【歩く・見る・撮る】― 写真民俗誌/民族誌へのいざない ―
ミャンマー(ビルマ)から  ⑦<時計塔>

  • 2024/4/16

ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全権を掌握した」と宣言してから3年以上が経過しました。この間、クーデターの動きを予測できなかった反省から、30年にわたり撮りためてきた約17万枚の写真と向き合い、「見えていなかったもの」や外国人取材者としての役割を自問し続けたフォトジャーナリストの宇田有三さんが、記録された人々の営みや街の姿からミャンマーの社会を思考する新たな挑戦を始めました。時空間を超えて歴史をひも解く連載の第7話です。

 ⑦<時計塔> ミャンマーにおける時間

 「通常種々の目的から、昼夜はそれぞれ三時間づつの四つの部分に分けられてゐる。六時から九時迄を第一刻(tachethi)と呼び一點鐘である。次の四分の一卽ち十二時迄を第二刻(hmi’-chethi)と呼び・・・マンダレーに於いてはこれ等の時刻には、東門傍の時計臺に備へてある巨大な鐘と太鼓とを交互に打鳴らすのである・・・。英領に於いては勿論英國式が採用されてをり、現在では高地・低地の何れたるを問はずビルマ全土に普及してゐる。」
 「マンダレーでは時間を水時計で計つた。・・・・・・。併し水時計を用ひてゐるのは首府だけである。國内の他の場所、特に小さな村や町の總てに於いては、太陽や月の位置を見たり、又は決まつた時間に起こる或日常の事象等に依つて、大體の時間を示す程度である。・・・・・・。多くの者は自分の影を見た丈で時間を知ることが出來た。・・・・・・。素朴な田舎のビルマ人達は、國王の占星者達の云うナヤ(naya)とかビザナ(bizana)とかいふ時間が全く分からないやうに、彼等の天宮圖には全然現はれない、英國式の時間測定法等は皆目分かる筈がない。」(Geroge Scott〈Shway Yoe〉著 國本嘉平次/今永要訳 『ビルマ民族誌』、1943年、pp.634-639)

 最大都市ヤンゴンの中心のスーレー・パゴダと市庁舎の近くに最高裁判所が建つ。その建物を見上げると大時計が目に入る。
 英国支配下の植民地時代、ビルマでは「分割統治」が施行されていたが、いったい時間による支配はどのような形をとっていたのだろうか。また、管区ビルマと辺境州において政治体制は異なるのは理解しているが、果たして「分割統治」下で、現地の人は生活感覚の時間をどのようにコントロールしていたのであろうか。
 ミャンマー(ビルマ)全土に足を踏み入れていくうちに、各地で、各民族州の中心地に独特の時計塔を見かけるようになってきた。ミャンマー社会のおける時間とは、地域・民族・世代の違いを頭の隅に置きながら、どのように計られてきたのか。ふと疑問に思うようにもなった。
 ※時計塔の文字盤の数字は通常、4時を表すローマ文字は「IIII」であるが、場所によっては変則的に「Ⅳ」となったりもしている(参考:https://museum.seiko.co.jp/knowledge/trivia02/)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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