ポル・ポト派を裁くカンボジアの特別法廷、16年の審理に幕
真実と正義を求め、若い世代が虐殺の歴史を学んだ場の意味を地元紙が解説

  • 2022/10/10

 1970年代にカンボジアを支配したポル・ポト派政権の元幹部らを裁く特別法廷は、9月22日、キュー・サムファン元国家幹部会議長(91)の上級審を開き、一審の終身刑を支持する判決を言い渡した。2006年に設置された特別法廷の判決は、これが最後となった。

 この日、判決を言い渡されたキュー・サムファン被告は、これまでに起訴された5人のポル・ポト派元幹部のうち、生存する唯一の被告である。被告が全員高齢であることから、特別法廷は開設当初より「時間との闘い」と言われていたが、まさに「時間切れ」の様相を呈した。

カンボジア裁判所特別法廷(ECCC)で上級審判決の宣告を受けるキーオ・サムファン被告 (c) カンボジア特別法廷提供

人権侵害をしている世界の政治指導者たちへの警告にも

  ポル・ポト派特別法廷はカンボジアの国内法によって設置されたが、国連が共催することによって、判事や検察官、弁護士をいずれもカンボジア人と外国人の混合チームとする、世界でも珍しい「ハイブリッド法廷」となった。また、当時、戦争犯罪などは国外で裁かれることが多かったが、特別法廷はプノンペンの郊外で開かれた。公開された裁判には、連日、カンボジア国民が傍聴に訪れ、ポル・ポト時代を知らない若い世代にとってはカンボジアの現代史を学ぶ場となっていた。

 これまでに裁かれたのは、S21と呼ばれたプノンペン市内にある政治犯収容所のカン・ケック・イウ元所長、政権内序列2位のヌオン・チア元人民代表議会議長、序列3位のイエン・サリ元副首相、その妻のイエン・チリト元社会問題相、そしてキュー・サムファン元国家幹部会議長だ。

 カン・ケック・イウ服役囚には終身刑が言い渡されたが、服役中の2020年に死亡した。また、イエン・サリ被告は2013年に、イエン・チリト元社会問題相は認知症を理由に釈放された後、2015年に、そしてヌオン・チア被告は2019年に、それぞれ死亡した。

カンボジア裁判所臨時法廷(ECCC)の最高裁判所会議室 (c) カンボジア特別法廷提供

 カンボジアの英字紙プノンペンポストは、9月20日付の記事で、法廷を終結するにあたり、特別法廷報道官の言葉をこう伝えている。

 「特別法廷は、犯罪は必ずや訴追されて処罰されなければならないということを世界に示した。また、法廷の場で現代史におけるさまざまな出来事が語られたことは重要だ。それによって、ポル・ポト派による強制移住や強制結婚、強制労働の実態、内部粛清などの実態が明らかになったうえ、多くの犠牲者にとって、正義が回復されたのだ。また、若い世代が、国家を率いる指導者の誤りによって200万人近い人々が犠牲になった虐殺の歴史を知ったことも、非常に意義深い」

 また、特別法廷について、「犠牲者による復讐の場ではなく、真実と正義を求めるための場であった」とも強調した。

 さらに、「ポル・ポト派の元幹部が特別法廷で裁かれたことは、世界で人権侵害をしている政治指導者たちに対する警告にもなるだろう」という専門家の声も掲載した。

人類全体が共有し、検証すべき負の歴史

 特別法廷に対する評価は、さまざまだ。政権を率いたポル・ポト元首相は1998年に死亡しており、法廷で裁くことはかなわなかった。公判に臨んだ元幹部たちも、一部以外は自らの責任を認めることはなく、ポル・ポト派政権が残虐な拷問や処刑、人道に反する罪に手を染めた理由や全体像が判明したとは言い難い。また、法廷が終結したからといって、被害者やその家族の苦しみや悲しみが終わるわけでは決してない。

 しかし、特別法廷の報道官が言及したように、国内法廷であっても、国際的なレベルで開かれた法廷の場で、被告や関係者、被害者、そしてその家族らから語られた多くの証言は、カンボジア現代史の貴重な記録となった。カン・ケック・イウ服役囚に対する判決公判で、特別法廷の判事は、ポル・ポト政権による虐殺の歴史を「人類史上最も凶悪な犯罪」だと位置付けた。ポル・ポト時代の出来事は、カンボジア人だけでなく、人類全体が共有し検証するべき負の歴史なのだ。

クメール・ルージュの元幹部を裁くカンボジア特別法廷キュー・サムファン元国家幹部会議長に対する判決言い渡しを見守る人々(2022年9月20日撮影)(c) Nhet Sok Heng/Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia/AP/アフロ

 特別法廷は、国際社会の支援によって成り立っていた。日本は法廷の立ち上げから協力し、国際支援の約3割、約8900万ドル(約127億円)を拠出した。ポル・ポト時代の記録の保存や博物館での展示には、沖縄県なども技術協力している。あまり大きく報道されることはなかったが、ポル・ポト派特別法廷には日本らしい貴重な支援があったことも、記憶にとどめたい。

 

 

(原文)

 https://www.phnompenhpost.com/national-kr-tribunal/eccc-wraps-primary-mandate-mixed-reviews

 

 

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