【Pray for Myanmar】震災から4カ月 在りし日の古都マンダレーに思いを馳せて
- 2025/8/5
2025年3月28日にミャンマー中部を襲った大地震は、この地に深い傷跡を残した。特に、震源地に近い古都マンダレーでは多くの尊い命が失われたうえ、 長きにわたり受け継がれてきた数多くの歴史的な建造物も甚大な被害を受けたと報じられている。しかし、この国では、4年半前に起きたクーデター以来、軍による支配が続いており、支援の遅れも懸念されている。
筆者自身、マンダレーは何度も訪れたことがあり、そのたびに尊厳あふれる美しい姿に魅せられていただけに、今回の悲劇には深く胸を痛めている。発災から丸4カ月が経つにあたり、人々が一日も早く苦しみから解放されるようにと願いながら、この町の在りし日の姿を振り返りたい。
エーヤワディー川のほとりに広がるマンダレーの町は、かつてビルマ王朝の最後の都として栄え、輝かしい歴史と文化を今に伝えていた。日本で言えば、京都や奈良といった感じだろうか。
なかでも、この町で最も神聖な場所の一つと言われるマハムニ・ブッダ寺院には、連日、多くの巡礼者が訪れては、金箔で覆われたマハムニ仏に熱心に祈りを捧げており、人々の信仰の厚さが伝わってきた。
筆者は、ダディンジュ祭の時期にこの寺院を訪れたことがある。ダディンジュ祭りとは、毎年10月の満月の日に「雨安居」と呼ばれる定住期を終えたブッダが天界から地上に生還したことを祝う、仏教徒にとって非常に重要な祭りである。厳かな表情でロウソクの灯りを灯す人々の姿には、希望と平和への祈りの強さが表れているように感じたものだ。
一方、マンダレー市街を出てエーヤワディー川を渡ると、ミングン・パトダウジーが現れる。1790年に建設が始まったこの寺院は、建設を命じたボードーパヤ王の死去により工事が中断したが、未完成でありながらもそのたたずまいは圧倒的なスケールを誇っていた。今回の地震に見舞われることなく完成していれば、世界最大級の仏塔となるはずだったと言われている。
このミングン・パトダウジーのすぐ近くにあるシンピューメ・パゴダは、まるで白いさざ波が広がっているように見えるテラス部分の優雅な建築様式が、独特の存在感を放っていた。純粋さと静謐さをたたえたこのパゴダは多くの人々に愛され、マンダレーを象徴する寺院の一つだったが、やはり今回の地震で崩壊した。
一方、マンダレー市街の南に位置するアマラプラという町に架かるウーベイン橋は、チーク材で建設された世界最長の橋として知られ、夕暮れ時には絵画のような美しさで人々を魅了していた。特に、夕日に照らされシルエットとなった人々が橋の上を行き交う様子は美しく、多くの写真家たちが好んでシャッターを切ったものだ。
さらに南下すると、エーヤワディー橋が目の前に現れる。堂々たるたたずまいが目を引くこの橋は、ザガインとマンダレー、二つの町をつなぐ重要な交通路であり、長年にわたり地域の発展を見守ってきたが、今回の地震により崩落した。
エーヤワディー橋の先にそびえるザガイン・ヒルに上ると、緑豊かな大地に無数に点在するパゴダ群を一望できた。特に夕暮れ時の眺めは、思わず息をのむほど絶景だった。この丘は瞑想と修行の場としても知られ、静かで穏やかな時間が流れていた。
マンダレー市街も思い出深い。中心部は多層階の建物がずらりと立ち並び、車やバイクが行き交う活気あふれる場所だった。ミャンマー第二の都市であるこの町 には、市場で賑やかに物を売り買いする人々や、寺院で熱心に祈りを捧げる人々、そして道端で屋台の食事を楽しむ人々の日常が息づいていた。
新年を祝う毎年4月のティンジャンの季節には、この町が一段と賑やかになる。この祭りは、「水かけ祭り」として世界的に知られているが、伝統と文化の中心地であるマンダレーでは、ひときわ盛大に、そして情熱的に祝われ、国内で一番の盛り上がりを見せると言われている。
マンダレーの町を一望できるマンダレー・ヒルからの景色も素晴らしいものだった。特に、夕日が沈む時間帯の景色は格別で、広大な平野に広がる町なみと、ゆったり流れるエーヤワディー川の水面が次第に夕焼けに染まっていくのを眺めていると、この町の悠久の歴史を感じずにはいられなかった。
マンダレーは、深い歴史、壮大な自然、そして心あたたまる人々の営みが織り成す、魅力あふれる地であったが、残念ながら、ここで紹介した場所の多くが、今回の地震により崩壊した。
かつてこの地が輝きに満ち、ぬくもりあふれる場所だった日々の景色が、これからも多くの人々の胸に残っていてほしい。そして、この美しい古都が、一日も早く復興し、再びその輝きを取り戻すことを、心から願っている。























