【コロンビア和平から10年 混乱する農村から①】「第二次戦争」の村で
ラテンアメリカ の「今」を届ける 第9話

  • 2025/9/17
 2016年、南米コロンビアで、当時国内最大の反政府ゲリラだった「コロンビア革命軍」(FARC)と政府が和平に合意し、50年以上にわたる武力紛争が終結しました。しかし、和平合意の条件となった社会格差是正や農地改革などの社会改革はその後も進まず、元ゲリラ兵士の再武装や、他の麻薬組織の乱立を招いています。
 2022年に誕生したコロンビア史上初となる左派政権には、社会問題の解決に向けた大きな期待が寄せられたが、政権内部の深刻な対立などから十分な成果が上がっていません。2026年5月に予定されている大統領選を前に、今年6月には右派政党の有力大統領候補が襲撃される(編集部注:その後、8月11日に死亡)など、社会の溝は深まっています。
 2006年よりコロンビアに長期滞在を繰り返し、住民の側から見た紛争や和平プロセスを継続的に取材しているフォトジャーナリストの柴田大輔さんが、 今年5月から6月にかけて、紛争が続くナリーニョ県とカウカ県の山岳地帯を訪ねました。和平合意から10年を迎えようとするコロンビアの紛争地域で生き続ける人々の今と、彼らを取り巻く現実に5回にわたり迫る緊急連載がスタートしました。

コロンビアでは旧FARC系ゲリラや、乱立する麻薬組織の間で支配地域を巡る熾烈な争いが起きている。写真は、武装解除に臨むFARC兵士(2017年2月、筆者撮影)

一人で外を歩いてはいけない

 2025年5月のある週末、筆者は首都ボゴタから南西へおよそ600キロ、エクアドルとの国境に近いナリーニョ県アルタケルという山岳地帯の町で過ごしていた。標高は1000メートルほど。年間300日以上雨が降る熱帯の多雨地帯で、国道沿いの集落に100軒ほどの家が立ち並ぶ小さな町だ。その日も午後2時を過ぎると空は低い雲に覆われ、激しい雨が降り始めた。雨は明け方まで降り続き、夜明けとともに晴れわたる。日の出と共に再び強い日差しが降り注ぐ、そんな日々が繰り返される。

 人々の暮らしが雨とともにあるこの地域では、かつては週末の夜は雨などお構いなしに、路地沿いの家々や町に 数軒あるバー、ディスコ、駄菓子を売る商店などから、大音量のラテン音楽が鳴り響き、夜遅くまで人が路地を行き来するのが当たり前だった。しかし、この日は、トタン屋根を打ち付ける雨音だけが響き、夜道を歩く人の姿はなかった。

週末の夜、アルタケルの町では軒並み店が閉まり、路地から人気が消えていた (2022年2月、筆者撮影)

 「今は、以前とは違うんだ。一人では絶対に外を歩いてはいけないよ」

 そう筆者に 釘を刺すのは、この地域に暮らす先住民族アワの地域リーダー、ホセ・チンガルさん(70)だ。町には、人の出入りを監視する反政府武装組織のメンバーが暮らし始めているという。私がこの地域に通い始めて10年になるが、こんなことはこれまでなかった。ホセさんの低い声色に、緊張が走った。

 これまでであれば、路地を歩けば腰を下ろしたほろ酔いの顔見知りから声がかかり、親指ほどの小さなコップに土地の焼酎を注がれて一息に飲み干し、少し歩けば、今度はビールの小瓶を差し出され、一本飲み干すまで他愛のない雑談を交わす、そんな陽気で長閑な空気が、この田舎町の魅力だった。一体、何が起きているのか。

アワ民族の地域指導者のホセ・チンガルさん(2025年5月、筆者撮影)

 町の周囲を険しい山々が囲んでいる。アワの人々が暮らす集落が、この山々に点在している。ホセさんは言う。
 「山には今、セグンダ・マルケタリアというゲリラが居座っている。この町の外には、対立する他の武装組織が展開している。彼らは山に敵が侵入しないよう、監視しているんだ。君のことを彼らは知らない。見知らぬ人は連れ去られる。だから、一人で歩いてはいけない」
 そう告げた後、彼はさらにこう付け加えた。「我々の暮らしは今、第二次戦争の中にある」。

和平が進み、安心して眠れるようになった

 2016年に和平合意が締結されるまで、アワの人々はコロンビアで最も激しい戦争の中に置かれてきた。始まりは2000年ごろ、地域にFARCが活動拠点を置いたことで、敵対する政府軍や民兵組織の攻撃にさらされた。多くの住民が命を落とし、大部分が避難民となった経験を持つ。日常的に鳴り響く銃声や、いつ危害を加えられるかわからない恐怖の中で暮らしてきたため、今もトラウマを抱える人は少なくない。

ホセさんが暮らす自治地域マグイで反政府ゲリラFARCによる地雷が爆発し、政府軍兵士に死者が出た。 現場に赴くホセさん(2013年5月、筆者撮影)

 筆者が初めてアワの人々と出会ったのは2007年、隣国エクアドルでのことだった。この山一帯に政府軍の空爆が続き、数千人が国内外へと避難していたのだ。2009年には、集落に活動拠点を置くFARCに裏切りを疑われた住民24人が虐殺され、再び数千人が避難民化する事件が起きた。山奥の小さな共同体は、常に恐怖に包まれていた。

 しかし2012年、FARCと政府の和平交渉が始まると、目に見えて治安が改善し始めた。銃声は減り、帰村する人が増えた。「避難用のバッグをいつも枕元に置いていたけれど、もう必要ない」「安心して眠れるようになった」と話す声を、いくつも聞いた。

若者たちが、再び銃を向け合っている

 2016年11月、政府とFARCが最終和平に合意した。全国で約1万3000人のゲリラ構成員が武装解除に応じ、市民社会に復帰するプロジェクトが始まった。「戦争が終わる」と、平和への期待が国内に広がった。しかし政府は、一時は国土の3分の1を実効支配したとされるFARCの支配地域を十分に統治できなかった。空いた権力の空白を狙って麻薬組織や他の武装勢力が次々と入り込み、麻薬産業や違法鉱山などの利権を巡る抗争が激化した。

マグイで地雷の犠牲者の葬儀が行われた(2011年12月、筆者撮影)

 この地域に再び武装組織が入り込んだのは、2019年ごろだという。別の反政府組織、国民解放軍(ELN)だった。地域には「社会を変えるために我々の活動に協力してほしい。警察につながる者は山を降りろ」という通達が回った。以来、住民の自由な出入りは制限され、夜間には敵の侵入を防ぐために地雷が設置されることもあった。
 大きな武力衝突が起きたのは、2023年のことだった。ELNを駆逐しようと、今、地域に居座るセグンダ・マルケタリアが現れたのだ。半年に及ぶ両者の激しい戦闘に、山間の集落が巻き込まれた。地雷や銃で犠牲になる人が相次いだ。和平合意が結ばれて以来、なかったことだった。一帯から1500世帯、4000人以上が山を離れ、アルタケルの町に避難した。

カトリックの宗教儀式が行われた日、陸軍部隊がアルタケルに押し寄せた (2013年12月、筆者撮影)

 山にある学校で教鞭を取るある教師は、「この土地では、和平合意など言葉だけ だった。多くの若者がゲリラに入り、政府軍に入る者もいた。再び同じ山で銃を向け合っている。もう終わらせるべきだったのに」と肩を落とした。

二度とこの土地を離れない

 アワの人々は、豊富な雨が生み出す自然の中で、自給自足的な暮らしを営んできた。バナナ、トウモロコシ、ユカイモ(キャッサバ)を育て、鶏や食用ネズミのクイを飼う。雨が降る午後、台所で家族の服を縫っていた女性はこう話した。
 「以前、自宅のすぐ近くで大きな爆弾が破裂した。毎日、銃声が鳴り響いていた。そのたびに身を小さくし、家の中で音が止むのを待った。そんな日々が終わり、やっと平和な時代が来たと思ったのに、また銃声を聞くことになった。時代は戻ってしまった」
 彼女は、原因不明の頭痛に悩まされているという。雨音を聞くと、手の震えが止まらなくなることもあるが、病院は遠く、満足に通うこともできないとこぼした。

夕方の雑貨店の一角では、仕事を終えて土地の焼酎でくつろぐ人々の姿をよく見かけた (2013年8月、筆者撮影)

 ホセさんは住民集会 の中でこう訴えた。

 「誰もあてにできない。この土地は私たちのものだ。山には、私たちが幸せに生きるために必要なすべてのものがある。二度と離れるわけにはいかない」

第2回に続く)

 

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