『LOST LAND/ロストランド』が公開 遠い場所の物語はなぜ私たちに届くのか
映画をつくる、その先へ スクリーンの外へと動き出すロヒンギャの旅路

  • 2026/4/20

 世界の映画祭を巡りながら、観る者の心を静かに、そして確実に揺さぶっている映画が、4月24日より一般公開されます。アジアを舞台に合作映画の制作を続ける藤元明緒監督の最新作『LOST LAND/ロストランド』。少数派イスラム教徒ロヒンギャの人々の証言を基に紡がれたこの映画は、第82回ベネチア国際映画祭をはじめ数々の国際的な舞台で高い評価を受けており、これまでに21カ国・35カ所の映画祭で上映され、9カ国で15の賞に輝きました。さらに、フランス、イタリア、スイス、チェコ、スロバキアなどでの劇場公開も決まっています。

 しかし、この作品が目指すのは、スクリーンの中の成功にとどまりません。映画はどこまで社会に届くのか。その根源的な問いに向き合い続ける藤元明緒監督と渡邉一孝プロデューサーに聞きました。

映画『LOST LAND/ロストランド』のワンシーンより ©2025 E.x.N K.K.

向き合わなかった罪悪感から撮ることを決意

 「いよいよこれから始まるんだなと実感しています。すべての都道府県に彼らの物語が届いてほしいです」――。4月初旬、東京・新宿で行われた特別先行上映後に、かみしめるようにこう語った藤元明緒監督の声は、ところどころ震えていた。映画が描く現実の重さや、その現実を前に込み上げる無力さ、そして、それでもなお「伝えたい」という思い。それらすべてが言葉の端々に滲んでいるようだった。

予告編のナレーションを担当した俳優の河合優実さんとともに先行上映会の舞台に立つ藤元監督(2026年4月7日、都内で筆者撮影)

 『LOST LAND/ロストランド』は、ミャンマーから逃れてバングラデシュの難民キャンプで暮らしていた無国籍の幼い姉弟、ソミーラとシャフィが家族との再会を願い、いくつもの国境を命懸けで越えていく旅路を描いている。総勢200人以上のロヒンギャが出演し、全編にわたってロヒンギャ語で撮られた世界初の長編映画だ。

 日本で生まれ育ったミャンマー人の兄弟が二つの国の間で揺れ動く姿とその家族の物語を描いた『僕の帰る場所』や、ベトナム人技能実習生と日本社会の在り様を描写した『海辺の彼女たち』など、アジアを舞台に合作映画の制作を行う藤元監督が、今回、ロヒンギャを題材に選んだのは、長年、抱えてきた問題意識からだった。

 映画製作のために2013年に初めてミャンマーを訪れ、一時は最大都市ヤンゴンに拠点も構えるなど、一貫して現地と関わり続けてきた藤元監督は、ロヒンギャが直面してきた迫害について、幾度となく耳にしたことがあったという。にもかかわらず、あえて向き合おうとしてこなかったことに対して抱き続けてきた忸怩たる思いを、監督は独占手記でこう明かしている。

「…(前略)…ミャンマーではロヒンギャの話題を口にすること自体がタブー視される風潮があり、私自身、仕事を失うことへの恐れもあって声を上げることができずにいました。身近で異常な出来事が起きているのに見て見ぬふりをしていた罪悪感こそが、『LOST LAND/ロストランド』を撮ろうと決意したきっかけです。…(後略)…」

 

 とはいえ、国籍を持たず、居場所を奪われてきたロヒンギャの現実は、日本ではニュースとして断片的に伝えられることはあっても、実態が広く理解されているとは言い難い。そのため、監督は当初、「ロヒンギャ」の名前を出さず、架空の設定の中に彼らの状況をモチーフとして織り込んだシナリオを準備していたという。しかし、過酷な移動を生き延びて海外にたどり着いた人々や、彼らの支援団体に聞き取りを進めるうちに、正面からロヒンギャを扱おうと決意。ブローカーによる恐喝や暴行、船上の嵐、機銃掃射など人々の実体験を投影しつつ、ゼロからシナリオを書き直した。

映画『LOST LAND/ロストランド』のワンシーンより ©2025 E.x.N K.K.

 それでもこの映画では、彼らがなぜ難民キャンプに住み、なぜ国境を越えようとしているのかという背景情報や、迫害の歴史は、一切、語られない。「子どもの目線で、彼らに寄り添いながら一緒に旅をしてほしい」という監督の思いからだ。その代わりにスクリーンでは、子どもたちが道中、お腹を空かせないようにと甲斐甲斐しく食べ物を荷物に詰める叔母や、将来の夢を語り合う青年たちの明るい笑顔、母との再会にむせび泣く息子、そして、幼い弟を守り続ける強くて優しい姉の愛情が次々と映し出される。特別な誰かではなく、観客と同じように、時に迷いながらも、誰かを思い、希望を胸に日々を生きる人々の普遍的な姿を描いているからこそ、言語や文化の違いを超えて観る者の胸を打つのだろう。

意思と共感を基に製作

 各国の映画祭で受賞が相次いでいる『LOST LAND/ロストランド』は、どのようにして製作されたのか。『僕の帰る場所』以来、藤元監督とタッグを組んでいるプロデューサーの渡邉一孝さんは、「大型映画祭に出品したことで、いわゆる商業映画のような大きな後ろ盾があったのだろうとしばしば言われるが、実際はその逆。資金繰りは常に綱渡り状態で、多くの無理と自助努力を重ねてようやく成立した」と話す。

ベネチア国際映画祭の上映会場は1500人近い人々で埋め尽くされた(2025年9月1日撮影) (藤元監督提供)

 その一方で、チームが出来上がる過程は、ダイナミック、かつ、しなやかだった。日本、フランス、マレーシア、ドイツの4カ国共同製作は藤元作品のなかで最も多いうえ、プロデューサーも、渡邉さんに加え、エグゼクティブプロデューサーや共同プロデューサー、コンサルティング・プロデューサーなど、7人が名前を連ねる。渡邉さんは「まるで“足し算”のようにメンバーが加わっていった」としたうえで、「共同製作というと、とかく出資割合や役割分担ありきのブロック型の体制になりやすいが、今回は“この作品に関わりたい”という意思を持った人々が集まり、有機的にチームが形成された」と振り返る。

 特にユニークな存在感を発揮したのが、ロヒンギャのスジャウディン・カリムディンさん(スジャさん)だ。第三国に帰化して国籍も取得し、移動が可能なスジャさんは、マレーシアの首都クアラルンプールで子どもたちの教育や若者のエンパワメントに力を尽くすコミュニティリーダーで、本作ではキャストたちとの通訳や文化の監修を担うために撮影現場に入っていた。そんなスジャさんを共同プロデューサーに迎えたのは、渡邉さんの発案だったという。

 「ロヒンギャではない自分たちが、なぜこの映画を企画し、何を撮ろうとしているのか、人々に直接伝えられる言葉を持たないことに対してぽっかりと穴が空いているように思えてならなかった」「スジャさんが入ってくれたおかげで、作品の意図を言語化し、ロヒンギャの人々の内部にその思いを共有することができた」と渡邉さんは振り返り、「共感をもとに映画を作れた」と続けた。

「作品」から「出来事」へと変える仕掛け

 一般公開に向けて、新たな挑戦も始まっている。藤元監督が重視するのは、興行収入や動員数の最大化を目指す従来の宣伝活動にとどまらず、社会的な問題に関心を寄せる人々へのアウトリーチだ。映画が持つ社会的なテーマに関連する団体や個人と連携しながら作品を現実の社会課題として提示し、観た人の理解と行動を促すことで制度や価値観の変化を起こすこのアプローチは「インパクト・キャンペーン」と呼ばれ、欧州ではそのための専門職もあるほど社会に根付いている。今年3月のフランスの先行上映では、上映前に支援団体がロヒンギャ問題について詳細に説明。上映後も監督と支援団体が一緒に登壇し、映画に関する質問には藤元監督が、制度や背景に関する質問には支援団体が回答した。

 「日本でも、この映画のメッセージをしっかりと現実社会につなげたい」と意気込む藤元監督は、一般公開によせて、舞台挨拶やイベントなどで当事者のロヒンギャが自らの言葉で語る場を積極的につくろうとしている。たとえば、日本に住む約400人のロヒンギャの多くが群馬県館林市で暮らしていることから、冒頭の新宿に先立ち、県内の高崎市でも先行上映を行った。

多くのロヒンギャが暮らす群馬県内で開かれた先行上映後には、在日ビルマロヒンギャ協会のアウンティン副会長(中央)と写真家の新畑克也さん(右)が登壇し、藤元監督と語り合った(2026年4月5日、高崎市で筆者撮影)

 また、4月中旬には、館林市で暮らすロヒンギャの子どもたちが日本の大学生と共に作品を鑑賞するイベントも開かれた。慶應大学の学生団体S.A.Lのロヒンギャプロジェクトが企画したもの。当日は、日本に暮らすロヒンギャの女性と子どもたちへの教育支援と自立支援を行うハーモニーシスターズネットワーク代表の春成カディージャさんと藤元監督も駆け付けた。

 上映後、円形に並べた椅子に座った日本とロヒンギャの若者たちは、最初こそはにかむ様子を見せていたものの、次第に熱く感想を語り始めた。日本生まれの10代のロヒンギャの若者は、「親が日本に来るまでの話を聞いてもこれまでピンと来ていなかったが、初めて理解できた」「映画に出てくる子守歌のメロディーに聞き覚えがある気がする」などと発言。一方、日本の大学生からは、「登場人物の演技がとても自然で驚いた」「毎日を必死に生きる子どもたちと自分の幼少期の違いに愕然とした。幼い子どもたちが安心して過ごせる世界にするために行動しようと思った」「困難に直面しても “神が助けてくれる”と信じ続ける人々の姿が印象的だった」という声が上がった。

カディージャさんは19歳の時に難民認定を受けた夫の呼び寄せで来日。言語の壁を乗り越えて大学と大学院を修了した。民間企業などでの勤務を経て、現在はロヒンギャの女性と子どもたちへの支援を行っている(2026年4月12日、都内で筆者撮影)

 これを受け、カディージャさんは「最近は自分のルーツを知らない日本生まれの子どもが増えている。上の世代がどんな思いで祖国を離れたのか、この映画で学んでほしい」「第三国にたどり着いても安心して眠れず、教育を受けられない子どもたちは多い。日本で安全に暮らし、学校に通えていることのありがたみを自覚し、自分にできることを考えてほしい」と呼びかけた。また、一人一人の発言にうなずきながら耳を傾けていた藤元監督は、「ロヒンギャの子どもが理解できる映画にするために、主人公の設定を子どもにして、彼らの目から見た旅を描いた。若い皆さんに見てもらえて嬉しい」とほほ笑んだ。

学生たちと語り合う藤元監督(左から2人目)(2026年4月12日、都内で筆者撮影)

 このような対話の場を広げていくために、劇場公開後は教育機関などにDVDを貸し出し、自主上映会との連携も進めることも計画されているという。「映画を“作品”として閉じ込めるのではなく、社会に開かれた“出来事”へと変えていく仕掛けを作りたい」と語る藤元監督を突き動かすのは、国籍も移動の自由もないソミーラとシャフィを一人でも多くの観客とつなぎたいという一念だ。

 チャリティーグッズの販売も、その一環だ。1月から3月には寄付付きのムビチケ前売り券を1500枚販売したほか、映画にちなんだトートバッグとTシャツを製作し、劇場で限定販売する。マンゴーと芽のイラストはソミーラとシャフィがそれぞれ描き、映画の原題であるロヒンギャ語の「ハラ・ワタン」(Harà Watan)の文字はソミーラが書いた。売り上げによる収益は、すべてロヒンギャの子どもたちの教育支援に充てられる。

映画はどこまで社会に届くのか                       

 映画と社会をつなぐという意識を決定付けた出来事がある。藤元監督は今年1月、日本版予告編のナレーションを担当した俳優の河合優実さんとともに、バングラデシュ・コックスバザールにある難民キャンプを訪れた。2017年の武力弾圧を逃れてきた人々を中心に100万人以上が暮らす世界最大規模のこの難民キャンプは、新たに流入する人々が今なお後を絶たない。

 「問題の深刻さを身体で理解する経験だった」という滞在中、藤元監督は難民キャンプで暮らす人々から「映画を見たい」と、声をかけられた。それまでは映画を見ることで、一人一人のつらい記憶や心の傷を呼び起こしてしまうのではないかと懸念していた監督は、この言葉をきっかけに「”自分たちの存在が忘れられていない”と感じてもらうこと自体に意味があるはず」だと考えるようになったという。

映画『LOST LAND/ロストランド』のワンシーンより ©2025 E.x.N K.K.

 周囲の人々の手によって目的地へと運ばれたシャフィは、最後、ソミーラの存在を背負って街を歩く。その瞬間、それまで「遠い国の出来事」として見ていた物語は、観る者の暮らす社会と静かに重なり始める。それは、過酷な旅を生き延びて第三国で暮らす人々と都市の中で出会い、彼らの声をすくい上げて映画を生み出した藤元監督自身のプロセスとも重なる。だからこそ、この映画は劇場の暗闇の中では終わらない。スクリーンの向こうにいたはずのシャフィが、同じ時代を生きる隣人として私たちの前に現れる時、私たちは彼とどう向き合い、どのように関わっていくのか。「置かれている環境のために特別な存在にされているだけで、僕らと変わらない人々だ」と力を込めて語る藤元監督のまなざしは、日本をはじめ各国で強まりつつある移民排斥の動きにも向いている。

 映画は、どこまで社会に届くのか。その答えは、まだ途上だ。それでも、『LOST LAND/ロストランド』が示しているのは、映画がスクリーンの中にとどまらず、人と人をつなぎ、対話を生み出し、現実の見え方を変えていく力を持ち得るということだ。遠い場所の物語は、気付けば観る者の足元へ引き寄せられている。その問いに向き合うことで、映画は社会の中で動き出す。映画の力は、その変化のなかにこそ宿っているのかもしれない。

映画『LOST LAND/ロストランド』本予告|4月24日全国ロードショー

 

【作品情報】
2025年/日本=フランス=マレーシア=ドイツ
脚本・監督・編集: 藤元明緒
出演: ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディンほか
配給: キノフィルムズ
企画・製作: E.x.N
©2025 E.x.N K.K.

※ 2026年4月24日よりヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma新宿、ポレポレ東中野ほか全国公開

 
 
 
 
 
 
筆者プロフィール

(たまがけ・みつえ)国際開発センター(IDCJ)研究員/「ドットワールド」編集長。大学教授だった父の研究室の留学生たちとの交流を通じて世界に関心を抱く。東京大学教育学部卒、同大学院修了。カンボジアに渡って日本大使館や国際協力機構(JICA)で勤務後、国際開発ジャーナル社に入社し、2014年から編集長を務めた。2018年より現職。国内外の事業で意識啓発や広報関連業務に携わる傍ら、「現地から見た世界の姿」をテーマに発信を続けている。趣味はチェロ。

 

 

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