トランプ関税に震える世界 台湾がとった生存戦略とは
中台統一か米陣営参画か 二者択一を迫られた頼清徳政権の決断を読む

  • 2025/4/11

 トランプ米大統領が打ち出す相互関税、いわゆる「トランプ関税」が世界を震撼させている。4月9日に発動すると言ったかと思えば、その翌日には、中国をのぞいて発動を90日間延期し、関税率は一律10%にするとした。トランプ大統領の高関税政策は全方位に向けられたかに見えたが、そのターゲットは中国だろう。中国だけが、報復関税をかけたことへの報復としてさらに関税率が引き上げられ、125%の関税がかけられた。

  報復関税については、3月4日に25%の関税を発動されたカナダのカーニー首相が4月3日、限定的な報復措置を発表。ロイターの報道によれば、「米政府は自国民への潜在的な損害を考慮し、方針を転換すべき」だと強調したうえで、「米国がグローバル経済のリーダーシップを担い、信頼と相互尊重に基づく同盟を築き、商品とサービスの自由で開かれた取引を擁護してきた80年間は終わった。これは悲劇だ」と発言したという。相互関税率を20%とされたEUも、一部の米国製品に25%の報復関税を課すと言い、同盟国も反感を隠さなかった。相互関税率24%を告げられた日本は、当面、報復関税を検討していないという立場をとったものの、納得を示したわけではない。一応、相互関税の発動は延期されたが、世界はトランプに翻弄されっぱなしで、対応にとまどっている。

 こうしたなか、注目すべきなのは、台湾のいちはやい決断だ。

トランプ米大統領が台湾に32%の関税を課すと発表したことを受け、関係省庁のトップを率いて記者会見を開いた卓栄泰首相(前列中央)(2025年4月4日撮影)© 行政院 / wikimediacommons

いちはやく打ち出された5つの対応戦略

 台湾に告げられた相互関税率は、32%だ。トランプ大統領が4月2日に相互関税政策の国ごとの関税率を公表すると、台湾の頼清徳総統は6日、トランプ関税への対応策として、約8分にわたり自身の言葉で五つの戦略について説明するビデオを公開。台湾は米国に対していかなる報復関税措置も取らず、交渉によって米台ゼロ関税協定、つまり自由貿易協定を勝ち取るという方針を打ち出した。
 中華民国台湾は、1971年に国連を脱退した後、国際社会の孤児として、国連機関に参与できないまま、それでも民主主義の政治体制を確立し、グローバルサプライチェーンの中で欠くことのできない半導体のファウンドリー大企業を成長させ、中国の軍事的な脅威にさらされながらも、時に中国の奇跡の高度経済成長の恩恵も受けながら、独立主権国家としての体を失わず生き延び続けてきた。弱き小国の智慧と国際社会に対する敏感なアンテナと決断力を駆使してきた成果であり、その生存戦略は注目に値する。

 今回、頼清徳政権が打ち出したトランプ関税への対応戦略は、主に以下の5点だ。

(1)いかなる報復関税も取らず、米国との交渉によって相互関税を改善する。このために専門交渉チームを作り、2020年7月に発効した米国・メキシコ・カナダの自由貿易協定(USMCA)を参考に、ゆくゆくは相互ゼロ関税の協定の締結を目指す。同時に、貿易赤字の解消に向け、農産物や工業製品、石油、天然ガス製品、そして国防軍事製品などの購入を拡大する計画を打ち出した米国に対し、台湾企業による対米投資の拡大を政府として後押しすると同時に、台湾への投資拡大を米国側に求める。具体的には、台湾セミコンダクタ―(TSMC)の対米投資拡大を後押しするとともに、電子、通信、石油化学・天然ガスなどの分野で米台産業協力を深化し、米台経済の黄金時代を築く。

(2)トランプ関税によって不利益を被る伝統産業や、中小企業のマイクロビジネスに政府として支援・助成を行い、産業のイノベーションを推進する。

(3)中長期的な経済開発計画を打ち出し、台湾産業環境を改善する。また、台湾政府は盟友国家と積極的に協力し、多極的市場を開拓するとともに、上流から中流、下流まで産業チェーンの統合を強化し、産業のハイレベル化を推進する。

(4)米国を加えた「台湾プラスワン」の産業の新たなサプライチェーンのレイアウトを打ち出し、米国企業が台湾に足場をおきながら、世界の調達網や販売網を転換できるようにする。台湾政治を安定させ、台湾と米国の産業協力を強化することで、台湾企業が米国市場に参入する際の足掛かりとする。

(5)各産業界に対し、行政院長をトップとしたチームが聞き取り調査を行い、トランプ関税の影響をきちんと分析するとともに、問題解決が図れるように政策を調整する。

 

真意は米国を中心とした国際枠組みの再構築

 これら5つの戦略の狙いは、「台湾として米国を選択する」という決意を米国と世界に知らしめることにあると言えよう。つまり、頼清徳総統は、トランプ関税の真の意図は国際社会の枠組みの再構築に向けたアクションであり、中国を排除した新しいサプライチェーンの構築だと判断したのではないか。

 世界に対して全方位的に国家別に高関税をかけるトランプ関税は、一見、日本やカナダなどの同盟国に対しても容赦ないように見えるものの、真の狙いが中国に対する封じ込めであることが透けて見える。

 中国に対する関税率は34%である。中国以上に高い関税率を発表された国も多々あるもが、中国の場合、すでにアメリカで大きな社会問題になっているフェンタニル問題、すなわち人工的に作られた強力な鎮痛薬(合成オピオイド)の違法取引に対し、懲罰的な関税20%が発動されているうえ、それ以前にも10%の関税がかけられている。中国はすぐに対米報復関税34%を発表したが、トランプはこれに対してさらに50%の追加関税を課すと発言。最終的には、他国への関税は回避されたのに対し、4月9日に実際に課せられた追加関税は、中国だけが累計125%になった。

 また、トランプ大統領は、不法移民犯罪に対する懲罰として、ベネズエラの石油を輸入する国に25%の関税をかけるとしていたが、これも、実のところは中国をターゲットにしたものと見られる。ベネズエラ産の石油を最も多く輸入しているのは中国であるからだ。

 さらに、カンボジアやタイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、ブラジルなどは、中国より高い関税率が発表されたが、これらの国々は、いずれも1期目のトランプ政権で勃発した貿易戦争を受けて中国の製造業が関税を回避するために多くの工場を移転しているため、事実上、中国製造業に課せられた関税だという見方もできる。

「アメリカを再び裕福にする」イベントで関税計画に関する大統領令に署名したことを発表するトランプ米大統領(2025年4月2日撮影)© The White House / wikimediacommons

 つまり、トランプ大統領の真意は、最初から、米ドル基軸経済から中国を排除することにあり、その先には、国際社会の再構築を見据えている。一般的に、トランプ関税はトランプ政権下で大統領経済諮問委員会の委員長を務めるスティーブン・ミラン氏が提言する新たな多国間通貨合意の枠組み「マール・ア・ラーゴ合意」を実現するためのものだと言われている。米国に製造業と雇用を戻すとともに、米国が他国からの借り入れで構築してきた「安全保障の傘」を、「傘」の中の国々にも負担させることを目的とした合意だ。

 トランプがこの考えに傾倒した背景には、第二次大戦後、圧倒的な軍事力と経済力によって一極体制を築いてきた米国がグローバル化を推進した結果、米ドル準備通貨と自由貿易システムの恩恵を受けて中国などが台頭し、米国の安全保障上の脅威となってきたことが挙げられるだろう。このシステムに限界が来たと判断したトランプ大統領は、新しい国際社会・経済の枠組みを構築したいと考えた。「マール・ア・ラーゴ同意」とはすなわち、米ドルを準備通貨として利用し恩恵を受ける国には相応の負担を引き受けてもらい、米政府にドル安調整に協力するという枠組みだ。同様に、米国から軍事的な庇護を受ける国にも、相応の軍事費を負担してもらう。そうした新たなルールのもとで、米国を中心とした国際社会の枠組みを再構築し、「米国の敵」を排除するというのがトランプ大統領の真の目標なのである。

 対中政策と生存戦略の歴史的な転換点

 他方、そうした目的を達成するために高い関税をかけるという政策は、米国のみならず世界経済のボリュームを圧縮することになる。そういう意味では経済は悪化するだろう。度が過ぎれば、世界恐慌につながるかもしれない。また、敵と味方の陣営を区別し、世界のブロック化を進めた末に世界大戦を招いたという歴史もある。

 そうしたリスクを承知しながらも、既存のグローバリズムのシステムの矛盾がいよいよ顕在化するなか、「100年に一度」の大規模な変局期を迎えて新たな秩序とシステムを模索しなければならない。そして、最終的には、米国か中国か、という選択に迫られるのだ。

 こうしたなか、いちはやい決断を下した台湾の頼清徳政権は、今回のトランプ関税の真の目的を国際社会の再構築に向けた動きだととらえたうえで、米国圏と中国圏のどちらを選択するかという「踏み絵」と受け止めたのだと筆者は見ている。トランプ大統領は、相互関税リストを発表する際、台湾をあえて国扱いしていた。このシグナルを頼清徳総統は見逃さなかった。

 頼清徳総統は、3月13日に召集した国家安全保障ハイレベル会議で、中国を国外敵対勢力だと定義した。具体的には、中国を「台湾の主権に対する脅威」、「台湾国軍に対する浸透・スパイ活動の脅威」、「台湾の国家のアイデンティティを混乱させる脅威」、「両岸交流を口実に台湾社会に浸透する統一戦線工作の脅威」、そして「融合発展を口実に台湾のビジネスマンや若者を引きつける脅威」という5つの側面から台湾にとって敵性国家だと位置付けた。そのうえで、これらの脅威に対抗すべく、軍事法廷の復活や中国パスポート保持者が台湾に入国・移住する際の審査と管理の厳格化など、17項目もの対応策と戦略を打ち出した。

台湾東部の台東県にある台湾空軍の軍事基地を視察し、米国製F-16V戦闘機のブリーフィングに耳を傾ける頼清徳総統(右)(2025年1月21日撮影)(c) AP/アフロ

 これは、台湾の対中政策と生存戦略の歴史的な転換点だと筆者は考える。台湾はこれまで米国と中国双方の顔色を見ながら慎重にバランスを取り、経済や安全保障、国際環境の文脈から立ち位置を模索し、生き延びてきた。だが、今回は中国との敵対関係を鮮明にしたうえで、米国陣営のメンバーになるという立場を決断した。それはすなわち、台湾が中国の一部でもなければ中華でもなく、インド太平洋上の一つの自由な民主主義の主権国家だと打ち出したということになる。中台統一か、米国の同盟国になるか、どちらかを選べと言われれば、米国の同盟国になることを選びたい、という意志表示である。

 台湾のこうした対中戦略の大転換とトランプ関税への対応策を併せて考えると、頼清徳総統は、米国にトランプ政権が誕生したことにより、世界が最終的に米中新冷戦構造と言うべきツーブロックかそれ以上に分断されると見ていることが分かる。そして頼氏は、米国陣営に入ることを選択することで、今後の国際秩序の再構築プロセスの中で、1971年以来、失われていた国家としての正式な認知を再び獲得していくことを決断したのだろう。台湾が米国経済との融合を深めることで、これまで香港が果たしてきた国際投資・貿易・金融面でのハブとしての役割や、新たに構築された中国抜きのサプライ・産業チェーンで中心的な役割を模索していくものと思われる。

 もちろん、これは頼清徳氏率いる民進党政権の決断であり、野党国民党をはじめ、有権者の中にも反対者は多い。強い中華意識をもち、米国の傲慢さに懐疑を深め、米国市場を失う代わりに中国市場で生き抜く方法を考えるべきだと主張する政治家やエコノミストも少なくない。どちらの決断が正しいか、現段階では分からない。そもそも、トランプ政権が短命で終わる可能性もあろう。

 だが、台湾の頼清徳政権のこの決断は、日本にとって一つの大きな参考になる。同じインド太平洋上の小さな島国であり、民主主義や、自由と人権が守られた世界の存続を望み、中国から安全保障上の脅威にさらされている台湾の選択が、間違いでなかったことを証明するためにも、日本も動くべきではないだろうか。

 

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