ソロモン諸島を完食する中国
反中を掲げた州知事の罷免に衝撃が走る南太平洋

  • 2023/3/3

  中国による政治干渉が問題となっている南太平洋の島嶼国、ソロモン諸島で中国の政治干渉に抵抗してきた中心人物である政治家のマライタ州知事、ダニエル・スイダニ氏が2月初め、突然の罷免動議によって身分をはく奪された。スイダニ氏は自身の生命の安全を守るために支援者の手引きでひそかに国外脱出を図り無事だという。

 この政治事件は、ソロモン諸島のみならず南太平洋島嶼国の政治家たちに衝撃を与えている。ソロモン諸島が完全に中国の影響下に収まれば、それを端緒として南太平洋島嶼国の中国共産党化が一気に始まる可能性がある。ひとたびそうなれば、南太平洋の島嶼国と中国に挟まれる日本と台湾の国家安全が脅かされるだけでなく、太平洋における影響力を米国と二分しようという中国の野心を増幅させることになる。                                           

マライタ州前知事のダニエル・スイダニ氏。中国投資を拒否する姿勢を鮮明に打ち出し、2月初旬、罷免された(写真はソロモン諸島アウキにある事務所で2022年8月撮影)(c) The New York Times/Redux/アフロ

深まっていたソガバレ政権との対立

 オーストラリア国営放送のABCが伝えたところによれば、マライタ州議会は2月7日、スイダニ氏に対して不信任投票を行った。反対派の議員は動議をボイコットしたものの、17人の議員が投票し、全員一致でスイダニ氏の罷免を可決したという。この罷免投票後、州都アウキでは反対デモが起きたが、警察が催涙ガスなどを使って鎮圧し、負傷者が出た。

 マライタ州はソロモン諸島の中で最大の人口を擁しており、ガダルカナル島の首都ホニアラに拠点を構える現ソガバレ政権と、主に中国との関係を巡り対立していた。

 ソロモン諸島は2019年に台湾との国交を断絶し、中国と国交を樹立。以来、中国がソガバレ政権を通じて浸透を加速していた。一時はツラギ島を中国企業にリースする可能性もあったが、「国土を売り渡す行為」だとして国民からも非難の声があがっていた。

 これに対し、台湾から農業分野などの支援を受けていたマライタ州のスイダニ知事は2019年10月、「中国共産党と、その無神論的イデオロギーに基づく公的なステムを拒否する」と訴えてマライタ州の自決権を謳う「アウキ・コミュニケ」を打ち出し、議会で採択された。

 こうした流れの中で、2021年11月にはマライタ系住民による反政府デモが首都ホニアラで発生。これが、日頃から中国人から搾取されていると感じている首都周辺の貧困層の怒りを誘発して暴動に発展したため、周辺のチャイナ・タウンの中国人商人にも犠牲者が出るような大事件となった。

 だが、これを機に中国はソロモン諸島の司法・治安維持システムに入り込み、警察への協力と称して中国流の暴動鎮圧研修を実施。さらに、武器を供与したり、マライタ州都のアウキで民主活動家リーダーらを対象とした警察による弾圧事件が起きたりした。

 2022年4月には、中国はソロモン諸島と安全保障協定に調印し、ソロモン諸島政府が要請すれば国内の治安維持のために中国の軍・警察の出動が可能になったうえ、中国軍の船舶の寄港や中国軍の駐留も可能になった。スイダニ氏はこれに抵抗して、州内に中国企業が進出することを禁じたうえで、米国から開発援助を受けていた。ソガバレ政権VSスイダニ知事の対立は、内政問題だけでなく、中国と台湾、あるいは中国と米国の代理戦争的な様相になっていた。

ささやかれる中国の共謀説

  スイダニ氏の不信任動議が申し立てられた理由として、「マライタ州内の中国鉱山企業に金銭を要求したこと」と、「マライタ州政府財政からスイダニ氏個人の警備員の給与を支払っていたこと」などが挙げられている。スイダニ氏の後任の知事には、不信任動議を提出したソガバレ政権支持派のマルティン・ガオテ・フィニが選出され、残り4カ月の任期を務めることになった。マライタ州では今年5月に選挙が行われる予定だ。

 当然、マライタ州政府の中には、この罷免の合法性に疑問を呈する声もある。スイダニ氏の顧問を務めていたセルカス・タリフィル氏は、「今回の罷免はソガバレ政権派と中国が共謀したものだ」と主張している。

 タリフィル氏がオーストラリアのメディアに語った発言を総合すると、州議長がソガバレ政権と中国側に同調したことがスイダニ罷免の決定打になったようだ。そこに利権や賄賂構造が疑われている。

 国際オンライン・ニュースのザ・ディプロマットでは、豪グリフィス大学パシフィック・ハブでシニア・リサーチフェローを務めるテス・ニュートン・ケイン博士によれば、こうした不信任投票は、権力闘争の戦術としてソロモン諸島で常套手段だという。また、2024年に予定されているソロモン諸島の国政選挙に先立って、最大人口を擁するマライタ州の政治を利用し、橋頭堡を創ろうという狙いもあるのではないかと言う。中国の影響については、「台湾と中国の外交切り替えをめぐる緊張はあるが、もっと全体の文脈を読む必要がある」という。

中共資本を拒否するコミュニケの無効化

 中国共産党のソロモン諸島の浸透は、実のところソロモン諸島だけの問題ではなく、南太平洋で最多の人口を擁する島国が中国の太平洋進出の拠点となるかもしれないという意味で、日本や台湾も含む西側自由主義国家の安全保障問題と直結する。                             

ワシントンの国務省で開催された第1回米太平洋島嶼国サミットで演説するジョー・バイデン大統領の演説に耳を傾けるソロモン諸島のマナセ・ソガヴァレ首相(左)。バイデン政権は、太平洋で自己主張を強める中国に対抗するために2023年2月、ソロモン諸島で米国大使館を再オープンさせた(写真は2022年9月29日に撮影) (c) AP/アフロ

 南太平洋の政治と外交に詳しいジャーナリストのクレオ・パスカル氏は、スイダニ氏の追放によって、中国共産党と直接的、あるいは間接的に関わる新規投資ビジネスのライセンスを凍結する決意が盛り込まれたアウキ・コミュニケがマライタ州で無力化され、ソロモン諸島の中国共産党化が一層進むだろう、との見方を示す。無神論のイデオロギーに基づく中共のやり方や警察国家的な概念によって、キリスト教が定着しているマライタの人々の信仰の自由など基本的人権が阻害されることを拒否する、というのがコミュニケの立場だからだ。

 このコミュニケが無効化されると、マライタ州の天然資源やマンパワーが中国に搾取されるだけでなく、中国に新たな領土を与えることにもなり得るだろう、ともパスカル氏は警告する。

 具体的な話をすれば、中国ハイテク企業の華為(ファーウェイ)がソロモン諸島で進めていた161の携帯電話用基地局の鉄塔建設プロジェクトのうち、マライタ州の27塔建設についてはアウキ・コミュニケによって凍結されていたが、再び動き出すことになる。2023年11月19日から12月2日にホニアラで2023年パシフィックゲームズが開催されるまでに通信接続を拡大することが目標だと言われている。このパシフィックゲームズ開催にも、中国資本が多く入っている。

情報通信セキュリティに西側諸国も危機感

 将来的な米中対立を想定した場合、南太平洋島嶼国の通信インフラ建設を中国主導で進めるか、米国ほか西側企業の主導で進めるかは、すなわちこの地域の情報通信のセキュリティが中国にとって安全なものになるのか、それとも米国や西側諸国にとって安全なものになるのかという問題につながってくる。ナウルをはじめ太平洋島嶼国付近の海底ケーブル建設の主導権争いが米中間で激化している状況と同じ背景があるのだ。通信セキュリティの主導権争いは、そのまま軍事的戦略の優位性につながる。

ソロモン諸島マライタ州 © Leocadio Sebastian /wikimediacommons

 太平洋島嶼国では、現地文化伝統を軽んじ、チャイナマネーで現地政治家を篭絡させるような中国のやり方に反感をもつ政治家や活動家は少なくない。しかし、スイダニ氏がかくも簡単に罷免され、身の安全を脅かされ、国外に逃げざるを得ない事態を目の当たりにして、多くの反中派政治家らも不安を感じている。台湾との外交維持を支持してきたナウル、ツバル、マーシャル諸島、パラオの政治家たちも、今後、自らが中共のこうした排除工作のターゲットになるのではないか、と戦々恐々としているという。

 パスカル氏は、「中国は、ソロモンを完食したら、次の食事のための拠点として利用するだろう」と警告している。ソロモンが完全に中国に食われる前に、日本を含めた西側自由主義国家としては、この地域の民主や自由、政治の自主権を守り、中国共産党の影響力を防ぐために具体的に何ができるのか、今一度考える必要があるのではないだろうか。

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