フィリピンとタイの社説に見るウィズ・コロナの課題
感染拡大の開始から3年、教訓は生かせているか

  • 2022/12/6

 新型コロナの感染拡大が始まって間もなく3年。日本では「第8波」が懸念されている一方、世界は次々に行動規制を緩めたり、撤廃したりしている。しかし、どこの国でも、新型コロナが消滅したというわけではない。「ウィズ・コロナ」の時代の課題について、フィリピンとタイの社説を紹介する。

(c) SHVETS production / Pexels

「ヘルスワーカーの流出を防げ」

 フィリピン・デイリーインクワイアラー紙は11月20日付の社説で、ヘルスケアワーカーたちの労働環境について改善が必要だと訴える。
 フィリピンは、世界でも有数の海外就労者の「送り出し国」だ。国民の10人に1人が海外で働いている、とも言われる。なかでも、看護師の「流出」は目立つ。海外の方がはるかに給与がいいという事情もあり、かつては、フィリピン国内で医師国家試験に合格した学生が、看護師として海外就労する、ということも起きていた。
 社説によれば、民間病院の看護師の初任給は月額約160ドル(9,000ペソ)で、最低限の生活費すらままならない、という。さらに3年前からは新型コロナの感染が拡大し、看護師たちには感染の危険や激務が重なった。社説は、「民間病院では2021年10月の1カ月に5~10%の看護師が仕事を辞めて、看護師以外の職に就いたり、海外で就労したりした」と、指摘する。専門家は「フィリピンのヘルスケアにおける最大の問題は、新型コロナの感染爆発ではなく、ヘルスケアワーカー、なかでも看護師の海外流出が止まらないことだ」と、指摘している。
 フィリピンでは、コロナ禍前まで年に1万7,000人の看護師が海外就労していた。2020年11月、政府は国内での看護人材を確保するために、海外就労の上限を5,000人に設定。後に、この人数を7,500人にまで引き上げた。これに対し、看護師団体や労働組合が、「劣悪な労働環境や手当の遅配などがある状況下では、憲法違反であり、人道的ではない」と、強く反発したという。
 「コロナ禍において、ヘルスケアワーカーたちは、病人を治療する最前線にいるにも関わらず、政府から適切な対応を得られないことに疲れ果てていた。いまだに彼らは、2021年7月から12月と、2022年7月から現在までの新型コロナ対策特別支給を受け取ることができずにいるのだ」
 こうした状況を受けて、ようやくこのほどヘルスケアワーカーたちの労働環境を改善する法律の改正が提案された。公立病院と民間病院の待遇の格差をなくすことや、看護師の初任給を5万ペソに引き上げることなどが盛り込まれているという。今後の議論の中でどこまで改正が実現するかはまだ分からないが、社説は、「ヘルスケアワーカーは保健システムの背骨である。もしも彼らの価値が認知されず、権利が守られず、問題が解決されないならば、保健システムそのものが崩壊するだろう」と、指摘している。

「治療薬政策の見直しを」

 タイのバンコクポスト紙は11月21日、「新型コロナの治療薬政策を見直せ」という社説を掲載した。タイでも新型コロナの感染者数がまた増えており、治療薬が不足しているのではないかとの見方が出ているというのだ。
 社説によれば、11月に入ってタイでは感染者が1週間で12%増となっているが、「実際の感染者数は報告されるよりももっと多く、現在の新規感染者は、1日あたり1万3,000人に達しているとの見方もある」という。
 社説はこのリバウンドについて、「タイ政府が適切かつ効果的な対応をとれていない」と、批判する。社説は、多くの患者が感染が疑われても医者に行かない理由について、「保健省が治療薬の投与をごく限られた症状の人か、ハイリスクな患者にしか許可していないからだ」と、指摘する。
「その結果、多くの患者たちが効果的な治療を受けられない状態にあり、やむを得ず漢方薬や一般的な薬でしのいでいる」
 社説によれば、タイ国内では抗ウィルス薬のモルヌピラビルが不足している、という見方が広まっており、インドから違法に輸入したり、隣国へ行って購入したりする例が相次いでいるという。実際、病院の中には、症状が軽度だったり中程度にとどまっていたりする患者には、抗ウィルス薬を処方しないところもあるという。にも関わらず、保健大臣が新型コロナに感染した時には、症状が中程度であったにもかかわらず、すぐに抗ウィルス薬が処方されたため、疑問の声が相次いだという。
 「タイ国民は、最も効果的な治療を、差別を受けることなく、どんな経済状況にあっても受けることができなければならない」と、社説は指摘している。
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 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というが、コロナ禍で私たちが学んだはずの教訓はどこへいったのか。保健医療関係者が置かれた状況に配慮し、基本的な労働環境を整えることがいかに大切か、私たちは身をもって知ったはずだ。病気の治療や予防において差別があってはならないこともまた、学んだはずだ。日本でも、同じ問題が繰り返し起きている。少しずつでも前進する社会でありたい。

(原文)
フィリピン:
https://opinion.inquirer.net/158880/taking-care-of-hcws

タイ:
https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2442355/review-covid-drug-policy

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