極真の精神で世界に平和を
孤児院育ちから空手に出会い、カチン州に道場を開いたヤクさん

  • 2019/7/10

 孤児院で暮らしながらも、学校の成績が良く大学進学を目指したヤクさんは高校卒業後、地元のYMCAで住み込みの仕事をしながら大学に通うことを選んだ。そのころYMCAの活動の一環として行われていた空手クラスに出会ったのだ。あまり知られていないことだが、古くから日本の空手指導者がたびたびミャンマーを訪れていることもあり、この国では空手が盛んだ。正確な統計は目にしたことがないが、「サッカーに次いで競技人口が多いスポーツだ」と主張するミャンマー人空手家もいる。日本大使館もヤンゴンで空手大会を主催するなどして振興に力を入れている。

子どもたちの前で突きを繰り出すヤクさん(中)(筆者撮影)

 空手を習い始めたヤクさんは仕事と学業の傍ら、わが身の不幸を振り払うようにトレーニングに打ち込んだ。初めは極真ではない別の流派の空手クラスだったが、実践空手である極真の指導者に出会ってからは、ヤクさんがクラスに働きかけて流派替えした。ただ、ヤンゴンには極真の道場はあったものの、ミッチーナにはいい指導者がいない。ヤクさんは英語で書かれた空手の本をむさぼり読み、ネットで検索して自分で訓練を積んだ。夜寝ていても空手のことが気になり、起きてトレーニングを始めることもあった。そして自分で本格的な空手道場を立ち上げたのだ。たびたびヤンゴンで開かれる段位の審査会に参加して、現在は2段。アジアの国際大会でも入賞経験を持つ。
 ヤクさんが空手の精神について話し始めると止まらない。極真空手の創始者、大山倍達の言葉を引用して、空手は肉体的な鍛錬だけでなく人間の内部を鍛えることができると強調する。「たらいの水の底が浅ければ、ちょっとの衝撃で大きな波が立つ。しかし、底が深ければ水面にはさざ波が起こるだけだ。精神を鍛えれば動じることはない」。

道場では日本流の礼も行われる(筆者撮影)

 カチン州は、第二次世界大戦の激戦地となり、戦後すぐから60年以上にわたりミャンマー国軍とカチン系武装勢力が内戦を繰り広げてきた地だ。ヤクさんの祖父は第二次世界大戦中、日本軍とともに連合国軍と戦った。小さいころ悪いことをすると祖父にひどく叱られ、「日本の軍人は厳しかった。こんなものではなかった」と諭されたのだった。その祖父は終戦後に復員したものの、内戦の激化とともに今度は武装勢力のゲリラに身を投じたのだという。

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