民意を裏切ったタイ新政権 前途多難な道のり
信頼回復のカギ握るタクシン元首相の処遇

  • 2023/9/26

 タイで8月22日、ようやく新首相が決まった。選ばれたのはタイ貢献党のセター氏(61)だ。タイでは今年5月14日に総選挙が行われたが、議会における首相指名投票が何度も延期されており、政治的空白が3カ月以上続いていた。

バンコクの国会に到着し、記者団と話すタイのセター・タウィーシン新首相。セター首相はこの日、就任後初めての議会演説を行った(2023年9月11日撮影) (AP/アフロ)

第一党を排除した親軍派の大連立政権

 タイの新首相となったセター氏は、総選挙で第二党となったタイ貢献党の幹部。タイ貢献党はタクシン前首相と近い政党だ。セター氏自身は、タイの不動産開発大手「サンシリ」の元経営者で、今回の選挙ではタイ貢献党の首相候補の一人として運動をしたものの、実は、政治経験はほとんどない。

 他方、今回の総選挙で第一党に躍進したのは、まだ歴史の浅い前進党だ。革新を掲げる前進党の勝利により、これまでの親軍政権は国民から「ノー」を突き付けられた形になった。しかし、その前進党は連立政権の形成でつまずき、同党のピタ党首は、禁止されているメディア株保有により議員資格を一時停止されるなど、首相候補として投票に臨むことができなかった。

 第二党となった貢献党は、当初は前進党との連立を模索したが、王室改革などの方針で折り合いがつかず、結局、親軍政党を含む11の政党との連立政権を樹立することになった。

保守派と組んだセター政権の苦難

 タイの英字紙バンコクポストは、8月24日付の社説でこの話題を採り上げた。セター首相の就任については「タイ国民はようやく一息つき、株式市場もこの動きを歓迎している」と安堵しながらも、新政権には課題が山積みだ、と指摘する。

 「新首相は、国民の高い期待に応えなければならない。有権者やメディアは、首相就任直後から、貢献党がいつ1人1万バーツの電子マネーを支給するのか問い始めた。また、日給の引き上げや大学卒従業員の最低賃金の保証など、選挙運動中に掲げたあらゆるポピュリスト的な公約を実行に移さなくてはならない。財源が十分にあれば問題ないが、そうはいかないようだ」。

 さらに、「セター政権と貢献党には、国民からの信頼を回復するという任務もある」と、社説は述べる。「貢献党はこれまで民主主義の守り手という看板を掲げてきたが、同じ方向性だった前進党を裏切り、守旧派の親軍政党と結んだ。これにより、貢献党のイメージは今までにないほど深く傷ついた」。

 また社説は、セター政権の課題として最も重要な問題は、タクシン元首相をどう扱うか、だと指摘した。タクシン元首相は、公金不正使用などで計10年の実刑判決を受け、2008年から海外に逃亡していた。しかし、セター氏が首相指名される日に逃亡先の海外からタイに帰国し、収監されている。これは、タクシン氏が影響力を持つ貢献党が政権を握れば恩赦が見込まれると考え、帰国したものとみられている。

 「親軍政党と連立した貢献党政権には、さまざまな困難が見込まれるが、政治改革を含む社会の構造変革を断行しなくてはならない。新政権が国民の信頼を得る方法が一つだけある。それは、タクシン氏に対し、えこひいきのない公平な判断を下すことである。それができれば、新首相は素晴らしいスタートを切ることができるだろう」

「タクシン氏の扱いは慎重に」

 この話題を8月29日付の社説でとり上げたシンガポールの英字紙ストレーツタイムズも、新政権の課題としてタクシン元首相への姿勢を挙げた。

 社説は、セター首相が就任したことで政治的な安定が戻ってくるという期待が高まっているとの見方を示したうえで、新政権をこう評価した。「前進党は、王政批判を禁じた不敬罪の改正を公約に掲げたことで、王党派の軍部の反発に直面した。しかし、貢献党のセター氏が首相になったことで、王室は議会で監視の目にさらされることは少なくなるだろう。また、不動産王であるセター首相のビジネス志向は、投資家にとって安心材料になる」。

 しかし社説は、タクシン氏の扱いについては慎重になるべきだという姿勢を示し、次のように指摘している。

 「タクシン氏は今でも影響力があるため、タクシン氏の帰国にあたり新政権下で穏やかに扱われるのではないかとの憶測が広まった。だが、セター氏は当面の間、民意を裏切られたと考えている有権者の怒りを鎮めるような、安定した政権運営をしなければならない。総選挙で多くの有権者が拒否した不人気な政権の後継だとみなされないようにする必要がある」

 

(原文)

タイ:

https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2634909/srettha-sees-plate-fill-up

 

シンガポール:

https://www.straitstimes.com/opinion/st-editorial/challenges-ahead-for-new-thai-pm

 

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