「芸術と自由の沈黙に抗い続ける」アフガニスタンの女性詩人
世界に広がる抵抗の連帯 日本では二冊目の詩集が出版

  • 2024/12/24

 2021年8月にイスラム原理主義勢力タリバンが20年ぶりに復権したアフガニスタンで、表現者や女性への抑圧が一層強まっています。教育を受けることも就労も許されず、服装や移動の自由すら奪われた彼女たちにとって最後の希望だった医療系学校への通学も、2024年12月、ついに門扉が閉ざされました。そんななか、詩作を禁じられた一人の女性詩人が各国の詩人たちとの連帯と絆を深め、沈黙を強いられている祖国の人々の声を詩を通じて伝え続けています。日本ではこのほど2冊目の詩集が出版されました。

恐怖政治のまん延で奪われる権利

 「抑圧されている女性たちの声を広く届け、詩や芸術に沈黙を強いる検閲に抵抗し続けます」「芸術は人々の心で生きており、なんびとたりともその精神を破壊することはできません。芸術は決して屈しません」――。届いたメールに綴られた決意あふれる言葉に圧倒されながら、一年前に初めて彼女に会った時の凛とした声とたたずまい、そして吸い込まれそうな大きな瞳に信念と覚悟をたたえたまなざしを思い出していた。メールを送ってくれた彼女、ソマイア・ラミシュさんは、アフガニスタン出身の詩人だ。生まれ故郷のヘラート州で議員として活動するかたわら、長年にわたり精力的に創作を続けていたが、タリバンの復権を受けて、現在は滞在先のオランダから抗議の声を上げている。

アフガニスタン出身の詩人、ソマイア・ラミシュさんは、故郷を離れた今も精力的に詩を通じた連帯を世界に呼びかけている(オランダで2024年12月1日撮影、本人提供)

 アフガニスタンでは、2001年9月11日に発生した同時多発テロ、いわゆるセプテンバーイレブン後にアメリカが主導してきた「テロとの闘い」や、欧米諸国と日本による民主化支援の下で、女性の社会参画が進展しつつあった。しかし、国の全権を握ったタリバンは、イスラム法の極端な解釈に基づく政策を次々に推進し、市民の自由と権利を再び奪っている。拷問や公開処刑の復活、人権活動家やメディアの弾圧などの恐怖政治もまん延し、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)の報告によれば、これまでに記者やメディア関係者ら336人が逮捕や拘束などの人権侵害を受けたほか、明らかになっているだけで拷問が130件、脅迫が75件あったという。

 女性たちの状況は、特に深刻だ。教育は小学校までしか受けることを許されず、ブルカと呼ばれる布で全身と顔を覆ったうえで男性近親者に付き添われなければ外出すらできない。就業の機会はなくなり、公共の場で歌ったり大きな声で話したりすることも禁じられた。「アフガニスタンの女性たちはすべての自由と基本的な人権をはく奪され、人生で最も暗く困難な時期を耐え忍んでいます」と、ソマイアさんは言う。

呼びかけに応えた日本の詩人たち

 日増しに抑圧が強まる祖国の窮状を伝えようと、亡命先のオランダでウェブサイト「バームダード(夜明け) 囚われと亡命詩人の家」を立ち上げて発信を続けていたソマイアさん。その存在を世界に知らしめたのは、タリバンが2023年1月に詩作禁止令を出した直後に彼女がSNSにアップしたある投稿だった。

 「世界の詩人たちへ」と呼びかけた後、詩作の禁止に抗議する詩をバームダードに送ってほしいと訴えたその投稿は大きな反響を呼び、カナダやベルギー、インド、ナイジェリアなど、国や地域を超えて表現の自由を求める詩が2カ月足らずで100編以上、寄せられた。ソマイアさんはこれを「運動」と呼び、「寄せられた詩はどれも深く、感動的で力強く、読み返すたびに感謝がこみ上げてきて涙があふれます。人はどんなに遠く離れていても連帯し、理解し合えるのだと感じます」と話す。

 この「運動」は、日本の詩人たちも加わって新たな局面を迎えることになる。日本で旗振り役となった北海道旭川市の詩人、柴田望さんは、国内各地から36編の詩を集めると、海外作品の中から日本語に翻訳した21編とともに、詩集『詩の檻はない―アフガニスタンにおける検閲と芸術の弾圧に対する詩的抗議—』(デザインエッグ社)を刊行した。おりしも、アフガニスタンの首都カブールが陥落して2年目にあたる2023年8月15日のことだった。 

詩の朗読と講演のイベントに登壇した柴田望さん (谷川俊太郎氏公認「俊カフェ」で2023年12月8日撮影、柴田さん提供)

 さらに、その年の12月には、『詩の檻はない』に詩を寄せた日本の詩人たちの招きを受けて、ソマイアさんが来日する。自作の詩を声に出して読み上げる「ポエトリーリーディング」のパフォーマンスを競うスラム(大会)の普及に努める一般社団法人「KOTOBA Slam Japan」の尽力で実現した。滞在中、ソマイアさんはイベントに特別参加し、自作の詩「世界のどの地域も夜」をペルシャ語で吟じたほか、対話イベントにも登壇し、日本の詩人たちと交流を深めた。

日本滞在中、KOTOBA Slam Japanのイベントで詩集『詩の檻はない』を手に自作の詩をペルシャ語で吟じるソマイアさん(2023年12月16日、東京都内で筆者撮影)

 柴田さんによれば、『詩の檻はない』は詩集としては異例の400冊を売り上げ、印税の約6万円は、オンラインの決済システムを通じてバームダードに寄付されたという。2024年11月には第27回日本自費出版文化賞に入選し、第2版の出版にもこぎ着けた。

『詩の檻はない』は2024年11月、第27回日本自費出版文化賞に入選した(柴田さん提供)

 時を同じくして2024年11月、新たに『ソマイア・ラミシュ詩集 私の血管を貫きめぐる、地政学という狂気 madness of geography in my veins』(デザインエッグ社)が出版された。ソマイアさんがアフガニスタンを出た後、亡命生活中に書き溜めてきた詩が20編、収録された詩集だ。どの詩も無国籍の痛みや女性への抑圧を詠んだもので、ソマイアさん自身の経験も織り交ぜられているという。

2024年11月には、国内で二冊目となる『ソマイア・ラミシュ詩集』も出版された

垣根を超える普遍的なメッセージ
 ソマイアさんは、「バームダードの運動を通じて生まれた日本の詩人たちとの連帯と絆が広がり、2冊の詩集が日本で出版されたことに深い喜びと言い表せない感動を覚えています」としたうえで、「アフガニスタンの人々が忘れ去られ、世界の政治家たちがその声を聞こうとしない今、この文化的で文学的なつながりは、人道的にも歴史的にも重要です」「アフガニスタンの検閲と抑圧に日本の詩人の皆さんが抗議し続けていることに対し、今、苦難の中にあるすべてのアフガニスタンの人々に代わって心から感謝します」と言う。

 一方、柴田さんは、当初は「よその国の政治的な話に口を挟むべきではない」「芸術は政治と距離を置くべきだ」と慎重だった日本の詩壇が変わりつつあるのを感じている。日本語で詩を書き、日本語で朗読する日本の詩人にとって、海外との接点はこれまで多くなかった。しかし最近は、詩人や詩の愛好者向けに発行されている月刊誌や会報でソマイアさんとの連帯の様子が大きく扱われることが増え、柴田さんが詩の集まりに出向くと、「アフガニスタンの活動をしている方ですよね」「記事を見ましたよ」と声をかけられるようになったという。

日本で旗振り役としてソマイアさんとの連帯の先頭に立つ柴田さん(右)。 左は『ソマイア・ラミシュ詩集』の表紙のデザインを手掛けた日野あかねさん (三浦綾子記念文学館で2023年9月16日撮影、柴田さん提供)

 その理由について柴田さんは、『詩の檻はない』で流派を超えた詩人たちの参加が実現したために認知度が上がっているのではないかと考えている。日本では、一言で“詩”と言っても書き方から表現に対する考え方、活動方法までさまざまで、詩人たちは普段、流派ごとに分かれて活動しているという。『詩の檻はない』は、そんな詩人たちが流派を超えて詩を寄せる機会になったというのだ。「表現の自由を訴えるソマイアさんの呼びかけは、それだけ誰にとっても普遍的なメッセージでだからこそ、あらゆる垣根を超えて人々に届くのだと思います」と、柴田さんは振り返る。

「想いが込められた言葉が持つ力」

 詩集を出版する動きは、海外でも活発化している。詩集『詩の檻はない』は、日本語で出版された後、ほどなくしてフランス語でも出版され、オランダ語もそれに続いた。イタリア語も準備が進められているという。2024年初頭には、『詩の檻はない』に詩を寄せた各国の詩人たちがオンライン上でそれぞれの詩を吟じるイベントがフランスのペンクラブの主導で開かれ、日本の詩人たちも参加した。一方、2冊目の『ソマイア・ラミシュ詩集』も、収められている詩の一部はすでにオランダ語で出版されているうえ、フランス語への翻訳も進められており、近々、ベルギーでも出版が予定されているという。世界の詩人たちの交流が国境と言葉の壁を超えて加速し、連帯が深まっている。

日本の詩人たちが出版した2冊の詩集を手に微笑むソマイアさん(2024年12月24日撮影、本人提供)

 世代を超えてペルシャ詩の文化が受け継がれてきたアフガニスタンでは、冬の長い夜の家族との団らんでも、子どもを寝かしつける時にも、結婚式の祝いの席でも、人々が詩を吟じるという。ソマイアさんは「あらゆる場面において、詩は人々とともにありました」とアフガニスタンの生活を懐かしみ、「詩はより良い生活を飾る絵であり、美を創造し、人々の願いを伝え、苦しみや抗議などの感情を代弁し、物事を変える力を持っているのです」と続ける。

 
 
 
 
 
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 そんなソマイアさんは最近、詩人たちとの連帯の輪をさらに広げるために活動の幅を広げている。2024年11月下旬には、アフガニスタン女性へのジェンダー・アパルトヘイトに対する抗議集会をオランダで開き、詩や音楽を通じて声を上げたほか、12月には北欧スウェーデンで開かれた国際的な詩のフェスティバルにも参加した。また、オランダの議員たちとも面談し、協力を働きかけているという。「私たちはタリバンに殺されることよりも、声を上げられなくなることを恐れています」「私たちにはこれ以上、失うものはありません」という言葉通り、一途に行動し続けるソマイアさん。その姿に、柴田さんは「権力や暴力による闘いに比べ、詩を通じて文学的に抵抗することは、言うなれば不寛容さに寛容さで対峙するようなもの。一見、無力なように思えますが、想いが込められた言葉の持つ力がいかに大きいか、思い知らされました」と話す。今後、アフガニスタンの少女たちの詩集を出版する計画もあるという。

来日中に日本の詩人たちとの対話イベントに登壇したソマイアさん (東京都内で2023年12月19日撮影、柴田さん提供)

 柴田さんが日本の詩壇の変化を通じて感じている通り、普遍的な訴えにはあらゆる垣根を超える力がある。ひとたび世界に目を向けると、アフガニスタンのみならず、クーデターを起こした軍による市民への弾圧が続くミャンマーをはじめ、香港や台湾への締め付けを強める中国、総選挙のたびに対抗勢力が排除されてメディアの弾圧が進むカンボジアなど、世界各地で表現の自由が脅かされている。普遍的な権利と価値を求める切実な訴えに耳を傾け、それを脅かすものに全力で抗う力強さを、世界の詩人たちの連帯は教えてくれる。

 「犯罪を前にして沈黙することは、犯罪を認めることと同じ」というソマイアさんの言葉は、暴力や沈黙を強いられている人々に対して無関心を貫いていて良いのか、真の自由とは何か、世界に対してまっすぐに問いかけている。はたして私たちはその問いに対して迷いなく答えることができるだろうか。

 

 

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