フィリピン・マニラの最貧地区で始まった挑戦(上)
格差社会が抱える矛盾とコロナ禍を生きる人々の苦悩

  • 2020/12/2

ソーシャルディスタンスも在宅勤務も難しい人々

 厳しい活動制限にも関わらず、感染拡大が抑制されない理由の一つに、フィリピン、特にマニラ首都圏の経済的、社会的な格差が挙げられる。例えば、富裕層や外国人が多く暮らすBGCエリアやマカティでは、外出時はマスクやフェイスシールドの着用が求められ、自宅マンションやモールに入る際は検温と消毒が、レストランで食事をする際には陽性者との接触を確認するために個人情報の入力が徹底されている。オンライン環境も整っており、在宅勤務も可能だ。

 他方、人口の大多数が暮らす庶民の状況はどうか。例えば、マニラ湾に面した貨物ターミナルの周辺に広がるBASECOは、マニラ首都圏で最も貧しい地区の一つ。トタン屋根とコンクリートブロックで作られた掘っ立て小屋がところ狭しとひしめく迷路のような集落に、約6万人が暮らす。

マニラ湾沿いに広がる最貧地区BASECOの全景(10月中旬、筆者撮影)

 ここの住民たちも、たいていはマスクをしている。道路わきの出店には、フェイスシールドも一つ30ペソ(約60円)で売られている。しかし、厳密な仕切りもない長屋のような空間に複数世帯が暮らす環境で社会的距離を保つことは難しく、一人でも感染者が出れば、たちまち一帯に広がるのは明白だ。

 手洗いやうがいの習慣も、蛇口をひねれば清潔な水が出るという贅沢な設備があるからこそ成り立つ。BASECOで暮らす多くの人々は、毎日、ポリタンクを持ってミネラルウォーターの給水機がある店まで飲み水を汲みに行く。値段は1ガロン(3.7リットル)あたり20ペソ(約40円)。洗濯やシャワーなどに使う水は、十数軒に一つ設置された上水道とつながった蛇口のある家で汲み、1ガロンあたり5ペソ(約10円)を支払う。手洗いやうがいに欠かせない清潔な水も、ここでは高価で希少だ。

迷路のようなBASECOの路地(マニラで10月中旬、筆者撮影)

 ここで暮らす男たちは、ロニーやドナルドのように、トライシクルやジプニーのドライバー、建築現場や港湾の作業員、あるいはオフィスの清掃員として働き、女性の多くは、レストランやバーの給仕や接客係として、富裕層の家事手伝いや子守役として、あるいは町の雑貨屋であるサリサリストアの店番をしながら、日々の糧を得ている。いずれも大切な仕事だが、在宅では取り組めない。失業手当も未整備のなか、ロックダウンの割を真っ先に食うのが、こうした人々だ。

全ての人が救われなければ、誰も救われない

 世界ではワクチンや治療薬の開発が急ピッチで進み、各国は経済活動と感染予防の両立に向けた経験値を積みつつある。しかし、途上国の市井の人々が直面している苦境は、先進国の人々の想像をはるかに上回る。彼らが経済的、社会的な困難から抜け出せない限り、コロナとの闘いは終わらない。富裕層や先進国が「もう大丈夫」だと思っても、脆弱なポイントから再び感染は拡大するからだ。つまり、全ての人が救われなければ、誰も救われないのも同じだ。

 その意味で、日本と経済的、社会的、歴史的に関係の深いフィリピンをはじめ、アジアの貧困層や脆弱層を様々なチャネルを通じて支援することは、日本人や日本企業にとって、人助けにとどまらず、自己のための投資であり、リスク管理だと言えよう。

 次稿では、BASECO地区である出来事を機に始まった人々の挑戦を紹介する。

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