コロナ禍で危機に瀕するネパールの移民政策
ワクチン接種が進まず身動きが取れない労働者たち

  • 2021/7/10

 世界の労働力が、国境を越えて移動していることは周知の事実だ。その流れが新型コロナの感染拡大により止められているため、労働力の送り出し国のみならず、受け入れ国においても経済活動に影響が表れている。6月27日付のネパールの英字紙カトマンドゥポストは、社説でこの問題を採り上げた。

ネパールの移民政策が危機に瀕している (c) binaya_photography /Unsplash

阻まれる国境移動

 ネパールは、隣国インドをはじめ、世界各国に出稼ぎ労働者を送り出している。2018年の統計によると、そうした海外のネパール人から祖国の家族への送金額は81億ドル(約8908億円)に上るという。これは、ネパールのGDPの3分の1に相当する。
 しかし、こうした移民労働が、新型コロナウイルスのまん延によって、深刻な影響を受けているという。それは、各国が経済回復に向けて行動規制を徐々に緩和し始めた今もなお、ネパールを苦しめ続けている。ワクチンを接種していない移民労働者は国外に働きに出ることができない、という新たな問題が浮上しているのが、その原因だ。
 「コロナ禍によって各国がロックダウンや渡航制限、国境封鎖に踏み切ったことで、ネパール人労働者たちは、ペルシャ湾岸諸国や東南アジア諸国に出稼ぎに行くことができなくなり、深刻な影響を受けている。滞在先で職を失ったにも関わらず、ネパールにも帰国できずにいる移民労働者たちが数千人に上る一方、海外に出稼ぎに行きたいにも関わらず、ネパール国内にとどまらざるを得ない人々も数千人はいるとみられる」と、社説は指摘する。
 さらに社説は、仮に受け入れ国が一定の条件下で入国制限を緩和しても、たいていの場合はワクチン接種が求められるため、接種していないネパール人は入国できない、という事情も指摘する。例えば、移民労働者を多く受け入れているドバイは、アラブ首長国連邦(UAE)の在住ビザを持つ外国人であれば、UAEが認可したワクチンを接種すれば入国することができる。クウェートも、オックスフォード・アストラゼネカ、ファイザー、モデルナ、ジョンソン&ジョンソンのいずれかのワクチンを接種しており、かつ、居住許可証を持っている外国人の入国を認めている。サウジアラビアでも移民労働者の入国を認めようとする動きがあるものの、ワクチンを未接種の場合は一定期間、隔離を義務付けるという。
 その上で社説は、「世界の国々は経済回復に向けて歩み始めた一方、新たな感染拡大を恐れている。そうした中で、入国者にワクチン接種を義務付けてバランスを取ろうとすることは十分に理解できる」との見方を示し、「国内経済の悪化に伴って、出稼ぎ希望者は増える一方だが、ワクチン接種を受けられず、海外に出られないために袋小路で苦しむしかないのが実情だ」と、述べている。

ウィルスはボーダーレス

 さらに社説は、海外出稼ぎ労働者たちの送金は、いずれネパール経済の立て直しにつながると指摘した上で、「彼らへのワクチン接種を優先して進めることも一案だ」と提案する。
 もっとも、新型コロナのリスクが高いと言われる高齢者へのワクチン接種もままならない現状では、若者に優先的にワクチンを接種して海外に送り出すという考え方は、国民になかなか受け入れられない可能性もある。この点を踏まえ、社説は「結局、ワクチン接種の作業全体を前倒しで進めるしかない」と指摘し、次のように主張する。
 「移民労働者間の競争は厳しい。ネパール人労働者が海外に出られないなら、雇用主は、ワクチン接種を済ませた別の国の労働者を探そうとするだろう。出稼ぎ労働を希望する者たちに優先してワクチンを接種できないなら、代わりに陰性証明などで安全を証明して入国を認めてもらうなど、ネパール政府は積極的に受け入れ国と交渉すべきだ」
 これは、ネパール一国の問題ではなく、移民労働者の受け入れ国側も共に取り組まなければならない問題だ。社説は、「膨大な資金を動員してワクチン接種を進めてコロナの感染拡大を抑制しようとする受入国の政策は、十分に理解できる」とした上で、「裕福な国が自国民だけにワクチンを接種し、安全なまゆの中にこもっていることは不可能だ。ネパールのような貧しい国の人々がワクチンを受けられずにいる現状は、不公平なワクチン配分が招いた結果であり、裕福な国はその片棒を担いでいることを自覚しなければならない」
 ウィルスはボーダーレスであり、感染症は自分や自国だけが安全であれば解決する問題ではないことを、私たちはコロナ禍を通じて学んだはずだ。すべての国が、途上国の問いかけに、しっかりと耳を傾ける必要がある。

 

(原文:https://kathmandupost.com/editorial/2021/06/27/get-the-point)

関連記事

ランキング

  1. ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全…
  2.  ミャンマーで2021年2月にクーデターが発生して丸3年が経過しました。今も全土で数多くの戦闘が行わ…
  3.  2024年1月13日に行われた台湾総統選では、与党民進党の頼清徳候補(現副総統)が得票率40%で当…
  4.  台湾で2024年1月13日に総統選挙が行われ、親米派である蔡英文路線の継承を掲げる頼清徳氏(民進党…
  5.  突然、電話がかかってきたかと思えば、中国語で「こちらは中国大使館です。あなたの口座が違法資金洗浄に…

ピックアップ記事

  1. ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全…
  2.  フィリピン中部、ボホール島。自然豊かなリゾート地として注目を集めるこの島に、『バビタの家』という看…
  3.  中国で、中央政府の管理監督を受ける中央企業に対して「新疆大開発」とも言うべき大規模な投資の指示が出…
ページ上部へ戻る