの依存を減らせないだろう。NATOがインド太平洋地域において大きな役割を果たすことは、まずないからだ。

 仮に、ドイツ艦艇が南シナ海や台湾海峡を航行している時に緊急事態が発生したとしても、艦艇は何もせず帰国するだろう。そのような事態に対処するための補給船も経験も持ち合わせていない。このことは、NATOも明確に認識している。

 とはいえ、「われわれは国際法とルールに基づく秩序を遵守する」という意思を表明するために、EU加盟国は時折、南シナ海や台湾海峡、東シナ海に艦船を派遣しており、「ルールに基づく秩序」の一部として、航行の自由が認められた海峡や公海を航行している。それでも、彼らが有事の際に重要な役割を果たすと考えている者はいない。

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