ペトロ人民元構想で資源チェーンの再構築を目論む中国
基軸通貨化を実現し、国際社会の新たなルールメーカーになるという野望は実現するか
- 2026/5/5
アメリカとイランの戦争終結に向けた協議が停滞しています。アメリカのトランプ大統領は5月1日、イランが提示した新たな案に「満足していない」と述べ、合意できないとの意思を表明しました。
こうしたなか、イランがホルムズ海峡をめぐって通行を中国船籍に限定し、人民元建て決済を掲げたことで世界に衝撃が走っています。今回の人民元シフトによるインパクトについて、中国に詳しいジャーナリストの福島香織さんが情勢を読み解きました。
最近、中国メディアが比較的やかましく喧伝しているのが「ペトロ・ユエン」、つまり、ペトロドルに対抗する概念としてのペトロ人民元だ。アメリカとイスラエルのイラン攻撃から始まった戦争の先行きが不透明ななか、この戦争の決着のつき方によっては、中東の石油が人民元で決済される時代がくるかもしれないという期待が、中国の習近平体制界隈で盛り上がっている。産油国が大量の人民元を保有するようになれば、かつて1970年代に米ドルが唯一の基軸通貨となってアメリカ一極体制の国際秩序が構築された道筋と同じように、人民元が基軸通貨となり、中国がアメリカに取って代わって国際社会の新たなルールメーカーになる、というわけだ。しかし、そんな中国の思惑どおりにことは運ぶのだろうか。
脱ドル化が広がる一方で高値を記録する人民元相場
中国メディア『21財経』は、4月23日付で「中東の地政学的衝突が不透明な一方、人民元が上昇している。これは世界の金融秩序の重大な再構築のプロセスではないか」としたうえで、「世界の注目が中東情勢に集まり世界的な資金のリスク回避姿勢が強まるなか、本来なら米ドル高が進むはずだったにもかかわらず、人民元が不可解な独自の動きを見せている。4月7日からオンショアとオフショアの人民元相場はどちらも急速に上昇し、ともに6.83を突破して1年余ぶりに高値を記録した」と伝えている。
また、その理由として、中国経済の構造的な強みが人民元相場の堅調さを支える安定の基盤となりつつあることを挙げ、次のように述べる。
「中国の貿易総額を見ると、第一四半期の貨物貿易の輸出入総額が初めて11兆元の壁を突破した。これは何を意味するのか。…(中略)…中国は、以前はシャツや靴下の製造で外貨を稼いでいたが、いまや主力製品が“新三様”、つまり新エネルギー車、太陽光パネル、リチウム電池へと変化している。現在、世界で販売される新エネルギー車の10台のうち6台は中国製であり、太陽光分野のシェアは8割に達している。中国製品が価格の決定権を握り始めたことで、人民元の国際的な信用は強固なものとなった」
そのうえで、人民元相場の強含みを支える基盤として中国のマクロ経済の底堅さを挙げ、為替相場が安定するかどうかは国内経済の強さに左右されると指摘する。
「2026年の第一四半期の経済成長率は5.0%となり、生産者物価指数(PPI)は41カ月間続いたマイナス成長を経て、初めてプラスに転じた。このような高成長・低インフレという組み合わせは、世界の主要経済国において極めて稀であり、注目される。中国経済の好調ぶりが際立っている以上、人民元相場には当然ながら下支えがある。」
「米ドル資産が安全性の面で魅力が低下しているうえ、脱ドル化の潮流が世界に広がっていることが、今回の人民元高の外的要因である。…(中略)…それに対し、3月に中東から中国に輸出された原油の決済は、人民元建ての割合が41%に達し、史上初めてユーロ建てを上回った。4年前には5%にも満たなかったことを鑑みると、著しい伸びだ。
世界の投資家は、ある事実に気付きつつある。すなわち、米ドルは万能ではないということだ。人民元を用いてコモディティ決済を行えば、米ドルリスクを回避できるだけでなく、中国との経済貿易関係が深まり、一石二鳥だ。かつてはペトロドルが主流だったが、今やペトロ人民元が概念レベルから現実レベルへと移行しつつある。今後、人民元は国際的なコモディティの価格決定権でもさらなる飛躍を遂げるだろう。」
積み荷と通行料の人民元決済を要求したイラン
この解説が正しいかプロパガンダであるかはさておき、アメリカとイランの戦争が資源地政学上の大事件であり、イランと中国が一帯一路を利用して新たな経済安全保障圏をつくり、資源チェーンを再構築しようと目論んでいることは間違いない。
実際、中国人民銀行は対ドルで3年ぶりの高値にある。中国人民銀行(中央銀行)は3月27日、外国為替市場での人民元取引の基準値となる「中間値」を1ドル=6.8579元にすると発表。前営業日の基準値(6.8674元)から 0.0095元程度の元高・ドル安水準となった。
また、中国経済が原油価格上昇の影響を比較的受けにくい構造をしているのは確かだ。電力生産の内訳(2025年)を見ると、6割が化石燃料による火力発電、4割が再生エネルギーと原子力発電となっている。火力発電の主な資源は石炭で、石炭の国内調達率は95%を超える。
さらに、報道によれば、イランは中国船籍と中国荷主の船舶がホルムズ海峡を航行する場合は攻撃しないことを発表するとともに、第三国が通過する場合には積み荷(石油)を人民元で決済し、通行料も人民元で支払うことを要求したという。

米海軍の誘導ミサイル駆逐艦2隻が作戦を展開するなか、ホルムズ海峡の機雷掃海に向けた準備を開始したアメリカ中央軍(CENTCOM)の部隊(4月11日撮影)© United States Navy / Wikimedia commons
アメリカがホルムズ海峡の逆封鎖作戦に出たのは、こうしたイランと中国の目論見を封じることが目的だろう。しかし、このアメリカの作戦は終戦協議への道のりを遠のかせたと見られている。さらに、ホルムズ海峡の封鎖が長期化することで喜望峰周りにう回する航路が増えるとの見通しがあることからタンカー需要が増え、納期が早く安価な中国造船業への発注が相次ぐなど、回り回って中国経済が恩恵を受けているとの指摘もある。
ちなみに、中国の石油備蓄量は公開されていないが、140~180日分(12~14億バレル)と推計され、量だけで言うと世界最大規模の備蓄を有している。
ホルムズ海峡の封鎖で危機にさらされたペトロドル体制
ペトロ人民元台頭説を最初に指摘したのは、おそらくドイツ銀行のステラジスト、マリカ・サチデヴァ氏が3月24日に発表したリポートであろう。
現行のドル基軸体制は、1974年にサウジアラビアが石油価格をドルで支払うことに合意したことによって始まった。この時、石油のみならず、タンカーによる輸送や精製、石油製品の製造にいたるまでドルによる投資が行われたためグローバル・バリューチェーンはドル化し、世界の黒字も当然ながらドルで蓄積され、アメリカの安全保障が担保される形になった。
だが、今回の戦争でホルムズ海峡が封鎖され、中東の石油がアジア方面に輸出することが難しくなった時、このペトロドル体制の根幹が危機にさらされた。アメリカから敵視され、制裁を受けていたロシアやイランの石油は、もとより人民元で決済されて中国に売られていたうえ、中東の石油までドル決済圏のアジアには売れなくなったからだ。
しかも、石油価格のドル決済が始まったサウジアラビアによる74年合意は、2024年に解除されたとも言われている。実際、サウジアラビアはこの1年、複数の中央銀行デジタル通貨を用いた国境を越えたリアルタイムの支払いを可能にするために開発されたプラットフォームで「mBridgeプロジェクト」のような、米ドル以外の決済インフラの活用を試みている。
イランはアメリカの安全保障傘下にある湾岸地域のインフラを攻撃しているが、湾岸諸国の経済が打撃を受けることで、主に米ドルで保有されている外貨準備高が減少する可能性もある。また、トランプが持ち前の傲慢さで、戦争の損害を被った湾岸諸国への保障や支援を軽んじると、たとえ戦争が終わっても中東石油と米ドルの関係は修復できないかもしれない。
リポートは、「もし世界が石油・天然ガス取引への依存から脱却し、国内産の燃料や再生可能エネルギー、原子力など、より強靭なエネルギー源へと移行し始めた場合、ペトロドル体制はより大きなリスクに直面する可能性がある」と、指摘する。原発や再生エネルギーなどによって、国防やエネルギー面における世界の自給自足が進めば、米ドル準備高が減少するからだ。
米中新冷戦時代の到来か
筆者の懸念をもう一点、指摘するなら、石油に限らずレアアースなどでも人民元の基軸通貨化が推し進められる可能性が否定できないということだ。今や、世界の原発推進国のなかで最大の原発輸出国は中国であり、太陽光や風力発電に不可欠なリチウム電池など、再生エネルギー設備の製造で肝となる戦略鉱物資源やレアアース、レアメタルなどのサプライ製造のバリューチェーンを握っているのは、目下、中国であるからだ。
トランプ大統領の狙いは、中東を混乱させることによって日本や韓国などアジア諸国を中東へのエネルギー資源依存から脱却させることにあるのではないか、との見方がある。アメリカから石油や天然ガスをドル建てで購入させることによってペトロドル体制やドル基軸体制を再構築することが彼の真の戦略だという説である。だが、そうなれば中東石油は中国しか売り先がなくなり、中東は、いわゆる一帯一路圏という中国資源サプライ製造バリューチェーンに組み込まれていく流れになるかもしれない。そうなると、世界が日韓アジア諸国のペトロドル体制と、中東・中央・南アジアのペトロ人民元体制という米中新冷戦構造に分かれるという事態もあり得ない話ではないだろう。
とはいえ、こうしたポジティブな背景を差し引くと、人民元にはマイナスになる決定的な欠点がある。それは、人民元が自由な兌換通貨ではなく厳格な管理変動相場制であり、当局による頻繁な為替介入が行われているという点だ。本土の市場における資本移動も、厳しく制限されており、自分の通帳から5万元を出入金するだけでも、煩雑な手続きが必要だ。
中国は2015年、人民元の国際化を目指して人民元決済システムCIPSを創ったが、送金情報の伝達面では、依然として国際送金や金融取引を行うためのネットワークシステムであるアメリカの国際銀行間通信協会(SWIFT)に依存している。世界全体で見れば、人民元の外為取引シェアは、2022年に8位から5位に浮上した後、2025年も5位(4.2%)のままである。また、外貨準備の通貨別シェアを見ると、2021年が5位でピークだったが、その後はシェアを減らし、2025年は7位に下落した。ロシアがウクライナに戦争を仕掛けた制裁を受けて2022年一時的に若干、人民元の決済が増えた程度である。仮にロシアが今年2月に報じられた通りドル決済への復帰を検討しているならば、人民元決済のシェアは再び落ちることになる。
もっとも、アメリカやドルに対する不信感が世界中で高まっていることは確かであり、決済通貨の多様化は進む傾向にある。かつて、二度の世界大戦をきっかけに英ポンドから米ドルへの基軸通貨の交代が進んだように、米ドルの覇権も永遠ではないだろう。ペトロ人民元の概念が実体化するまでには、中国の体制変化を含め、世界史的な事件がいくつかあるはずだ。その変化を座して待つのではなく、日本や円がどうあるべきかを考えることが重要だろう。
(ふくしま・かおり)1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。上海復旦大学での語学留学を経て、香港支局長、中国総局(北京)総局員で中華圏取材に従事。2009年に退職し、フリージャーナリストとして中華圏取材を継続している。主な近著に『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所)、『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス)、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』(徳間書店)など。メルマガ「福島香織の中国趣聞」(https://foomii.com/00146)















