ケニアで深刻化する若者の投票率低下
「多数派」が政治に希望を見いだせない理由とは

  • 2022/8/8

カネで扇動される貧困層の苦悩

 キベラスラムでごみ収集をしながら生計を立てているロリンズ・オティエノさん(29歳)は、政府には期待しておらず、選挙に行くこともないと語る。堰を切ったように溢れ出すのは、政府に対する不満だ。

 「私たちが望むのは、税金を適切に活用して経済を成長させ、職業に関係なく誰もが平等に機会を得られる安定した政府です。これまでの政府は、持続可能な雇用を提供する制度を立ち上げようとしてくれなかったため、わずかなチャンスすら、実力ではなく、コネとコミュニティー(民族)に属する人々に奪われていました。景気は一層悪くなったが、 人々の収入は変わらず、若者たちは生きていくためにどんなこともしなければなりません。どうすればこうした生活から解放され、人生を変えることができるのか分かりません」

生きるために選挙キャンペーンに参加するというロリンズ・オティエノさん

 ケニアでは、約3人に1人が、1日あたり1.9ドル(約256円)で生活しなければならない、いわゆる「絶対的貧困層」だと言われている。ロリンズさんもその一人だ。これでは将来が見通せず、毎日、手探りで生活しているようなものだ。彼らのようなインフォーマル・セクターの労働者たちは、コロナ禍の影響で解雇されたり、ウクライナ情勢の悪化に伴う世界的なインフレから生活費が高騰したりして困窮を極めており、生きることそのものが限界を迎えようとしている。

 「現在の政治集会では、多くの賛同者を誇示するために、政治家が最大10ドル(約1350円)を支払って集会に人を集めています。私がそうした集会に参加するのは、彼らを支持しているわけでも、投票しようと思っているわけでもなく、ただお金を受け取るためです。スラムの生活は非常に苦しく、都会では物価も高いため、生きるためにできることはなんでもします」

 困窮しているスラム街の住民たちは、容易に政治家たちがカネをばらまき、扇動したり票を取り込んだりするターゲットになりやすい。選挙のたびにスラムで異民族への襲撃事件が発生するのも、政治家が画策し、住民を扇動しては暴力行動を繰り返させてきた。

 ロリンズさんは、「新しい政権が自分のニーズに応えてくれると確信した時だけ投票すればよく、腐敗と悪意によって操作された選挙プロセスには参加する必要がない」と、諦めたように口にした。

空洞化する民主主義と選挙制度

 今回、貧困層から富裕層まで、さまざまな境遇にある若者たちの声を紹介した。その中で共通しているのは、現在の政府と選挙に対する不信感だ。ケニアでは、不正と暴力は選挙と切っても切り離せないものとして定着してきた。いくら多くの国民が変化を求め、改革を叫んでも、不正投票が疑われたり、暴力による組織的な妨害が行われたり、当選した政治家が公約を果たそうとしなかったりする例が散見される。仮に今、政治家がメディアに向けて、「ケニアは若者が多く、変化に富み、希望にあふれる国です」とアピールしても、多くの若者は単なるジョークに過ぎないと受け止めるだろう。若者たちが目の当たりにしているのは、一部の有力者に占有された、変化に乏しく停滞した社会だ。こうした現状では、確かに若者が政治を信じ、期待しようという気持ちを持つことは難しいだろう。

 本来、市民の声を集め、国の未来を決めるべく行われるために行われるはずの選挙。これが形骸化していると失望し、政治に希望を見いだせないケニアの若者たちは、今後、どのような社会を築いていくのか。楽観的な絵は描けない。

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