久保田徹さんがドキュメンタリー『Still a Journalist』を公開
危険下で制作を続ける表現者たちの素顔を切り取った11分

  • 2023/8/14

 昨年7月末にミャンマーでクーデターに抗議するデモ隊を撮影中に拘束され、111日後の11月に帰国したドキュメンタリー作家の久保田徹さんが、帰国後、ミャンマーに関する作品を初めて公開した。『Still a Journalist』。軍に追われ祖国を離れてもなお表現することを諦めず、タイ側に逃れて創作を続けるミャンマー人の映像制作者たちを訪ね、2人の素顔を11分にまとめた。

祖国を離れたジャーナリストたち

 『Still a Journalist』に登場するのは、女性ジャーナリストのペンネーム「ダイレクターH」と、映像作家のピョーダナーだ。どちらもミャンマーを離れ、国境地帯に潜伏しながら制作を続けている。

 以前はウェディングの撮影や企業の広告映像を手がけていたというピョーダナーだが、『Still a Journalist』の中で、彼は「革命ビデオクリエーター」だと名乗る。軍役、市民役を割り振り、演技指導をつけながら撮影しているのは、軍が市民を連行しながら暴行を加えるシーンだ。

 一方、ダイレクターHはもともとジャーナリストだった。クーデター後、路上で抗議する人々の姿を記録しようとデモ隊にカメラを向けた彼女は、軍側のスパイではないかと警戒する市民を安心させようと、カメラの前で自身の名前と顔をさらしたことで軍に追われるようになり、国境を越えた。自分の背丈ほどの深さの川を渡る時には、カメラを頭に乗せて守ったという。今はアニメーションという形で人々の経験を伝え続けている。

母親の願い、兄の悼み

 しかし、『Still a Journalist』は、彼らの作品ではなく、彼らの背景や素顔を描くことに、より注力しているように思われる。

 例えば、ダイレクターHは、デモ隊を撮影していた時の話や、制作したアニメーションについて語った後、三角巾をつけながら台所に向かう。手際よく食事を支度し、2人の子どもたちに学校の様子を尋ねる彼女の顔は、先ほどまでと打って変わって柔和で愛情深い母親のそれだ。「同級生のミャンマー人一家がつかまった」「誰かが密告したらしい」と怯える娘に、「一人だけ残るより、みんなでつかまった方がいいね」と、意識的に冗談を交えて返すことで食卓の雰囲気を少しでも明るくしようとする。逃れた先でもなお拘束や密告の恐怖にさらされながら、それでも子どもたちには安心して健やかに暮らしてもらいたいという彼女の切実な願いが伝わってくる。

 一方、ピョーダナーはここに逃れて来た後で弟を亡くした。ピョーダナーのことを幼い頃から慕っていたという弟は、クーデター後に軍との戦いに身を投じ、山の中で命を落としたのだ。弟が埋葬される様子を撮影した映像を受け取ったのは、雨季のことだった。「大雨が降っていたおかげで声を上げて泣くことができたんだ」と、言葉少なに話すその声が揺れるたび、言葉にできないまま内に押し込められているだろう感情の深さがうかがえる。「真実をありのまま見せること。そのために僕は存在しているから」という一念でかけがえのない弟の最期の姿も作品に使うほど壮絶な思いを制作に込めるピョーダナーだが、「お前を尊敬する。敬礼する」とパソコンを見つめながら声を絞り出す時には、表現者ではなく、弟の死を悼む一人の兄の顔になるのが印象的だ。

「作り手の背景を描きたい」

 久保田さんが撮影のために彼らの潜伏先を訪ねたのは、拘束を解かれて帰国して半年も経たない今年4月のことだった。危険下で映像制作を続けるミャンマー人クリエイターの作品を届ける仕組みとして「ドキュ・アッタン」をジャーナリストの北角裕樹さんと2月に立ち上げた久保田さんは、彼らの置かれている状況があまりに一般の日本人から遠いため、作品を紹介するだけではメッセージや思いを理解してもらうことが難しいのではないかと感じていた。作り手がどんな背景を持っており、なぜ制作しているのか描くことが、今後のプロジェクトの持続性の上で非常に重要だと考えたという。今回、公開したのは、2週間の滞在中に撮影した顔を出せる4人の作家たちのうち、2人の物語だ。久保田さんは「今後も作り手の背景がより分かるような発信を心がけていく」と話す。今回のような映像に加え、記事の形でも紹介していきたいという。

 クーデター後のミャンマーの状況を描いた映像としては、映画『ミャンマーダイアリーズ』も話題だ。今月5日に東京で公開されたのを皮切りに、大阪や福井をはじめ、全国に広がりつつあるこの作品は、10人の匿名監督が撮影したフィクションと市民が投稿したSNS映像で構成され、クーデターの当日から約半年間の現地の状況を生々しく伝えている。しかし、その後も、クーデターから2年半が経過した現在にいたるまで、さまざまな形で制作や表現を続けている人々がいる。彼らの置かれている状況は、日本にいるわれわれから見れば理解しづらいかもしれないし、血気にはやった向こう見ずな人々で、自分とは関係のない、遠い存在のように思えるかもしれない。しかし、そんな彼らも普段は子どもの安全と笑顔を願う陽気な母親であり、弟をかわいがっていた優しい兄なのだ。

 ダイレクターHとピョーダナーが作品に込める壮絶なメッセージと、『Still a Journalist』が切り取る2人の素顔。そのギャップの大きさから、失われた日常のかけがえのなさが一層、伝わってくる。

 

 

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