フランスの教訓からタイは何を学ぶのか
「異なる意見を包摂し、多様性ある国づくりを」地元紙が訴え

  • 2020/11/18

 今年10月、フランスでイスラム教の創始者である預言者ムハンマドの風刺画を生徒たちに見せたとして、中学教師が殺害される事件が起きた。イスラム教徒を抱えるタイでも、この事件は衝撃をもって受け止められた。11月15日付のタイの英字紙バンコク・ポストは社説でこの問題を採り上げた。

南仏ニースのノートルダム寺院で10月31日、犠牲者に花を手向ける女性 (c) AFP/アフロ

フランスで相次ぐテロ攻撃

 5年前の2015年11月13日、フランスの首都パリとその郊外で、「イスラム国」の戦闘員とみられる武装集団による銃撃や爆弾の同時多発テロが発生した。なかでもバタクラン劇場では、犯人が観客を人質に立てこもる事件が発生。この日の事件全体で合計130人が死亡、300人余りが負傷した。

 社説は「バタクランの虐殺から5年、フランスは再びイスラム主義者による脅威に直面している。この数カ月だけでも3つの攻撃が発生し、これまで表現の自由を誇り、掲げてきた国を揺るがしている」として、最近のフランスでの事件を列記する。

 ひとつは、2015年1月、ムハンマドの風刺画を掲載したことで編集長ら12人が殺害された雑誌シャルリ・エブドの元パリ本社前で9月25日に起きた刺傷事件。もうひとつは、10月16日、ムハンマドの風刺画を生徒たちに見せたとして、地理歴史科の教師サミュエル・パティさんが首を切られて殺害された事件。そして、10月29日、南仏ニースのノートルダム寺院内で、男女3人が刃物で殺害された事件だ。いずれもマクロン大統領は「イスラム過激派によるテロ攻撃だ」と述べ、強く非難している。

 社説はこれらの事件について、「偶発的な行動ではなく、冷徹に計算され、フランス国民の怒りをかきたて、分断し、国の根幹を揺るがそうとする意図を持った行為であり、その意味で過激派たちの目標は達成された」と指摘。「ほぼ一夜にして、フランス国内の570万人のイスラム教徒は、マクロン大統領によって悪魔と刻印されてしまった」との見方を示す。

 実際、マクロン大統領は、これらの事件後、イスラム過激派を激しく非難する発言を繰り返している。これを受け、社説は「マクロン大統領はイスラム教に対する嫌悪感をかき立て、フランスで最大の少数派であるイスラム教徒を分離主義者だと非難し、イスラム教が世界的に危機的な状況にあると発言している」と、説明している。

新たな分断を生み出すな

 フランスには、「世俗主義」といって、政治や教育と宗教を分離する1905年制定の法律「ライシテ」がある。フランスでは、原則として教会と国家は分離されており、この法律は、国家の宗教的中立性や国民の信教の自由を保障するものでもある。しかし社説は、「この世俗主義ゆえに、フランスは事実上、イスラム教徒の信教の自由を認めてこなかった」と指摘。1960年代以降、移民労働者としてかつてのフランスの植民地から移住してきたイスラム教徒たちが、実質的に社会から排除されてきたと述べた上で、次の懸念を示す。

 「フランスや欧州各国で起きているイスラム教徒による攻撃の背景に、こうした根深い原因があることが顧みられないまま、イスラム教とは相いれないというフランス人の潜在意識だけが深まりつつある」

 マクロン大統領は、中学教師殺害事件が起きた後、「われわれは風刺画をやめない。表現の自由をイスラム主義から守る」という趣旨の発言をし、イスラム教国から激しく非難された。さらにマクロン大統領は、政教分離法の強化も検討しているという。対立をあおるようなマクロン大統領の姿勢について、社説は「フランス、そしてマクロン大統領が取り組まなければならないのは、イスラム過激派と穏健派をきちんと区分けすることだ」と訴える。

 「フランス政府はかつての同じ過ちを繰り返してはならない。マクロン大統領の支持率は、いまや29%にまで落ちている。彼が今の姿勢を続けている限り、2022年の選挙では極右派の支持を集めるかもしれないが、同時に国の分断という犠牲を払うことになるだろう」

 いうまでもなく、タイもまた、イスラム教徒を少数派の国民として抱える国である。タイ深南部では、イスラム教徒の分離独立運動が長くくすぶる。また、宗教とは直接関係ないものの、プラユット首相の辞任や王室改革を求める抗議行動もいまだ続いている。

 こうした状況を踏まえ、社説は、「タイを含め、誰もがフランス・モデルの教訓から学ばなければならないことがある。それは、異なる意見を包摂し、宗教的な多様性を大切にしなければならないということだ。われわれは、新たな分断を生み出すべきではない。国家の統合にとって重要なことは、包括性なのである」と、結んでいる。フランスの状況は、決して対岸の火事ではなく、まさに今の自分たちに求められている視点だ、という思いが強くにじむ。

 

(原文: https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2019783/frances-failings-a-lesson-for-thailand)

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